「結城さん!これオマケして!!」

「ん〜どうしよっかなぁ〜♪」

「ねー、お願いっ!!」

「あっはー、君にそこまで言われたら断れないなぁ・・・今回だけだよ?」

「キャー!結城さん大好きっ!!」

「お兄さんも好きだよぉ〜・・・と、ハイ出来た」



いつもの光景、いつもの会話。



「さっすが結城さん!じゃぁこれ持って頑張ってくる!!」

「ハイハーイ、頑張っといでぇ」

どんな人でも和ませる笑顔を浮かべ、今も女子高生に向かってひらひら手を振ってその背を見送っている。
前はそんな結城さんを見ても、それが結城さんらしいって思ってたけど・・・最近はちょっと、胸に引っかかる。
そんな事を思っている間に、今度店にやって来たのはロングヘアの清楚な美人。

「あの・・・教室に飾る花をお願いします」

「ひょっとしてピアノの先生、ですか?」

「えぇ・・・」

「あっはー、大当たり!だからそんなに綺麗な手をしてるんですね」

結城さんの口から当たり前のように出てくる台詞。

「そ、そんな事・・・」

「そんな綺麗な手をした貴女に映える花・・・これなんて如何です?」

そう言って今朝、私も手伝って表に出した春の花を勧めている。



私・・・どうしちゃったんだろう。
結城さんのこんな光景、いつも見ていたはずなのに。




「じゃぁそれを・・・」

「ありがとうございます」



・・・胸が、締め付けられるように苦しい。



手早く花束を作って女の人に渡す時も、いつもの笑顔といつもの台詞。

「是非次回も、結城一臣をよろしく!」



ねぇ、結城さん。
私がいるのにどうして・・・そんな事平気で言うの?




「結城さ〜ん♪」

「あぁ、いらっしゃ〜い。今日はどうしたの?」

そして今度は常連のお客さんがやって来る。
常連さんは花を買うよりもまず先に結城さんと話をしてから、オマケのように花を買っていく。前は自分も結城さんと話すのを目的に来てたくせに、今じゃ用が無ければ来ないで欲しいと思ってしまう。



こんな自分・・・知りたくなかった。



キャッシャーの側にあったパイプ椅子を引っ張り出して、力なくそこに座り込む。



――― 早くお店、閉まっちゃえばいいのに・・・



声に出したつもりはなかったのに、ふと結城さんの声が耳に届いて一瞬顔を上げた。

「・・・っと、ちょっと悪い。今日はもう店じまい」

お客さんは当然のように不満の声を上げてるけれど、結城さんは笑顔で店じまいの準備を始めた。

「えーどうして?」

「大切な用事があるんだ・・・悪いね」

「ん〜・・・じゃぁ今度、サービスしてくれる?」

「モッチロン。君のカッコイー彼氏が見惚れちゃうくらい君に似合うコサージュ、作ってあげるよ」

「約束ね!」

「気をつけて帰るんだよぉ〜」

パタパタと足音が遠ざかると同時に、結城さんが外に出していたバケツを店内に入れる音が耳に届いた。



あぁ・・・手伝わなきゃ。



そう思ってノロノロ立ち上がろうとすると、突然目の前が真っ暗になった。

「?」

「帽子、風で飛んじゃうと大変だからそこで見張ってて」

「見張っててって・・・」

「すぐ片付けるから」

「結城さん?」

何だろう・・・結城さん、声がいつもと違う。

「ホント、すぐだから・・・」

そんな彼に逆らえなくて、そのまま椅子に座って大人しく片付けが終わるのを待った。
ガチャガチャと物を動かす音、箒で店内を掃除する音、そしてシャッターを下ろす音が聞こえたかと思うと、少し息の上がった結城さんの声が近づいてきた。

「・・・お待たせ」

「早かったですね」

「うん、大急ぎで片付けたからね」

そう言うと私の頭に乗せていた帽子を取り去り、代わりに大きな手がポンッと乗せられた。

「君にそんな顔されるまで気付かなくて・・・ゴメン」

「え?」

「もう不安にさせないから」



――― 一体何を言ってるんだろう?



「結城さん、何言ってるんですか?」

「それは俺の台詞だよ」

エプロンを外してキャッシャーに向かって放り投げると、私の前に片膝をついて膝の上で握り締めていた私の手を取った。
そう、まるで初めて結城さんが私を会社のパーティーのパートナーに選んだ時、冗談で王子様の真似をした時みたいに・・・。

「俺、気付かないうちにちゃんを不安にさせてたんだね」

「・・・そんな」

「否定の言葉は聞かないよ。それよりも俺はこの涙を信じるから・・・」

頬に伸ばされた結城さんの手が、優しく頬を撫でた。
そしてようやく自分が・・・泣いている事に気付いた。

「あ、あれ?」

「気付いてなかったんだ」

「え?嘘・・・」

空いている方の手で目元をこすれば、手の甲が僅かに濡れる。



やだっ私いつからこんな顔してたの?お化粧流れてないかな!?



突然慌てだした私を見て、結城さんが少しホッとしたように笑みを浮かべた。

「・・・大丈夫、いつもの可愛いちゃんのままだよ。大泣きしたわけじゃないから君の可愛らしさは失われてません」

「・・・」

ちゃん?」

結城さんの口から出る言葉を聞いた瞬間、再び胸がキリキリと痛みだした。



分かってるこれはただの・・・嫉妬だって事。
でも、それでもやっぱり・・・黙っていられない。



「結城さんは・・・」

「ん?」

「・・・結城さんの好き、は・・・」

「うん」

・・・どれくらい?

「・・・」

無茶な事を言ってると思う。
人の愛情をものさしで図る事なんて誰だって出来るはずはない。
でも、それでも今の私は他の人と違う・・・と言う事を結城さんの口から、聞きたかった。

ちゃん・・・それは・・・」

「結城さんは私に好きって言うけど・・・他にも・・・お客さんにも・・・言って、ますよね」

「・・・」

「私、そんな『好き』は・・・嫌・・・」

誰にでも、どんな時でも軽々しく口にしてしまう『好き』なんて望んでない。
私が望んでいるのは私だけに、言ってくれる・・・『好き』

「・・・」

涙を拭おうと掴まれた手に力を入れたけど、何故かその手は結城さんにしっかり掴まれていて動かす事が出来なかった。
仕方が無いのでもう片方の空いている手で、頬に零れた涙を拭う。















カチカチカチ・・・と、店に置いてある時計の音だけが部屋に響いていた。
やがて結城さんが小さくため息をついてから、ちょっと困ったように話し始めた。

「前に・・・君に話したよね」

「・・・?」

「気のない子の相談に乗るほど暇じゃないって」

「・・・はい」

「それに、俺は昔から君が好きだったんだよ?店に来る前からずっと・・・それは分かってくれてるよね?」

確かに結城さんは最初にそう告白してくれた。
でも、それは・・・以前の話、だよね。
僅かに目を逸らした事で、結城さんが掴んでいた私の手を少し力を入れて握り締めた。

「・・・あのね、俺が好きなのは君で、お客さんはどんな人でもお客さんだよ。君の為ならこうして店を早々と閉める事だって、俺の時間を割く事だって構わない。俺の何を引き換えにしても君を取る!それぐらい俺は君の事が好きだよ?」

「・・・」

「やれやれ、どうやら随分君の心深く傷つけちゃったみたいだねぇ〜・・・さぁ〜てどーしましょ」

カリカリと頭をかきながら、結城さんは私の手をそっと離すと立ち上がり、キャッシャー側の小さな花かごの中に手を差し込むと何かを取り出した。

「愛を何かで表すのって凄く難しいよね。ひとりひとり価値観が違うし、俺はこれが最大の愛だーって言っても、君にとってそれはちっぽけな物でしかないかもしれないよね」

「・・・」

何も言わず、ただ小さく頷く。

「でもさ、皆が共通して『愛』を感じられる物ってあると思うんだ」

そう言いながら結城さんが手に持っていた小さな小箱を開けて、中からきらきら輝くある物を取り出した。

「世間ではなんだっけ?給料の三か月分、とか言うけど・・・俺、君に対しての愛情はそれくらいじゃ足りなかったみたい」

「・・・結城、さん?」

さっきまで温かな手で包み込んでくれていた結城さんの手が、僅かに冷たく感じる。
そう言えば結城さん、緊張すると手が冷たくなるって言ってたっけ?
ぼーっとそんな事を考えているうちに冷たい手が私の左手をそっと持ち上げ・・・薬指にキラキラ光る指輪を ――― はめた。

「俺と結婚して下さい」

「・・・」

「今日は冗談なんかで済まさないよ。俺、決心してるから・・・嫌ならこの場で断ってもらって構わない」

「・・・」

「君の事が好きだから・・・って言葉だけじゃ足りないんだ。好き、だけなら君と一緒に暮らせるだけで満足かもしれない。でもね・・・俺、もうそれだけじゃダメなんだ」

「・・・」

「君を俺のものにしたい。俺だけの・・・でいて欲しい」



――― 心が、柔らかな愛で包まれていく



「仕事を止めろ、とは言わないよ。君が仕事を楽しんでる事は知ってるし、俺も仕事してる君を見るのは好きだ。仕事をしてる君は本当にカッコイイ女性だからね」

「・・・そんなの・・・初めて・・・」

「うん、初めて口にしてる。もっと早く口にしておくべきだったね。ちゃんがこんな風に不安になる前に・・・」

「・・・うん」

そっと抱き寄せられて、結城さんの胸に体を預ける。
今はもうこの香りが側にある事が当たり前になっている、くちなしのコロンが私を優しく包んでくれた。

「・・・俺の、嫁さんになってくれませんか?」

「・・・」

「・・・えっと、もしかして・・・だ、だめ・・・とか?」

「・・・」

「あー・・・」

・・・です

「え?」

小さな声で答えたけれど結城さんの耳には届かなかったのか、やけに慌てた様子でもう一度尋ねられた。

「ん?何!?もう一回!!

「・・・す」

「あーもぉーちょっと待った!こういう台詞はスッキリハッキリ言って貰う方が心臓にはいいよ!イエスでもノーでもね!」

切羽詰った結城さんの声が気になって、僅かに顔を上げて彼の顔を見たら・・・今まで見た事がないくらい緊張した顔で私を見ていて思わず噴出してしまった。

「ぶっっ!」

「ぶっ・・・って、返事より先に人の顔見て笑うってどーいう事?」

「す、すみませ・・・」

「もしもぉ〜し、人の胸に顔埋めても笑ってるのバレバレなんですけどぉ?」

「・・・っ」

一旦ツボに入ってしまった笑いは中々抜けなくて、結城さんに頭を軽く叩かれるまで私は今までの不安を打ち消すかのように声をあげて笑い続けた。










「んで、落ち着いた?」

「はい、おかげ様で」

「あれだけ景気良く笑って貰えば俺のプロポーズも無事成仏できるでしょうねぇー」



・・・あ、拗ねてる。



すっかりご機嫌を損ねてしまった結城さんはキャッシャーの下に潜り込んで膝を抱えて背を向けてしまった。
あぁ何か、結城さんが秘書の人から隠れてた時を思い出すなぁ。
そんな事を思いながら、私は左手の薬指にはめられた見た事もない大きさのダイヤの指輪にチラリと視線を向けた。



――― キラキラ輝く石は好きだと言ってくれた結城さんの瞳と同じ輝き



「・・・結城さん?」

「知りません」

「結城さんってば」

「あーもー何にも聞こえない!」

完全にへそを曲げてしまった結城さんは耳までふさいで小さく体を丸めている。
子供みたいに拗ねちゃう結城さんなんて誰も知らないんだろうなって思うと、何だか嬉しくてしょうがない。
こんな風に他の人が知らない結城さんをもっと、もっと見てみたい。
一歩、また一歩と結城さんに近づいて、あの日のようにキャッシャーの下に一緒に潜り込む。

「ちょっ、ちょっとぉ?」

「うわっ、やっぱり狭いですね」

「そりゃ当たりま・・・・・・っ!

あの日、触れる事のなかった唇に・・・私から近づいてそっと唇を重ねた。

ちゃ・・・」

「私、結城さんのお嫁さんになりたいです」

「・・・」

「もっともっと結城さんの色んな顔、見てみたい」

「・・・」

「お客さんの誰よりも、結城さんの特別な人になりたいです」

「〜〜っ、もうとっくになってるよっ!!」

感動した結城さんが手を伸ばして私を抱きしめる前に、ゴンッという大きな音が響いた。



・・・やっぱり場所がまずかったかな。



「つぅ〜・・・」

「あはははは、やっぱり狭いですね」

「あーもー忘れられないプロポーズの返事、ありがとね!」

「今まで散々やきもきさせられた罰です」

「あっはー、じゃぁこれからは今まで以上に目一杯愛させて貰おうかな」

「え?」

「今までは一応人の目を気にしてたけど、妻なら何をしても構わないよね?」

ぶつけた部分を撫でながらも結城さんの目の色が若干変った事に自然と逃げ腰になる。

「なっ、何をしてもって?!」

「そりゃモチロン、あーんな事やこーんな事だよ」

「あーんな事って!?」

「それはここでは言えない」

「どこなら言えるんですか?」

「ん〜2階の、とある場所なら、かな?」

「やっぱりこの指輪・・・」

わーわーっ!折角ボーナス前借りして買ったんだからそれだけは勘弁!」

やけに大きなダイヤだと思ったらボーナス前借りして買ってくれたんだ。

「・・・って結城さん、これいくらなんですか!?」

「やだなー、男の愛の値段を聞いちゃいけないよ」

「じゃなくて、私困ります!」

「なんで?俺から君への愛の証第一弾として貰ってよ。」

「第一弾!?」

「そ、これからもじゃんじゃん俺の愛をプレゼントしちゃうからね〜」



――― 私、早まった?



「あ、君からの愛のお返しは君自身でオッケーだから、うん」

ってそんな満足そうな笑み浮かべながら言われても、この指輪に比べれば全然大した事ない気がするんですけど。

「モッチロン、俺の愛はいつでも君に捧げる準備は出来てるからねぇ〜♪」

「・・・あはは」

「愛してるのは、妻になるだけだよ」

「・・・突然シリアスになるの反則です」

「あらま、じゃ、前置きがあった方がいい?今からシリアス結城になりま〜す、とか」

「ごめんなさい、前置きはいらないです」

本当に結城さんって真面目なのか不真面目なのか判断し難いなぁ。





それでもそんな結城さんも好きなんだから、これこそ惚れた弱みってヤツかもしれない。
だったらそんな結城さんに負けないよう、私も頑張るしかない。
眉間に皺を寄せていた表情から一変して笑顔を作り、結城さんにそっと囁いた。

「私も一臣さん愛してますよ?」

「・・・っ!」

「お返しです」



息を呑んだ結城さんの顔は、何に驚いていいのか分からないって感じだった。
ついさっきまで結城さんの口から出る言葉に一喜一憂して胸を痛めていたのに、今は・・・全て幸せに感じられる。



「こらぁっ!―っ!!」

「あははははっ!!」



そっか、私ずっと結城さんの奥さんになりたかったんだ。



「全く、大した花が咲いたもんだ」

「育てた人が良かったんですよ」

「あっはー、そりゃ当たり前でしょ。俺が愛情たぁっぷりかけて花咲かせたんだからね」

「これからもお願いしますね?」

「モッチロン、今まで見た事がないくらい綺麗に咲かせてあげるよ。世界中のどんな花にも負けないくらい、ね」

次に店が開いた時、私は笑顔で彼の側に立っている。
右手は大好きな結城さんとしっかり手を繋ぎ、左手には太陽の光を受けて輝くリング。
そして私達を取り囲むのは色とりどりの花々と、当たり前のように感じられる・・・彼から香る、くちなしの香り。





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くちなしの香を君に
長くなっちゃってすみませんっ!しかもお題に沿ってるのかどうか微妙ぉ〜(苦笑)
結城さんの普段どおりの接客にヤキモチを妬く話を書いたら、何だかオチがプロポーズになってしまったという驚くべき話(笑)でもすみません、私はこんな結城一臣が大好きなんです。ちなみに結城さん、給料三か月分どころじゃなく、ボーナス全額つぎ込んでます(笑)本当は自分の持ってるお金全部で買いたかったようですが、副社長である友人に止められたらしいです。だから貯金はきっとマイホーム代になるのではないでしょうか。(または花屋さんの改築代?)

お題作成者:まいさんへ
きっとまいさんの思うとおりには進んでいないでしょう?相変わらず(苦笑)
とにかく可愛い結城さんとカッコイイ結城さんを詰め込ませて貰いました!
結城さんの台詞が、あの方の声に変換されれば私的には大成功ですw
・・・聞こえるよ、ね?(にっこり)←脅しっ!?
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!