意中の女性の前で格好をつけたくない男がいるだろうか。
ロイ・マスタング大佐・・・彼もその一人である。
目の前を横切る彼の最愛の女性が大量の書類が詰まった箱を抱えていたので、彼はひとつ咳払いをしてから彼女の前に立ち塞がった。
何故立ち塞がるのかと言うと、ただ隣に立つだけでは無視されてしまうからである。
「手伝おう。」
他の女性ならばその優しい言葉と笑顔に即座に振り向く所だが、彼の愛する女性には残念ながらその方法は通じないらしい。
「結構です。」
あっさり断られ、大佐の脇をすり抜けようとする彼女の進行方向へ手を伸ばす。
「君のような女性にそんな荷物を運ばせるわけにはいかないな。」
「いつも運んでいます。」
「全く、他の男どもは何をしているんだ。」
「昨日から視察に出掛けています。大佐が任命されたはずですが・・・」
彼女と同じ職場・・・否、同じ部屋で働いているのが気に食わなかったので全員に視察を言い渡し部屋から追い出したのだ。
その結果、少尉ひとりが残って雑務を片付ける羽目になったのを彼は知らない。
「こほん、ならば余計私が手を貸そうじゃないか。」
わざと明るくそう言い、彼女の手から書類の詰まった箱を奪おうと手を伸ばす。
「大丈夫です!」
「まぁそう言わず・・・うわぁっ!」
「きゃっ!!」
大佐が箱に手を伸ばした瞬間、箱の底が抜け・・・廊下中に書類が散らばってしまった。
「・・・大佐。」
「・・・すまない。」
足元に落ちた書類を拾いながら、チラリと少尉へ視線を向けたが・・・その表情は俯いていて良く見えない。
「全く、上手くいかないものだ・・・」
また別の日。
食堂で食事をしている少尉の姿を見つけて内心手を叩きながら彼女の元へ向かう。
「やぁ、少尉・・・」
「おー、珍しいな。今日は少尉ひとりか?」
背後から少尉に声をかけるよりも早く、少尉の正面から・・・ヒューズが声をかけてしまった。
「ヒューズ中佐!」
「あぁ、いいってわざわざ席立たなくて・・・」
声をかけるタイミングを逃してしまったロイは思わずその場で足を止めた。
人が多いため、ロイの姿に気付かないヒューズはの前の席を引き寄せて座る。
「お、今日はお前さんも弁当か。」
「はい。給料日前なので大したものではないのですが・・・」
「いやいや、そんな事ないだろう。ほぉ〜美味そうじゃないか。」
「・・・中佐のお弁当には負けます。」
「ははっそりゃそうだ。グレイシアの弁当は世界一の愛妻弁当だからな♪おおっ、そうだ!今日も頑張ってくれている少尉にはこれをやろう!!」
「え?」
持っていた弁当箱を開けると、ヒューズ中佐はその中にあったミートボールを指差した。
「今日のミートボールはただのミートボールじゃないんだぞぉ。なんとっ!エリシアちゃんのあの、あの小さな手で作られた一品なんだ!」
「・・・貴重な品ですね。」
「だろぉ〜♪」
食堂でクネクネと身体をねじらせているヒューズを周囲の人間が不思議そうな顔で眺めているが、きっと彼女は表情を変えず見ていることだろう。
「と言う訳で、頑張る少尉にひとつプレゼントだ。力出るぞぉ〜♪」
「・・・ありがとうございます。では私もお礼に何か・・・」
「いいって、気にするな。」
「いいえ。中佐の貴重な一品とは比べ物になりませんが・・・」
出来る事なら今すぐにでも、自分がその場にいって彼女の手作り弁当を味わいたい所だが・・・なぜか足が前に進まない。
「・・・じゃぁ卵焼き、貰っていいか。」
「はい!」
「おっ、美味いなこの卵焼き!グレイシアもビックリ・・・するかもしれん味だ!」
「素晴らしい賛辞ありがとうございます。」
そんな風に楽しげな昼食風景を遠くから聞きながら、ホークアイ中尉に襟を引っ張られこの日食堂を後にしたマスタング大佐だった。
「・・・今日こそは!」
引き出しに入れておいたチケットを握り締め、扉を開けた瞬間・・・金髪の少年が目の前に立ち塞がった。
「よ、大佐!」
「・・・鋼の・・・」
不吉な予感を感じてさり気なく部屋の中にいた人間に視線を走らせると・・・中佐以外の人間が同時に目を逸らした。
「・・・っ!!」
「いやぁ、まさか大佐があの少尉に片想いしてるなんて・・・さすがの俺も驚いたよなぁ〜」
「ははははは、何の冗談だい鋼の。君のような子供に言われる筋合いはこれっぽっちもないよ。」
わざわざ指の隙間を数ミリ程度開けて言えば、エドがキッと大佐をにらみつけた。
「誰が豆粒ほどのドチビだって?!」
「人間本当の事を言われると腹を立てると言うのは本当らしいな。中佐、彼に何か冷たい飲み物を浴びせてやってくれ。」
「かしこまりました。」
大佐が中佐にそう言った瞬間、花瓶の水が二人に向かってかけられた。
「あー・・・」
「・・・中佐。」
「何か問題がありましたか。」
エドの頭に逆さまに乗った花瓶と、ちょうど彼の頭の高さに握られていたチケットが・・・見事ずぶ濡れになった所に、噂の人物がやって来た。
「失礼しま・・・エド?どうしたの?」
「その声、さ・・・」
花瓶が頭にかぶさったまま振り向こうとしたエドをロイが跳ね飛ばし、何もなかったかのようにの前に立つ。
「いやぁ少尉、すまないね。彼が花瓶に躓いてしまって水浸しなのだよ。」
「そうだったんですか。ではすぐに乾かさないといけませんね。」
懐から清潔そうなハンカチが取り出され、書類を持ち替えた彼女を見て思わず濡れた部分を隠していた手をどけたロイだが・・・既に遅かった。
彼女は床に転がっていたエドに駆け寄ると、そのハンカチを差し出した。
「エド、大丈夫?」
「あぁ〜・・・冷てぇ〜!」
「ハンカチじゃ拭ききれないわね。私のシャツでよければ替えがあるから貸してあげるわ。」
「い、いいよ!」
「ダメ、風邪ひいてからじゃ遅いでしょ?」
「だからって!!」
「大丈夫。ちゃんと洗濯してあるから。」
そう言いながらエドの手を引っ張って大佐の前を横切る少尉。
呆然とその様子を見送る大佐の顔を見た瞬間、必死で抵抗していたエドの表情が変わる。
「あーやっぱ借りるわ。濡れたままじゃ風邪ひくもんな♪」
「えぇ、そうしてちょうだい。」
「あ、そうだ!ついでにメシ食いに行こうぜ!アルも一緒に!!」
「いいわね。私も久し振りにアルに会いたいわ。」
穏やかな笑みを浮かべ、エドの提案に乗った彼女の姿が大佐の目に飛び込んだ。
呆然と立ち尽くす大佐に向かって、温かな部下達の声がその背にかけられる。
「・・・」
「誰か大佐にタオルを!」
「タオルなんて上等なモン持ってないっすよ。」
「この辺の雑巾じゃダメですか?」
「・・・洗濯してないタオルならありますが。」
「ワン!」
「ダメよ、ブラックハヤテ号。それはあなたのタオルでしょう。」
あぁ、何をやっても格好つかないロイに愛の手が差し伸べられる日は来るのだろうか!?
「だーから、いつも言ってんだろ。早く嫁貰えって。」
嫁の前にまず、ロイには運が必要だ!
頑張れ、ロイ!ファイトだ、ロイ!!
何をやっても格好つかないロイさん
まさかまた鋼を書く日が来るとは思いませんでした(笑)
三部作っぽくなってますが、どれもこれも大佐の運がないと言うのがバレバレでしょう。
しかもやっぱり私が書くのでヒューズさんが絡みます。愛妻弁当を分けてくれるなんてヒューズさん、かなりヒロインがお気に入りのご様子です。更に初めて書いたエド!!あのぉ〜・・・ちゃんとエドになっているかどうかそれだけが不安です(苦笑)
お題作成者:犬丸ワンコさん
ロイのお題、と言う事でしたが、お題のタイトルにつられて思わずギャグに走ってしまった私をお許しくださいm(_ _)m
しかも初書きのエドまでいる始末・・・上手く彼らの雰囲気が出ていればいいのですが、なにぶん本業?ではないので多少大目に見て下さると嬉しいです(汗)
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!