駐車場まで戻って車に乗り込むと、力いっぱい扉を閉めてロックする。
「・・・っ!」
拳を握り締め、そのまま振り下ろそうとしたがギリギリの所で思いとどまる。
「車に罪はねぇよな。」
けれど胸に残る苛立ちは中々消えず、気分を落ち着けようとダッシュボードへ手を伸ばし煙草を手に取った。
「何だって俺が・・・」
火をつけた煙草を口にくわえると、心のもやを吐き出すかのように煙を外へと吐き出した。
けれど煙は空中を漂い、密室である車中を更に白く濁らせるだけ・・・窓を開けて喚起すればいいけれど、それすらも今は面倒くさい。
「あっの・・・馬鹿が・・・」
「久し振りだね、千秋。」
「あぁ。」
「・・・」
「何だよ。」
「ん?千秋だなぁって思って。」
「ぶわぁ〜か、俺はいつだって千秋修平様以外の何者でもねぇよ。」
そんな風に久し振りに一緒にいる、って空気を堪能してるときに所へ・・・ヤツが現れた。
「久し振りだな。」
「げっ」
そう、我らが大将をときにからかい、あの直江の口すらも封じる事の出来る厄介な男・・・高坂。
反射的にってのも変かもしんねぇけど、自然とを背に庇うように立ち上がった。
「上杉は随分暇なようだな。このような場所でお前が女といるとは思わなかったぞ。」
「誰かさんと違って俺はこっち方面に多忙でね。」
「ほほぉ、それは誰の事だと言うのだ。」
「別にお前に言う必要はねぇだろう。」
明確な単語を口にした日にゃそれをネタに何を言われるか分かんねぇからな。
用心に用心を重ねて適当にあしらい、とっとととこの場を離れようとしていた俺の耳に、驚くべき声が届いた。
「あれ?ひょっとして・・・公彦くん?」
「・・・は?」
――― 公彦・・・くん?
突然の事に驚いてると、が俺の横から顔を出して高坂の顔をじっと眺め小さく頷いた。
「やっぱり公彦くんだ!!」
「・・・」
「ふっ、お前か・・・久しいな。」
「はぁ!?」
「あぁそっか、メールでは結構やり取りしてるのに会うのは久し振りだね。」
――― めぇる!?
「お前といると時間が経つのが早くてな。」
「それ、どういう意味?」
「・・・無駄に時を過ごす、と言う意味だ。」
「無駄ぁ!?」
硬直している俺の後ろからが立ち上がり、目の前の高坂に拳を振り上げている。
対する高坂は今まで見た事がねぇほど・・・妙に穏やかな笑みを浮かべてやがる。
おいおいおい、これはどういう事だ?
「無駄に時間かけてるって言うならメール返信しなければいいじゃない!」
「返事が来ないと催促するのはどいつだ。」
「・・・それは、そうだけど。でも忙しいなら無理に返信しなくてもいいのに。」
「お前の送信文は興味深い。」
「・・・それ、褒めてる?」
「さぁ、どうだろうな。」
「まぁいいや、褒められてるならまた暗号にして送ってあげるよ。」
「ふっ、相変わらず飽きない女だな・・・。」
――― と高坂が口にした瞬間、頭の中が真っ白になって・・・気づけばの手を取って、歩き出していた。
「あ、あれ・・・千秋?」
「・・・」
無言で高坂から離れて行こうとする俺の背に、アイツの人を小馬鹿にしたような声が浴びせられた。
「まだまだ青いな、安田長秀!ふははははっ・・・」
暫く歩いて、周囲に誰もいないのを確認すると、俺はキッとをにらみつけた。
「説明して貰おうか。」
「な、何を?!」
「なんで、お前が、アイツとメールのやり取りなんざしてんだよ!」
自然と荒げてしまう声を必死で抑えながら、の肩を掴む。
「いつアイツと知り合った!」
「こ、この間・・・」
「この間って昨日か!一昨日かっ!先週か!」
俺の様子に戸惑いながらも、は記憶を辿りながらアイツとの出会いを語り始める。
「先月公園で待ち合わせてる時、スカート泥だらけだった日があったでしょ?」
「・・・あぁ。」
「あの日、公彦くんが落ちてくる看板から助けてくれて、スカートが破れたからってコート貸してくれたの。」
何処かで見た事のあるコートだと、そして染み付いてる匂いにも覚えがあったが・・・まさかあの時の嫌な予感が的中してるとは思わなかったぜ。
「で、クリーニングしたコートを返す約束をしたからメルアド交換して・・・何気ないメールのやり取り、して・・・ました。」
終わりの方は消え入りそうになっているの肩を、無意識に強く握ってしまう。
俺が気にしてんのはそんな事じゃねぇんだよ。
「・・・随分親しげに名前呼び合ってんだなぁ。」
「え?」
「俺は一応お前の恋人だってのに、いつまでたっても千秋で・・・あの馬鹿高坂は公彦くんですか。」
「だってあの人は・・・」
「どーせ俺は千秋どまりの人間ですし、メールよりもこうして会って話す方が好きだから返信なんて殆どしねぇよな。」
「ちょっ、千秋聞いて・・・」
すがりつくように俺のシャツに伸ばされた手から避けるよう、肩を掴んでいた手での体をトンッと後ろへ突き放す。
「・・・何を聞けって?」
「ち・・・あき・・・」
そのまま冷めた目での方をチラリと眺め背を向けた。
「ワリィ、今日は帰るわ。また暇が出来たら連絡する。」
「ちあ・・・」
「じゃぁな。」
これ以上その場にいれば、に何を言うか分からない。
いや、どっちかって言うとすぐにでも高坂をぶっ殺したい程の嫉妬心に飲み込まれそうだったんだ。
だから・・・こうしての側を離れたってのに、時間が経って落ち着いた心が思い出すのはすがりつくようなの手と、儚げな声で俺の名を呼ぶアイツの声。
「・・・やり切れねぇなぁ。」
くくくっと自嘲気味な笑みを浮かべ、目の前のルームミラーに写った自分の顔を見た。
「おいおい、どうしたってんだよ。妙に情けねぇ顔になってるぜ、この千秋様ともあろう者が。」
自分の女が他の野郎と会ってようが、電話やメールでやり取りしてようが別に構いやしなかった。
どうせ、たった一時の相手だ・・・と。
けれど、だけは違う。
この俺が、ただひとり心をやった相手。
「・・・はぁ〜あ、どーしちまったんだこりゃ。これじゃぁ馬鹿虎なんて言ってらんねぇなぁ。」
ため息をつき、吸いかけの煙草を車の灰皿に押し込んで外へ出る。
爽やかな新緑の空気を真っ白く濁った煙草の煙の代わりに胸いっぱい吸い込んでから、先程と別れた場所へ急ぎ足で戻る。
嫉妬に駆られて女に当たるなんて情けないマネしちまった。
あのままをあの場所に残すなんて、高坂に鳶に油揚げ宜しく持っていかれても文句は言えない。
けど、奪われてもしっかり奪い返してやるさ。
アイツは、は・・・俺の唯一の女だから。
肩で息をしながらと別れた場所へたどり着くと、そこにアイツはいた。
俺が残していった場所で、一歩も動かずにまっすぐこっちを見ている。
その目は・・・捨てられた猫のように悲しげで、鼻の頭が真っ赤になっている事から今まで泣いていた事が分かった。
「ち、千秋ぃ・・・」
俺の名を呼ぶと同時に零れだす涙は、雲間から差し込む日差しに光って宝石のように輝いている。
不謹慎にも頬が緩み、足早に近づくと良く景虎がやっているようにの額を軽く指で弾いた。
「・・・ワリィ、ちょっと大人気ない事言った。」
「あた、あたしっ・・・こそっ・・・」
「お前は悪くない。俺が・・・あのクソバカ野郎に嫉妬しただけだ。」
差し出したハンカチを受け取りそれで涙を拭いながらがまたアイツの名を呼んだ。
「・・・公彦くん?」
「、頼むからアイツを下の名で呼ぶのだけは止めてくれ。」
「???」
「・・・別にが何とも思ってないのは分かるんだが、どうも俺が落ち着かない。」
景虎や直江に向ける笑顔ですら時折腹立たしいし、晴家のヤツがニコニコ笑顔でと一緒に風呂やプールに行く事だって本当はぶん殴って止めたくなる。
俺って案外惚れた相手を拘束したいタイプだったんだな・・・初めて知った。
「じゃぁ何て呼べばいいの?」
「馬鹿坂。」
キッパリそう言えば、さっきまで泣いていたが・・・声を上げて笑った。
「あはははっ・・・ち、千秋それ名前じゃないよ!」
「アイツはそれで充分だって。」
「あははははっ!!」
「・・・笑い過ぎだろ。」
苦笑しながらの手をさり気なく掴むと、車を止めてある駐車場へ向かう。
「この公園は縁起悪いからな、他行くぞ、他。」
「他って?」
「・・・取り敢えず、二人っきりになれる場所。」
と愛車の間を今日は何往復したか分からない。
けれど、そのおかげで気付いた事がある。
お前に会う前に1人で歩いた道やお前を残して歩いた道よりも・・・こうして、お前と手を繋いで歩ける道が一番いい。
自分の心が案外狭いって事に気づかせられたのは、高坂ってのが腹立つけどな。
取り敢えず、の携帯にアイツから連絡が入った時の着信音は俺が設定してやった。
――― 煩いくらいの、爆発音に・・・
喧嘩の後の帰り道
すみませんっ高坂が出てきちゃいましたっ(笑)
って言うか、しかも喧嘩してるのかしてないのか良くわからない内容になっちゃって本当に申し訳ない。私的には嫉妬してる千秋が書けて楽しかったんですが、お題に沿ってるかと言われると・・・ねぇ?(苦笑)
一応喧嘩別れしたのを後悔して元に戻る、と言う感じです。
ちなみにちーちゃんと千秋以外に呼ぼうなんて考えてません(笑)修平、ってのはちょっと違うんだよねぇ・・・という訳で、ゴメンネ千秋w千秋は千秋だよ♪
お題作成者:直人さんへ
直人さんの思い通り、にはなってないだろうなぁと思い先に謝ります、ごめんなさいm(_ _)m
しかも喧嘩のシーンなどなく、一方的に千秋が怒鳴って別れた後の話になってしまいました(汗)苛々しながらもちゃんとヒロインを迎えに行く『イイ人』千秋が脳裏に浮かべば嬉しく思います。あぁあと、高笑いする高坂(笑)ヒロインが次回高坂に会った時、素直に馬鹿坂と言わないよう祈ってます。
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!