部屋を出た所で直江さんに腕を掴まれて、思わず顔をゆがめる。
今までにないくらい力が込められていて、腕が・・・痛い。
「なっ、直江さん!?」
「戻って下さい。」
「でも約束が・・・」
「そんな約束、断ってしまえばいい。」
「それじゃぁ相手に悪いです!」
必死で声を振り絞って直江さんに伝えても、その表情はさっきから一向に変わらない。
「・・・続きは部屋の中で伺います。」
低い声が静まり返った廊下に響き、抵抗も虚しく・・・あたしは直江さんの部屋であるマンションの一室に戻されてしまった。
「っ!」
腕を掴んだままソファーへ体を放り投げられ、一瞬呼吸が詰まる。
持っていたバッグは廊下で落としちゃったし、携帯は電源を切られてしまった。
あたしは少しむせながら目の前で見下ろしている直江さんをキッと睨んだ。
「何するの!」
「約束の相手が男だなんて、俺は聞いていない。」
「・・・聞いたら直江さん、行かせてくれないでしょ。」
「当たり前だ。何故そんな相手の所へ行くのを見送らなきゃならない。」
「でも、恩師の先生の所へ行くまでだよ!?」
「それなら俺が送る。」
「その子、先生の家知らないから私が連れてかないと分からないの!」
必死でその子と会う理由を説明するけれど、今の直江さんには届かない。
「なら、行かなければいい。」
「そんな・・・」
「誰にも会わず、ずっとここにいればいい。」
上着を床に落とし、ネクタイを緩めている直江さんの顔からはいつもの穏やかな笑みは見られない。
ただ、背筋を凍らせてしまいそうな・・・冷たい表情だけがそこにある。
「直江・・・さん?」
「貴女はいつも俺を不安にさせる。」
ゆっくり伸ばされる手が頬に触れた瞬間、あまりの冷たさに肩を縮める。
「触れていても、僅かな拒絶が見られるだけで俺の心は冷えてしまうのに・・・」
「きょ、拒絶じゃない!!ただ手が冷たくて・・・」
「冷たいのは、・・・貴女でしょう。」
両手で頬を包まれ、そのままぐいっと上に引き上げられる。
「・・・っ!」
「その眩しい瞳に映されるべき人は誰ですか。」
強引に上をむけさせられている所為で呼吸が苦しい。
「な・・・え・・・」
「そんな風に唇を震わせて呼ぶ名も、私だけではないんでしょう?」
そんな事ないのに、自由にならない呼吸があたしの口から声を奪う。
「可愛らしい顔をして、どんな風に私以外の男を口説くんでしょうね。」
「そ・・・ん・・・こ、と・・・」
「しない、と言えますか?今日だって私に内緒で約束をしたくせに・・・」
頬を包んでいた両手が離され、僅かに浮いていた腰がソファーへ沈められる。
げほげほとむせながら、肺の中に空気を送り込んでいると肩を押されてソファーに倒れこんだ。
そのまま直江さんがあたしの体に覆いかぶさるようにしてのしかかり、体全体が動かせなくなる。
「直江・・・」
「もぅ私以外はいらないと言うまでこの体に教え込みましょうか。他の男が触れたら寒気がするほど、私を貴女に教え込めば・・・誰も貴女に触れられなくなる。」
「・・・・・・」
「おや、どうしましたそんな顔をして・・・貴女は笑顔が一番美しいはずですよ。」
目だけ笑っているけれど、直江さんをまとっている空気は・・・酷くよどんでいる。
何かが・・・壊れかけているの?
それともあたしが壊してしまったの!?
「さて、まずどうしてあげましょうか。優しいキスが好きな貴女だから、獣のように激しいキスを教えてあげましょうか。決して、他の人間が出来ないようなキスを・・・」
口元だけを緩めて、ゆっくり、ゆっくり直江さんの顔が近づいてくる。
「それとも、蕩ける様なキスをあげましょうか?麻薬のように熱いキスを・・・永遠と、繰り返し・・・」
「な、直江・・・」
「そんな風に切なげに名を呼ばないで下さい。自分が抑えられなくなる。」
「直江・・・」
名を呼ぶたびに直江さんの眉間が僅かに寄せられるのに気づいたあたしは、震える声でひたすら直江さんの名を呼び続けた。
「直江・・・」
「静かに」
「な・・・え・・・」
「黙って・・・」
「直・・・」
「黙れと言っている!」
直江さんの右手が拳を作ると、その手がソファーに叩きつけられた。
嫌な音を立ててソファーの上にあったクッションが破け、中から柔らかな羽が舞い散う。
はぁはぁと肩で息をする直江さんが僅かに上体を起したので、あたしは震える手で直江さんの首に両手を回して抱きしめ・・・再び耳元でその名を呼んだ。
「直江」
「・・・」
「・・・直江」
人の名は、一番最初に知る呪いだと本で呼んだ事がある。
その人の名を心を込めて呼ぶ事で、心の鍵を開けることが出来る、と。
だからあたしは精一杯の想いを込めて、直江さんの名を呼び続けた。
「直江」
「・・・」
「直江・・・」
どれほど、愛しい人の名を囁き続けただろう。
外が夕闇に染まり始めた頃、ようやく腕の中の直江さんが顔をあげた。
「・・・直江、さん?」
「すみません。取り乱して・・・しまいました。」
乱れた髪を直そうともせず、力なく下ろしていた両手であたしの体をそっと抱きしめた。
「驚かせてしまって、すみません。」
「気にしてないよ。」
「それに、貴女に酷い事を言ってしまった。」
「・・・最初に悪いのはあたしだもん。」
そう、最初から直江さんにキチンと話しておけば良かったの。
恩師の所へ同級生とご挨拶に行く、その同級生が車椅子に乗った男の子だって事を。
だけどそう言えば直江さんが気をつかって、仕事を休んで車を出すとかいいそうだったから・・・黙ってしまった事が、逆に直江さんを不愉快にさせちゃったんだよね。
「約束、破らせてしまいましたね。」
「・・・他の子がちゃんと連れてってくれてるよ。」
「他の子?」
「ボランティアの子と来るって言ってたから、何とかなってると思う。あ、勿論後で先生とその子に連絡はいれるけど・・・いいよ、ね?」
一応直江さんの様子を伺うよう顔を覗き込めば、いつもの穏やかな笑みを浮かべてテーブルに置いていた携帯電話を取ってくれた。
「勿論です。宜しければ後で私にも代わって下さい。私の都合で約束を破らせてしまったお詫びをします。」
「・・・うん。」
それから破れたクッションを横に置いて、直江さんと並んでソファーに座り先生と同級生に電話をかけた。
何事かあったのかと心配していたけれど、直江さんの仕事の関係でどうしても至急そっちに時間を割く必要があったと説明したら二人は納得してくれた。
「それでは、本日は本当にご迷惑をおかけしました。今度は是非、私も同席させて下さい・・・はい、それでは失礼致します。」
丁寧に応対して電話を切ると、その電源を再び直江さんが切ってあたしの手に乗せた。
「何で電源切ったの?」
「・・・二人きりに、なりたいからです。」
「今、二人っきりでしょ?」
「電話のコールにも、邪魔されたくないんです。」
「・・・直江さんってさ。」
「はい?」
「エゴイストの固まりみたいな時、あるよね。」
使い慣れない言葉を、半ば強引に口にしてみれば・・・直江さんは何故か嬉しそうに頬を緩めた。
「えぇそうです。私はに関する事ならば、誰よりもエゴイストになれる。どんな時でも、どんな場所でも・・・」
「・・・言い切られた。」
「不満ですか?」
「そんな事はないけど・・・」
「では、その不満を解消して差し上げますよ。」
「ほぇ?」
驚く間もなくひょいっと抱き上げられた体は、隣室の寝室へと移動させられる。
「ちょっ、直江さん!?」
「さっき言ったでしょう?他の人間が触れれば嫌気がするぐらい、私を刻み込んであげる・・・と。」
「そっそんな事聞いてない!!!」
「忘れてしまったのなら尚更、貴女の頭ではなく体に教えてあげますよ。」
にっこりと、いつもの余裕のある笑みを浮かべたまま、緩めていたネクタイを抜き取るとそのまま床に落とした。
「夜は長いですから、ゆっくり楽しみましょう。」
「ちょっ・・・こっの・・・っ!!!」
叫びかけた言葉は、あっという間に直江さんの口内に飲み込まれ、唇が離れた時には既に何を言いかけていたのかすら分からないほど頭がボーっとなっていた。
至上の愛は、小さな頭では想像がつかない・・・
あたしの愛する、最強のエゴイスト
エゴイスト
・・・・・・も、黙秘権を行使したいぐらい内容に関して言葉が出ません。
エゴイスト、と聞いた瞬間、嫉妬に狂う直江信綱が頭に浮かんで、思うが侭に書いたらこうなりました・・・としか言えない(苦笑)
いや、もう、本当にこの人を敵に回したくない!と思いましたね。
ちなみに書き終えてからこのお題の名前で香水があったのを思い出しました。
ま、香水ネタは過去に書いた事あるからいいですよね?(笑)
エゴイストの意味を取り違えているかもしれませんが、私はこう思っているみたいです(直江さんに関しては、か?)
お題作成者:エリノさんへ
思ったより凄い方向へ進んじゃってすみませんm(_ _)m
一応白黒直江・・・になってますが、殆ど黒ですよね?あはははは・・・(乾笑)
最後の「最強のエゴイスト」の台詞を、最初「最狂」と書きそうになったのは内緒です。
エゴイストがこんな風になってしまいましたが、へ、平気ですかね(苦笑)
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!