氏康殿に申し付けられた任を終え、帰路に着いた私の目の前に不意にある物が舞い降りた。

「・・・」

普段ならそんな物、さして気にも留めない私がこの時はやけに気にかかり、舞い散る花びらに導かれるよう足を進めた。
やがて視界の開けた場所へ出ると、目の前に一本の立派な老木があった。

「桜・・・か。」

風が吹くたびに満開を終えた花びらが次から次へと舞う。
その様子を眺めながら、ふとある人間の顔が脳裏に浮かび、自然と懐に入れていた携帯電話に手が伸びた。
メールを開き、桜を見ながら文字を打ち込み・・・ふと思う。



――― 見事な桜を見た ―――



こんな夜更けにただこれだけの事を告げてどうする。
送信の可否を問うメッセージを消し、入力した内容を保存せずに携帯を閉じた。
頭上では己の行為を非難するかのように、枝がざわめき視界を花びらが覆いつくす。

「・・・」

こんな気持ちは初めてで、どうして良いのかわからない。



美しいものを見た。
その想いを共に分かち合いたい・・・など




「どうすれば・・・」

そう呟いた瞬間、手元の携帯電話がメールの着信を告げた。
機械的な動作でメールを開き、視線を液晶へ向けた瞬間、動きが止まる。
送られてきたメールの主は、たった今、自分がメールを送ろうとした相手。

「・・・。」

その内容は・・・他愛もない事だった。
労をねぎらう言葉と、就寝前の挨拶。

「彼女らしい。」

自然と緩む頬、縛られていた想いが解き放たれ心が軽くなる。



――― 今なら素直に言えるかもしれない



言葉を送るのを躊躇う自分の背を押したのは、お前からの音のない声なのだから・・・





その後、初めて携帯電話で夜桜の写真を撮った。
周囲に明かりがない所為で、随分ぼやけた写真になってしまったが、それでも彼女にはこの美しさが伝わるだろう。
先程とは違う文面をメールに載せ、夜桜の写真を添付して彼女へ送る。



ただ、春の夜の他愛無い出来事
だが、私にとって忘れられない夜となった。





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春の夜
まさかこた@小太郎でお題を頂くとは思いもせず、一瞬固まってしまった事・・・ここで白状します(苦笑)
好きですよ、こた!!だがしかし・・・彼の口調は難しく、ついつい誰かさんのようになってしまいがちで難しい。
このお題に関しては、色々なパターンが浮かんで何度も書き直しました。
全部話のネタが違うので、もし他の分も書き直せたらいいなぁと思っています。
それでもこの話が、一番私の脳裏に情景が浮かび、ふと微笑むこたが見えたので採用とさせて頂きました。
こたには夜の闇とか月の光が似合うなぁとこの時、思いました。

お題作成者:まきさんへ
最初にすみません、と言わせて下さい(汗)
こたの口調が微妙に偽者で申し訳ないっ!!
まきさんの思っていた物とは別の方向へ行ってしまったかもしれませんが、風見的には好きな話に仕上がりました!!
広い場所に一本だけ咲いた老木を背に、月を見上げながら送信済みの携帯を持っているこたが脳裏に浮かべば嬉しいなぁと思います。
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!