部活動にいそしむ生徒以外校内に残っていないはずの放課後。
初夏の日差し射し込む保健室から、ひときわ賑やかな声が聞こえる。

「げーっ!またくぼちゃんかよ!!」

「明後日の昼食も時任の奢りな。」

「だぁーっっ!!」

奇声を上げながら机を拳で叩く時任をよそに、久保田は顔色ひとつ変えずカードを手際よくきっていく。

「で、もう一回やる?」

「食券取り返すまでやるに決まってんだろ!くっそぉー、次こそくぼちゃん負かしてやるかんな!!」

「さーて、そう簡単に行くかな。」

「出来るに決まってだろ!なんせ俺は、世界のアイドル時任さまなんだからなっ!!」



――― 根拠のない自信である



椅子に足を乗せて自慢げに久保田を指差している時任の頭を、会議を終えて保健室に戻ってきた五十嵐がファイルの背で叩いた。

「だっっ!!」

「椅子に足乗せるんじゃないの。」

「お帰りなさい、センセ。」

あぁ〜ん、久保田君v待たせちゃってゴメンなさぁい?」

べったりと久保田の背中に抱きつくと、側においてあった対戦成績の紙に目を止め苦笑する。

「時任君全敗?」

「うっせぇな、これから勝つんだよ!」

「・・・だそうです。」

「久保田君に勝つなんて、無理なんじゃないの?」

「何だってぇ!?」

「アンタ全部顔に出るんだから、ポーカーなんて高等なゲーム出来るわけないでしょう?」

「あぁ!?」

そう、久保田と時任の二人がやっていたのは学食の食券を賭けたポーカー。
最初はババ抜きや7並べと言った簡単なものを時任の為に久保田が提案したが、どうやら深夜のお笑い番組でやっていたポーカーがいたく気に入ったらしく、久保田の提案は却下されてしまった。
ちなみにお笑い番組でやっていたポーカーでは、お笑い芸人達がそれぞれの携帯に登録されているアドレスをかけており、勝者は敗者の登録アドレスをひとつ消す事が出来るのである。



――― 恐ろしい掛け金である



「てめぇから先に片付けてやるぜ!オカマ校医!」

「あぁ?出来るもんならやってみな!」

「よっしゃ!じゃぁ俺が勝ったら明日の昼飯先生の奢りな!」

「はっ!ならアンタが負けたら、明日一日アタシの奴隷ね!」

「やってやろうじゃねぇか!」

「あらま。」

新しい煙草を探している間に、五十嵐VS時任に変更されたらしい。

「ごめんねぇ久保田君。すぐにこのガキとっちめちゃうから待っててね?」

「くぼちゃんに渡した食券はすぐに取り返すから逃げんなよ、くぼちゃん!」

「はいはいどーぞ、ごゆっくり。」

座っていた椅子を五十嵐へ譲り、久保田は窓辺においてあったパイプ椅子に腰を下ろした。
のんびりと空を見上げながら煙草をふかす背後では、悲鳴とも奇声とも取れない声が上がっている。

「平和だねぇ・・・」

そんな喧騒の中、何気なく久保田が校門へ視線を向けると・・・ある人物が手を振っているのに気づき、同様に手を振り返す。





「こんにちは、久保田くん。」

「こんにちは・・・へぇ、今日は夏服なんだ。」

「最近暑いから・・・」

そう言いながら笑顔で額の汗を拭うのは、五十嵐の妹・・・である。
ちなみに本日は白い半袖の開襟シャツに、某有名私立高校のチェックのスカート・・・丈はやや短めといった、男子の目には嬉しい格好となっている。

「似合わない?」

「いえいえ、とてもありがたい格好ですよ。」

「ありがとう。」

笑顔で礼を言うだが、『ありがたい格好』と言われて喜ぶのもどうだろう?

「お姉ちゃんは・・・取り込み中?」

そんな事気にも留めず、が背伸びして部屋の中の様子を伺うと、両者互角・・・といった雰囲気が漂っている。

「時間かかるみたいだけど、急用?」

「ううん。ただ仕事帰りに寄っただけだから・・・」

「あれ、退社時間にはまだ早いでしょ。」

「出先から直帰したの。」

にっこり微笑むを見て、自然と久保田の頬も緩む。
そしてふとある事を思いついた久保田は、ポケットから小銭を取り出してさり気なくの前に出した。

「暇つぶしにコインゲームとかどうかな。」

「え?」

「もしちゃんが勝ったら、アイスご馳走しますよ。」

「アイス・・・」

「そ、この夏の新商品で俺が一番お勧めしてる物を。」

何度も保健室へ出入りし、と顔を合わせているうちに大体の好みは把握している。
そして彼女がこの手の簡単なゲームが得意な上、大好きだ・・・という事も。

「久保田くんお勧めならハズレはないね。」

「じゃ、交渉成立って事で。」

右手でコインを弾き、左手の甲に落ちたコインを素早く右手で覆う。

「はい、どーぞ。」

「ん〜・・・表?」

首を傾げながら、じっと久保田の手を見る
久保田がコインを覆っていた手をどけると、そこに現れたのは・・・桜の絵。

「きゃーっ!アイスゲットー♪」

「お見事。」

嬉しそうにその場を飛び跳ねる姿を見つめながら、久保田は口にくわえていた煙草を携帯灰皿の中へ押し込み、眼鏡を指で押し上げた。

「じゃ、もうひと勝負。」

「今度は何を賭けるの?」

「ん〜・・・」

わざとらしく腕組をして考える様子を見せる久保田に興味津々で近づく
それすらも既に久保田の策略だとは気づいていない。

「あ」

「え?」

「でもなぁ・・・」

「何?何?」

わざとらしく口を濁す久保田にじらされつつ、徐々に距離を詰めていく
精一杯背伸びをして久保田へ顔を近づけ、あと少しで額がぶつかる・・・という距離まで近づくと、久保田がそっと顔をずらしての耳元に心地よい低音を注ぎ込んだ。





「・・・ってのは?」

すぐさま体を起こしてから離れると、ただでさえ細い目を更に細めて久保田が笑う。
不意を突かれたはいまだ脳内に響いている久保田の声に翻弄されたまま、頬を染め耳を両手で塞いでいる状態だ。

「勿論、これはちゃんの了承がなければ成り立たないけどね。」

「・・・勝つ自信、あるの?」

「さぁ、どうかな。」

余裕の笑み、ともとれる笑顔を浮かべながら、いつものようにを見つめる。
やがて覚悟を決めたのか、が久保田に向かって手を差し出した。
その手の平にさっき使った100円玉を乗せると、珍しく久保田が楽しそうに言葉を口にした。

「商談成立。」

「あたし、負ける賭けはしないの。」

「・・・奇遇ですね。俺も、ですよ。」





「賭けをしようか。」

もし、俺が勝ったら・・・俺と付き合うってコトで。
何処まで・・・なんて野暮な事言いませんよね?
勿論、行ける所までイッて貰いますよ。





さて、賭けの結果やいかに?





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「賭けをしようか」
はいはーい、久し振りの荒磯です。
何だか久し振りの作品が多いと思うのは気のせいでしょうか?
あの久保ちゃんがついに動きました!って感じの話になりました。
ヒロインの運が勝つのか、久保ちゃんの運が勝つのか・・・そこまでは知りません。
ただ久保ちゃんが自分から仕掛けた賭けで負ける姿ってのは全く想像できないのは私だけでしょうか?(笑)


お題作成者:ゆっこさんへ
まさか久保ちゃんで来るとは予想外でしたよ(苦笑)
しかも台詞っぽくお題を頂いたので、何処でそれを入れようか悩んじゃいました(笑)
一応耳元へ囁いた言葉がお題の言葉です。
ちなみに賭けに使っているコインは以前ヒロインに貰った煙草のお釣りに混じってた綺麗な100円玉です(笑)そんな事どうでもいい事なんですが、色んなのが混ざってるって言いたかったんです♪
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!