「失礼ですが・・・もしかして貴女は・嬢ではありませんか?」
ミネルバがディオキアへ到着し、アスランがミーア・・・ううん、ラクスと食事をしている間、何となくホテル内を歩いている時、声をかけられた。
「・・・失礼ですが、どちら様ですか?」
オレンジの髪に紅の軍服、そして襟口につけられたフェイスのバッチ。
ミネルバでは見た事のない人間に注意深く尋ねれば、相手は僅かに目を細めると姿勢を正し敬礼の形で名乗った。
「ご挨拶が遅れました。特務隊フェイス所属、ハイネ・ヴェステンフルスと申します。明日よりミネルバに乗艦させて頂く事になりました。」
――― そんな人がどうしてあたしを知ってるの?
眉間に皺を寄せ不信感いっぱいの心を隠すように胸元でギュッと両手を握りしめれば、ふと目の前にいた彼が・・・優しく微笑んだ。
「驚かせちまった、かな。」
「・・・」
「実は俺、クルーゼ隊長と一緒にいる貴女を何度か見ているんですよ。『紅の女神』」
「その言い方は止めて下さい!」
『紅の女神』
パイロット以外でただ1人、紅の軍服を身につけていた女。
ただそれだけの事で、周囲の人間が勝手に自分をそう名付け・・・呼んでいた。
けれど実際その名がつけられたのは、戦場で傷ついた兵士の手当てをしているうちに白衣がその血で真っ赤に染まった様を表しているのだと知った時・・・その名に寒気がした。
――― あたしの身体は、血に染まっている
「・・・失礼します。」
「あーっと、ちょっと待った!」
背を向けて歩き出そうとした手を掴まれて、反射的に相手を睨む。
「まだ何か!」
「おいおい、なに怒ってんだ?」
「怒ってなんかいません!」
「怒ってんじゃん。」
「・・・」
過去を思い出す事が、今の自分にこんなに負担になっているとは思わなかった。
知らず知らずのうちに唇を噛み締めている自分に気付き、自然と俯く。
すると、まるでアスランがあたしを慰めるのと同じように・・・ポンポンと頭を叩く手があった。
「・・・悪い。つい貴女に会えたのが嬉しくて調子に乗っちまった。」
――― 違う、アスランじゃない
「そのままでいいから聞いて下さい。俺は以前貴女に手当てをして貰った事があるんです。」
――― こんな風に初対面から親しげに声をかけてきたのは・・・ダレ?
「と言っても、今みたいに特務隊なんてカッコイイもんじゃなく一般兵の時ですけどね。」
――― あのさ、最初から俯いてると前に進めないぜ?
「他の医師はお偉いさんから治療していたのに、貴女は逆に俺達一般兵を中心に手当てしてくれた。」
――― ホンットお前って馬鹿正直なヤツ
「何故俺達一般兵を先に治療するのか?と尋ねたら、貴女は・・・包帯を巻きながらこう言ったんです。」
――― 後方でふんぞり返ってるヤツを見返してやる!
「後方でふんぞり返っているお偉いさんより、前線で戦う俺達の方が大切な身体だ・・・って。」
目の前にいる人の言葉と、脳裏に浮かんでいる彼の言葉が重なった。
――― ラスティ!!
パッと顔を上げると、目の前にいた彼の表情が僅かに驚いたものに変わった。
けれどすぐに穏やかな笑みを浮かべて、話の続きを語りだす。
「・・・後方でふんぞり返っている人間がいなきゃ前線の俺達も動けないけど、面と向かって前線で戦う自分達が大切だと言われたのは初めてで驚きました。」
「・・・」
「良かったら使って下さい。」
「・・・え?」
差し出されたハンカチを見て声を上げる。
「大丈夫、洗濯してありますから。」
「・・・」
「あ、ちなみに柔軟剤も使って丁寧に洗濯してあるモノですから遠慮なく使って下さい。」
にっこり笑顔でそんな事を言いながら、あたしの頬に当てられたハンカチはまるで誰かの手のように柔らかくて・・・自然と涙を流している事を知った。
「あり・・・がとう・・・」
「どう致しまして・・・というか、何か俺が泣かせたような感じですよね。」
「ごめんなさい。ちょっと最近情緒不安定で・・・」
「そりゃそうでしょ。誰だってこんな状況で涙ひとつ流さない奴なんていませんよ。」
掴まれていた手はいつの間にか離れていたけれど、今度はその場から逃げず、キチンと彼の話を聞こうと正面を向いた。
「あの・・・本当に手当てをしたのはあたし、ですか?」
「はい。」
「・・・どうして覚えてるんですか?」
「ん〜・・・印象的だったってのが一番だったかな。他のヤツより人一倍小さい身体で、人一倍動き回ってたその背中が忘れられなかった。」
「・・・背中。」
「そ、だからすれ違った時、背中見てピーンと来たのよ。あー、もしかして俺の初恋の君かなぁ〜ってさ。」
軽くウィンクしながらとんでもない事を言われ、一瞬涙を拭いていた手が止まった。
「・・・は?」
「あれ?聞こえなかった?俺、今結構勇気振り絞って告白したつもりなんだけど。」
「いえ、聞こえましたけど・・・」
「そぅ、良かった。という訳で、初恋の君の背中を見たら声をかけずにはいられなくなったと、そういう訳です。驚かせてしまって申し訳ありませんでした、・嬢。」
深々と頭を下げる彼を見て、慌てて自分も頭を下げる。
「あ、あたしこそすみません。思い切り睨んだり・・・その・・・」
「いやいや、普通女性が見知らぬ男に声をかけられたらそんな態度とるのが当たり前です。逆にその反応が・・・貴女らしい。」
「あたしらしい?」
「えぇ。」
何だろう?
何処かまとっている空気がラスティと似ているのに、それ以上にこの人は容易くあたしの内側に入り込んでくる。
丁寧な物腰で話しているかと思えば、急に友達のように親しげな口調で語りかけてくる。
でもその話し方が・・・妙に心地よい。
「本当はもう少し貴女と話をしていたいんですが、時間切れのようですね。」
「え?」
「あ、少し残念とか思ってくれてる?」
「・・・す、少し。」
「はははっ!じゃぁ第一印象は悪くないって事かな。」
あ・・・笑顔はラスティと違う。
ラスティは大きな口を開けて思いっきり元気に笑って、側にいた人を叩いちゃうくらいだったけど、この人は・・・綺麗に笑う人だ。
「嬢も今はミネルバに乗船しているんでしたよね?」
「はい。」
「じゃ、次は艦内で会う事が出来るって事か。」
「そうですね。」
「じゃ、その時そのハンカチのお礼して下さい。」
「はい?」
「それは俺が数少ない洗濯機を自らの服を洗う為にキープし、更に仲間の貴重な柔軟剤までも奪って洗濯したハンカチです。」
「・・・」
「乾いた後にはキチンとプレスし、今日この日の為に準備していました。」
「・・・」
「まさか貴女の涙を拭うのに使うとは思いませんでしたけどね。」
「・・・ぷっ!」
ハンカチ一枚にそこまで熱弁をふるわれて笑わないわけがない。
口元を押さえながらも肩を震わせていたら、彼の安心したような声が聞こえた。
「やっと笑った。」
「え?」
「いやいや、こっちの話です。では嬢、自分は部下との約束がありますのでこれで失礼させて頂きます。」
「あ、はい。」
「ハンカチ、ありがとうございました。」
「・・・?」
ハンカチを借りたのはあたしの方だけど?
意味が分からず尋ねようとしたけど、既に彼はあたしに背を向けて歩き出してしまった。
まぁミネルバで会えた時に、お礼と一緒に聞けばいいか・・・と思っていたあたしの耳に、彼の・・・ヴェステンフルスの声が聞こえた。
「おーい!」
「?」
「次、ミネルバで会ったらって呼んでもいいですか?」
「・・・」
「俺もハイネで構いませんから!」
丁寧に申し立てしてるのかと思えば、半ば押し売りのような感じもする。
でも、それが何だかこの人らしくて面白い。
そう思った瞬間、最初に目を合わせた時の緊張感なんてあっという間に何処かへ飛んでいってしまった。
きっとこの温かな流れを生み出す彼の空気に、あたしは一瞬のうちに包まれたに違いない。
「はい!」
「オッケー、じゃ!またな!」
「またね・・・ハイネ。」
小さく呟いた名前だけど、ちゃんとハイネの耳に届いたらしい。
だって、彼の足が妙に浮き足立ってるもの。
くすくす笑いながら、今度は笑いすぎて零れた涙を拭うのに、さっきハイネに借りたハンカチを使う。
するとそのハンカチに見慣れた物を見つけて思わずじっと見つめる。
「嘘・・・これ・・・」
それはまだザフトにいた頃、アスランと一緒に出掛けた先で買った限定物のハンカチに酷似していた。
何より隅に小さく刺繍されているイニシャルが・・・あたしの持ち物であった事を示している。
「え?え?えー!?」
「さん、どうかしましたか?」
「あ、・・・レイ。」
「ミネルバに戻られるのでしたらご一緒しませんか。アスラン達は議長の計らいで今夜はこちらのホテルに宿泊されるそうです。」
「あ・・・そう。じゃぁ戻ろうかな。」
先を歩くレイの背を追いながら、手に持っているハンカチにチラリと視線を向ける。
まるでビックリ箱のように、中に何が入っているのかわからないハイネ。
どうやら彼はただ面白い、楽しいだけの人じゃないみたい。
楽しい人
まーさーか、ハイネのお題が貰えるとは思いませんでした(笑)
いやぁ、焦りましたよ!え?嘘!?本当に!?と(苦笑)
取り敢えず超偽〜の設定を使い、ピンクのザクでラクス様が歌っているあの都市で、あのホテルで出会わせてみました。
個人的には出会いはこんな感じでいいなぁ〜♪と思ってます。
過去に何があったのか、書いていたらどんどん膨れ上がって来ちゃって大変でしたけどね(苦笑)
なんだよ、紅の女神って!イニシャルのハンカチって!?とかね。
でもま、取り敢えずハイネが楽しい人だと伝われば嬉しいです★
お題作成者:pockyさんへ
すみません、楽しい人なのかイイ人なのか面白い人なのか良くわからない話になってしまいました(汗)
pockyさんの思っているのとは違う方向へ行っちゃったんじゃないだろうか・・・と(苦笑)
取り敢えずハイネが過去にヒロインと出会っていて、初恋の君をずっと思っていた辺りがちょっといじらしくていいなぁと勝手に思っています。
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!