赤信号で止まった車の中。
不意に緒方さんが身を乗り出して・・・私にキスをした。
唇を重ねるだけの優しいキス。
ただそれだけの事なのに、鼓動が高鳴る。

「・・・んっ」

重なり合った唇の隙間から洩れた声が恥ずかしくて、自然と頬が朱に染まる。
震える手で抗議するよう緒方さんの腕を叩くけれど、それに気づかないフリをしているのかキスをやめる気配はない。
徐々に深くなるキスに頭がクラクラし始め、全身の力が抜けてしまいそうになった瞬間、後ろからクラクションの音が聞こえ・・・緒方さんが私から体を離し、アクセルを踏んだ。










暫く車を走らせると、前を見たまま緒方さんがポツリと呟いた。

「クラクションを鳴らすなんて、無粋だね」

「え?」

「さっきの車。免許取る時、キチンと教習受けてないんじゃないかな」

「でも、さっきの場合はよそ見していた緒方さんが悪いんじゃないですか?」

「オレは悪くないよ。悪いのは魅惑的な唇をしているちゃんの方じゃないかな」

「人の所為にしないで下さい」

「君が熱い視線でオレをじっと見ていたからね。誘ってるのかと思ったんだよ」

「そ、それはっ!」

確かに車を運転している緒方さんの横顔を盗み見していたけど、でも別に誘ったりなんてしてない!

「ほら。今もそんな風に頬を染めて見つめてる」

「ち、違います!!これは・・・その・・・あ、熱いからです!」

「さっきのキスで身体が熱くなった?」

「緒方さぁ〜ん・・・」

どういえばこの人に分かって貰えるのか時々分からなくなる。

「あぁごめんごめん。ついちゃんの反応が可愛くて・・・君って本当に虐め甲斐のある子だよね」

「お褒めにあずかり光栄です!」

「どう致しまして」

嫌味のように言った言葉も、緒方さんにとっては子猫が噛み付いたくらいにしか思えないみたい。
でもそれがまた緒方さんらしい、と思ってしまう自分に苦笑してしまう。
それでもすぐに顔を上げるのが癪だったので、窓の外を流れる景色を眺める事にした。










やがて車は大通りに面した路肩に止まった。
あれ・・・これから緒方さんの家に行くんじゃなかったっけ?
そう思いながら暫く車が動き出すのを待っていたけど、一向に動く気配を見せない。
さすがに不安になって運転席へ視線を向ければ・・・妙に嬉しそうに笑っている緒方さんが、いた。

「ようやくこっち、見たね」

「・・・緒方さん?」

「オレ、君の怒った顔・・・好きだよ」

「・・・え?」

「拗ねた顔も、眉間に皺寄せた顔も、真っ赤になった顔も・・・いいね」

「突然どうしたんですか!?」

「君、外を向いていれば表情が見えないって思っていただろう?」

「・・・はい」

「でも、オレは窓ガラスに映る君をずっと見ていたんだよ」

「えーっ!?」



じゃ、じゃぁボーっとした顔とか見られてたの!?



急に恥ずかしくなって、とにかく外へ出ようとしたら・・・車の鍵がロックされる音が耳に届いた。

「緒方さん?」

「ダメ、逃がさないよ」

「で、でも止まったって事は何かここに用事があるんですよね?」

「用事?・・・そうだなぁ」

そう言いながら、さっき赤信号で止まった時と同じように緒方さんの顔が近づいてきたので、自然と身体が後ろに逃げる。

「しいて言えば、君にキスする事・・・かな」

「そ、それは用事じゃありませんっ!」

「君にはそうじゃなくても、オレには大切な用事だよ」

あの声で囁かれると嫌でも身体の力が抜けて抵抗できなくなってしまう。

「でも・・・あの・・・あ、そうだ!ほら、またさっきみたいにクラクション鳴らされちゃいます!だから・・・」

「それは気にしなくて大丈夫。目の前の標識、見えるかい?」

「標識?」

緒方さんの肩越しにチラリと窓の外を見ると、スクーターの免許を取る時に丸覚えした教本で見た丸い交通標識が立っていた。

「あれって確か・・・駐車禁止の標識でしたっけ?」

「ご名答」

「じゃぁすぐ動かさなきゃダメじゃないですか!!」

力いっぱい緒方さんの肩を押し返そうとするけど、緒方さんはしっかり助手席のシートに手を回していて動かない。

「確かにあれは駐車禁止の標識だけど、停車は禁止していないんだ」

「な、何が違うんですか?!」

「駐車は荷降ろしなどの作業で5分以上停止したり、運転者が直ちに運転義務を行えない場合。そうだな、例えばコンビニで煙草買う為に車から離れたりとか・・・そういう事を言うんだ」

「・・・はぁ」

「逆を言えば、車をすぐに発進させられる状況の今は・・・停車と言えるんじゃないかな」

「それはわかりましたけど、この体勢の意味は?」

いつの間にか車のシートを後ろに倒されて、緒方さんが私の姿を隠すように覆いかぶさっている。

「あぁ、これ?人に見られる方が燃えるって言うなら起こしてもいいけど、君、そういう趣味ないだろ?」

「緒方さん!?」

「大丈夫、キス以上の事はここじゃしないよ」

「ちょっ・・・」

「さっきはクラクションに邪魔されたからね。今度は交通ルールを守った上で、君とのキスに集中させて貰うよ」

メガネを外して、優しく微笑む緒方さんを見たら・・・これ以上何も言えなくなった。

「5分以内に発車して下さいね?じゃないと・・・」

「駐車になる、って言いたいのかな」

「・・・はい」

「ホント君は真面目な子だね」

呆れるような口調だけど、それ以上にキスは優しい。

「君の望むとおりに・・・」





約束どおり、5分以内に車を発進させてくれた緒方さんだけど、あたしはシートに倒れたまま身体を動かす事が出来なくなってしまった。



――― 君が望んだんだろ?



制限された時間の中、私を脱力させる事を目的としてしまった緒方さんのキスは・・・いつも以上に甘く優しく、私を蕩けさせた。





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交通標識
お題を見た瞬間から、車のシーンが浮かんでしまった私はやっぱりゲームのやりすぎなんでしょうか?(笑)
ま、緒方さんからすれば標識なんてあってもなくてもどっちでも構わないでしょうけどね。
・・・だって絶対知ってるはず、人通りのない場所とか、違反キップ切られなそうな場所とか。
駐車と停車の違いが分からず、免許取得前のテストで四苦八苦していた人間は私です。
良く考えれば分かるんだけど、動揺するとすぐ勘違いしちゃうんですよね。
そんな私も今じゃゴールド免許ドライバー(爆笑)

お題作成者:りどるさんへ
さてさて、りどるさんの思う方向とはぜ〜んぜん違う方向へ進んだのか、はたまた思うとおりの方向へ進んだのか気になる所ですが如何でしたでしょうか?
私的にはゲームの中でもある、あのシーンが速攻脳裏に浮かんだのでそれを元に書きました。
相手が緒方さんという事で、車じゃなくて彼本人にブレーキをかけるのが大変でした!
お題企画に参加して下さってありがとうございました!!