「え!?太郎先輩と真希先輩がインフルエンザ!?」
「そうなんス!今マスターが家に電話したら二人とも高熱で唸ってるそうで…」
「あのお二人がインフルエンザにかかるなんて…今年のインフルエンザは物凄い悪性なんですね」
「純…」
悪意が無いのは分かっているが…相変らず純の一言は何処か刺々しい。
マスターが胃の辺りを押さえながらも何とか今日の予定を皆に告げた。
「…まぁ今日休みにしようかとも思ったんだが、折角皆に来てもらったんだ。出来る所まで皆で力をあわせて頑張ろう」
「「「はい」」」
あの二人がいないなら余計ないざこざが起きる事も無いから、逆に楽かもしれないという楽観的なマスターの考えは後々ひっくり返される事となる。
「シナモンティーと本日のケーキ、お待たせしました」
「すみませ〜ん、注文お願いしまーす!」
「今行くっス!!」
本日の天気は雨。
開店した当初は霧雨のような天気だったが、正午となった今では土砂降り状態。
その為、手近な店に飛び込んでくる客が多く店内は満員御礼状態になってしまった。
キッチンでは皆川がいつものように笑いながら楽しそ〜に料理をしている。
最後の盛り付けをして手渡すの髪も忙しさの所為か、少し崩れてきてしまっている。
そしてマスターもフロアとキッチンを絶えず往復しており、時折戻ってきた皿を必死の形相で洗っていた。
地獄のランチタイムの後、一同は束の間の休息を得る事ができた。
「マスター…この人数じゃちょっとキツイっスよ…」
「そうですよ。僕、ちょっと疲れました」
「でも、これだけ忙しいと何出しても文句言われなそうでちょっと楽しいかも…」
くっくっく…と笑う皆川の顔にも若干疲労の色が…見える気がするのは気のせいかもしれない。
「そうだな…今日は早めに閉店するか」
これ以上営業を続けると、皆川が何を作り出すか分からないと判断したマスターがそう告げた瞬間、カラ〜ンという入り口のベルが店内に鳴り響いた。
「私フロアに出ます。それなら皆さん少し休めますよね?」
が汚れたエプロンを外し、新しいエプロンに取り替えるとメニューと水を手にフロアへと出て行った。
「…さん、元気っスね」
「さすが、僕の右腕だよねぇ〜」
「お店閉めるなら今来たお客さんが帰ってからですね」
「そうだな…スマンがもう少し頑張ってくれ。徳か純、どちらか先に休憩を取ってくれ」
マスターは重い腰を何とか気力で持ち上げると、ゆっくりした足取りでまだ残っている洗い物を片付けるべく精神的に病んでしまいそうなキッチンへと向かって行った。
そんなマスターの背中を見ている徳の肩を純が叩いた。
「僕まだ平気ですから、徳さんお先にどうぞ」
「純〜…」
涙を流して純の言葉を喜ぶ徳だったが…
「僕の方が若いですから」
「…純」
確かに徳の方が純よりひとつ年上だけど…そんなに差は無いじゃないか、と心で思っても口に出さない。
万に1つでも勝つ可能性が無いから。
「ほらほら徳ちゃん、ランチの残りだけどあっちでゆ〜っくりお食べなさい」
「皆川さん、ありがと…ぉうえぇっ!?」
お礼なのか悲鳴なのか良く分からない声を上げた徳の前に皆川が差し出したのは、本日のランチだったオムライス…と思われる。
綺麗に包まれた中身は…多分ケチャップライス。
しかしそれを包んでいる卵にケチャップで書かれた顔が…何だか微妙に動いている。
まるで食えるもんなら食ってみろ!とでも言っているかのように。
「ごゆっくり〜♪」
徳はまるでブリキの兵隊のようにカクカク歩きながらロッカールームの方へと歩いて行った。
「皆川先輩、オーダー入ります。えっと…BLTサンドとアッサムティ、あとロイヤルミルクティーお願いします」
「は〜い」
が皆川へオーダーを通す事は余り無い、と言うか今まで一度も無い。
この店に入社してすぐはキッチンへと配属されて、皆川の手足となって料理の手伝いをしていたからだ。
その為初めてのフロアの仕事はにとって何だか嬉しくもあり、楽しくもあるのだ。
「はい、ご注文の品ですよ〜」
「ありがとうございます!」
「重いから気をつけるんだよ?」
「はい!」
さすがの皆川もの運ぶ物にはおかしな事はしないらしい。
一生懸命オーダーされた品物を運ぶの後姿を、いつもより数倍優しい目で見つめている。
「あ、いらっしゃいませ!」
入ってきたお客様をにっこり笑顔で出迎える。
たまたま入ってきた男性客のグループはその笑顔に一瞬見惚れてしまった。
明るい店内に可愛い女の子…達!?
ちなみに現在フロアに出ているのはと純の二人だけである。
それを外から見ていた男性達が次々と店内へとなだれ込んできた。
「いらっしゃいませー!」
「えっとオレ…あんまり紅茶良くわかんないんだけど…」
「お好みのお味を教えていただければオススメをお持ちしますが」
「じゃぁ…君の好きな紅茶は?」
「えっと、そうですねぇ…」
こんな光景は午後になってからあちこちのテーブルで見られるようになった。
もともと女性向のこの店に男性は殆どやってこない。
来たとしても彼女に連れられて来る人が殆どだ。
しかしと純の二人がフロアに立ってからというものの、店内にいるお客さんの約9割が男性客である。
「…ブレンド4つお願いします」
バキッという音と共にボロボロになったトレイがキッチンのテーブルに置かれた。
休憩に入ったマスターの代わりに徳が先程から洗い物をしているのだが、ここへ来るたびに純の笑顔がどんどん引き攣り始めているのに気付いた徳は恐る恐る声をかけた。
「純…お前、顔…」
「誰だって何度も女の子に間違われたらこうなりますよ!ブレンド4つ!!」
「はいぃぃっ!!」
「えっと追加オーダーはいります!アメリカンとアップルティーお願いします!」
息を切らしながらオーダーをするの額には僅かに汗が滲んでいる。
心配した徳と純がに声を掛けようとするより先に、店内の男性客から声がかかった。
「ちゃ〜ん、メニュー見せてくれる?」
「は、はーい!!」
はすぐにメニューを手にすると、手を上げている客の元へと走って行った。
「さん、さっきから走りっぱなしですよね」
「…純が男って分かってから尚更走ってるっス」
「えー、僕の所為だって言うんですか?」
パキンという音とともに、純が持っていたトレイは綺麗に真っ二つに割れその破片が床へと落ちた。
「おっ折れたー!!」
「はい純、ブレンド4つ。あ、そうそう…それ置いたらが取ってきたオーダー分、悪いんだけど純が運んでくれるかなぁ?」
「はい、分かりました」
「頼んだよ?」
「な、何すか…そのピチピチした液体はっっ!!」
が取ってきたオーダーは確かミネストローネ…のはず。
しかし新しいトレイに置かれたスープは…例えるなら白魚の踊り食いのように中の具材が元気よく跳ねている。
目の前に置かれた徳は手についた洗剤の泡など全く気にせずそのスープ(らしきもの)から出来るだけ距離をあけた。
「…徳ちゃ〜ん?聞きたいのぉ?」
「い、いいっス!!お、オレ大人しく洗い物してるっス!!」
「そう、それがいいよぉ…」
普通の人間には分からないが、今、皆川の機嫌は…すこぶる悪い。
初めのうちはいつも自分の側にいた可愛い後輩が、慣れないフロアに立って慣れない接客をしている姿をこっそり堪能していたのだが、今は違う。
用も無いのにに声を掛け、メニューを受け取るフリをしては彼女の手に触れる。
あまつさえ真希のように暇あらば彼女の携帯番号を聞こうとする不届き者。
その全てが憎い。
何故キッチンにいる皆川にそんな細かい事が分かるのかといえば…それは皆川だから、としか説明が出来ない。
着々と悪の思念がキッチンを覆い始め、中にいた徳はだんだん息苦しくなっていくのを感じたが、既に体はその場に縫い付けられたかのように硬直しており逃げる事は出来なかった。
早い話が皆川の嫉妬のとばっちりを受けている…可哀想な徳。
「皆川さん、先程のスープ!お客様とっても喜んでいらっしゃいましたよ!」
「そぉ…じゃぁ次はコレね?」
「はーい!」
そう言って次に渡されたパンプティングは通常黄色い筈のカスタードの色が何故か…赤。
しかもグラタンのようにぐつぐつと煮え立っている上、時折悲鳴のようなものが聞こえる。
…コレを食す勇気ある客がいるとは到底思えない。
ちなみに純が喜んでいた…と言った客だが、スープが机に置かれた瞬間物凄い勢いで店を飛び出そうとした所、食い逃げと判断した純に捕まりとりあえず関節技をかけられ、慌てて支払いを済ますと同時に脱兎の如く店を飛び出して行った。
喜んでいたのではない、完全に怯えていたのだ。
…食い逃げは犯罪です、例えどんな事があっても急に店を飛び出してはいけない。
特にこの店では。
それからが注文を取って、純が運ぶというシステムになってから徐々に店内の人は減り始めた。
店内は今まで漂っていた恋愛モードから一気に阿鼻叫喚の地獄絵図、に近いものになっている。
誰だって自分の命をかけてまで可愛い女の子に声をかけようとは思わない。
そうしてマスターが外の用事を済ませて店に戻ってきた頃には店内には人っ子一人おらず、一人が奥のカウンターでぐったり疲れた様子で座り込んでいた。
「お、客足切れたか?」
「はい…」
「マスター何処に行ってらしたんですか?もう大変だったんですよ!」
大変だったのは客の方である。
文句を言いながら純が手にCLOSEDの札を持って出てきたキッチンから出てきた。
「あぁすまんすまん、ちょっと急に用事が入ってな…俺が札かけて来よう」
そういうと純の手から札を受けとり、再び外へと向かって行った。
札を下げようとした時、ちょうど入ろうとした女性客がいたが、中の人間の疲れようを見たマスターは今日の営業は終了だと、丁重にお断りした。
「ちゃんお疲れさま〜」
「皆川先輩…」
「今日のお仕事は終わったんだから、先輩はいらないよ?」
そう言っての大好きなシャーベットを目の前に置くと自分もエプロンを外し、制服のネクタイを少し緩めてにっこり笑った。
「ほ〜ら、もう僕は社員じゃないよ?」
「皆川さんもお疲れさまでした」
「僕はそうでもないよ。まぁ…別の意味でちょっと疲れたけどね」
「別の意味?」
「…そ♪」
空ろな目をしたは机に顎をのせたまま、首だけをコトンと横に倒して目の前で笑っている皆川の顔をじっと見つめた。
そんなの前の席に座ると、皆川は苦笑しながらポツリと呟いた。
「やっぱりが側にいないとダメだな〜…」
「?」
「何だか…いつもの調子が出ないよ」
「え、何?今、何て…?」
「…内緒だよ」
顔を起こして何を言ったのか聞き返そうとしたの頭を、まるではぐらかすかのようにポンポンと叩くと、手品のように懐から一本のスプーンを取り出した。
そして彼女の目の前に置かれているシャーベットを掬うと、そのままの口元へと運んでいく。
「はい、あ〜ん」
少し躊躇っていただが、溶けかけたシャーベットを見ると、諦めたように素直に口を開けた。
「…美味しい」
「疲れた時はビタミンを取るといいんだよ。はい、もうひとくち」
結局器に入っていたシャーベットが空になるまで皆川はの親鳥となった。
側に純が来ても、マスターが来ても…皆川の行動は一向に変わらない。
ただだけが少し恥ずかしそうにしながらも、皆川のくれるシャーベットをひとくち、又ひとくちと口にしていったのであった。
皆川の起こした行動の元は…嫉妬だという事に気づく人間は残念ながらこの店にはいなかった。
ただ、この日一番不幸だったと言えるのは…
インフルエンザで休んだ太郎と真希でもなく、
一日疲労したマスターでもなく、
半日女の子に間違われ続けた純でもなく、
まして一生懸命働いていたでもない。
一番不幸なのは、今だにキッチンの流しの前で石のように固まって青い顔をしている徳美秀太(19)である。
チ〜〜〜ン
NO20:舞サンの『ひふみの夢が読みたい!』と言う事だったのでこんなの如何でしょう?
皆川さんの嫉妬、対象者不特定男性バージョン(笑)
どうしよう…皆川作怪しい食べ物がそろそろネタ尽きてきた。
誰か、こんなのあったら嫌!&皆川さんはこんなの作ってそうってのがあったら、掲示板に書き込みよろしくお願いします!!
その関係で全員いると大変なので太郎ちゃんと真希ちゃんには今流行の(?)インフルエンザにかかってもらいました。
ほらあの二人寮だし、隣だし…倒れそうじゃない?え?その隣りの皆川くんは?
…彼がインフルエンザなんかにかかるわけ無いじゃないですか。
あれは人間がかかるものでしょう?
えー、酷い発言がありましたらごめんなさい。でも私はそんな彼が好きでたまりません(笑)
私の中で皆川くんは普通の人ではない!となっていますので、承知の上読んでもらえると嬉しいです(笑)