最近、俺はどーもおかしい。

「おはようございまーす」

開店前の店に聞きなれたいつもの声。

「おはようさん」

「おはようございます、太郎先輩」

さん、おはよう。今日も早いね」

「おはようございます、マスター!」

たたたっという音さえ聞こえてきそうな軽やかな足取りで、彼女が俺の前にやってきた。

「おはようございます、真希先輩!」

そういうと彼女はペコリと頭を下げた。
その瞬間彼女の長い黒髪が流れるように肩から滑り落ち、その髪に触れたい…という欲求が体の奥から湧き上がる。
ゆっくり手を伸ばしかけた瞬間、俺の背後から何とも言えない低い声が聞こえてきた。

いや〜ん、マキちゃんのス・ケ・ベ

「だぁぁ〜っっ!!」

「おはようございます、皆川先輩!」

「はい、おはよぉ〜、今日も元気だね。」

「はい!」

折角の朝の挨拶のひと時を皆川に邪魔されて頭に来た…でも、目の前で笑っている彼女を見たらそんな気持ちあっという間に何処かに飛んで行ってしまう。





彼女の名前は、つい最近カフェ吉祥寺初の女性スタッフとして入社した子だ。
これでいつオバチャンの団体が来ても、純の可愛い後輩達が来てもすぐ目の保養が出来ると俺は大喜びだった。
彼女は小柄な体のワリにスタイル抜群、今時珍しい日本人形のような長い黒髪がとてもよく似合っていた。
大きくつぶらな瞳は愛らしく、さくらんぼのように小さな唇はとても魅力的だ。
まぁそれくらいの女の子なら俺の携帯にも何人かいるんだけど…ちゃんは何処か違うんだよなぁ。

ここ最近ちゃんの前に行くと俺はいつものように軽口がたたけなくなっていた。
それ以外にもちゃんが俺の名前を呼ぶと返事をする声がひっくり返ったり、ケーキの皿を受け取る時に手が触れると思わず一歩下がってしまったり…まぁその他にも色々あるけど意識するようになったのは…きっと彼女が皆川を好きだって知ってから…だよなぁ。

そんな事を考えていたらいつの間にかちゃんは太郎と話をしてて、俺は朝の挨拶が出来なかった事に気が付いた。

「うわっ…サイアク…」

「それにしてもマキは最近遅刻しなくなったな」

ちゃんの代わりには程遠いマスターが、ニコニコしながら俺の肩を叩いた。

「…最近ヒマですから」

「そういえばお前、最近あんまり夜遊びしなくなったな」

「…最近ヒマですから」

太郎の質問にも上の空で応える。
太郎がここにいるって事は…ちゃんもうキッチン入っちゃったんだろうなぁ。
挨拶…っつーか話したいけど、あの皆川の支配下にあるキッチンに入るのは…。

「何にしろいい事だ。やはりさんを入れてよかった、士気が全然違うからなぁ…」

マスターは大げさに眼鏡を外すと目元を手の甲で拭い、太郎はその肩を労うかのように叩いている。



…っつーかそんなにひどかったか?俺たちは!?



「マスター!!これ短くないですか?」

ちゃんの声が再び聞こえ、俺はパブロフの犬のようにその姿を探した。
ロッカールームから出てきたちゃんはいつも着ている俺たちと同じ制服…ではなかった。
上半身は俺達が着ている物と同じデザインだが、純の制服を借りていた時のようなゆったりとした感じは無くむしろあつらえたかのようにぴったりしている。
そしてズボンの代わりに同色のタイトスカート、足元には少しフリルのついた靴下といつも履いているローファー。

「あれ?サイズ間違えたか?」

「マスター少し数字にクセがあるから先方の間違えじゃないですか?」

太郎とマスターはちゃんのいつもと違う姿を見ながらも普通に話をしている。



おいおい、何でそんな可愛いちゃん見て普通に話できんだよ!



「膝下くらいで注文したはずなんだけど…」

ちゃんキチンと長さ測ったよね?」

「はい、こーやって測りましたよ」

ちゃんがスカート丈を計った時の状況を説明するのを見て太郎とマスターがため息をついた。
ちゃんが首をかしげて不安そうな顔をして2人を見つめている。



…そんな顔もすっげー可愛い



「…測り間違えたんだね」

「ええっっ!!」

どうやら寸法を測る時点で間違えていたらしい。
確かに今彼女がはいているスカート丈はどう見ても膝下と言うよりも膝上10cmの世界である。



俺的には全然OKなんだけど…



「取り替えるにしても数日かかるから…とりあえず今日はそれを着てもらって、エプロンは以前と同じもの使ってもらっていいかな?」

「はい…どうもすみません」

「いや構わないよ。それくらいのミス可愛いものだ。他のヤツラのやる事に比べれば…」

何やらマスターが胃の辺りを押さえて唸っている。
あいかーらず胃腸関係弱いなぁ。

「マスター、追加注文ってことで彼女の制服注文していいですか?」

太郎が早速制服を注文した店の電話番号を手にマスターに声を掛けた。
相変らず用意のいいヤツ。

「あぁ、そうしてくれ」

2人はそのまま事務所に向かって行った。
残されたのは制服のオーダーをミスした事にやや落ち込むちゃんと…俺ぇ!?



自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
こんな時、いつもだったら何て言っていたのか…それすら分からない。
体中の水分が蒸発してしまいそうなほど緊張して、口の中がカラカラになっている。



それでも何とか声を出そうとした所へ、今まで姿を消していた皆川が出てきた。

「あれぇ?ちゃん、何だかいつもと制服が違うよ?」

「えっ…あ、はい。でも丈を間違えてしまって…」

「スゴク似合ってて…可愛いね」

「…え?」

「キミは綺麗な足してるんだからそれくらい出してる方が可愛いよぉ〜」

俺から見るとどう見てもニヤリって笑ってるようにしか見えないんだけど、きっとちゃんの目には違って見えるんだろうな。
今までの暗い表情はあっという間に姿を消して、今は少し頬を染めて恥ずかしそうに手をもてあましている。

「マキちゃんも可愛いって思うでしょ?」

「はあっ!?」

突然話を振られ思わず声がひっくり返った。
何で突然こっちに話振るんだよ!
…って皆川にそんな常識言ったって通用しねぇよな。

…思うよ、ね?

その目を直に見ると石化してしまいそうな皆川の視線から思いっきり目を反らして、いつもより少し小さな声でちゃんの制服姿を褒める。

「に、似合って
…るよ

今の俺にはこれを言うのが精一杯。

「本当ですか!!どうもありがとうございます、真希先輩!」

一瞬だけ俺に向けられた笑顔。
その笑顔が本当に眩しくて…何でそんなに綺麗に笑えるのか…。
ぼーっとその笑顔に見とれていると、バイトの2人の声が店内に響いた。
もう開店の時間が近い。

あーっ!!さんスカート穿いてるっス!」

「わぁ凄く似合ってますね。やっぱり女の人はスカートの方が可愛いですよ」

「ホント?本当!?」

「ね?僕の言う事にウソはないでしょ?」

「はい!!私マスターにもう一着これで作って貰えるよう頼んで来ます!!」

そういうとちゃんは事務所に向かって元気よく駆け出して行った。





俺が今一番気になる女性。
その人はカフェ吉祥寺、唯一の女性社員で皆川と同じキッチン担当。
…そして皆川に想いを寄せている、可愛い女性。

別に何がしたいわけでもない。
俺の彼女になって欲しい訳でもない。
ただ、いつも笑顔でいて欲しい…ただそれだけ。





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確か何処かで真希ちゃんは本当に好きな人の前だと乙女でいつもとはまるっきり別人のよう♪と言うのを見て思いついた話。
女の人にはいつも笑顔でお話できる真希ちゃんが、どうしたらいいのか戸惑う話が書きたかった。
基本的に皆川さんが私の中ではいつでもイチバンなので、想い人は皆川さん以外考えられないみたいです(笑)
例えどんな事が起きようとも(うふふふふっ〜♪)←怖っ!

あ、ちなみに裏話。
ヒロインのスカート丈が短いのは皆川さんの趣味ですよぉ♪
ほら、本人も言ってるじゃないですか

綺麗な足をしているんだから、それくらい出したほうがいい

って…(笑)
彼女が測り間違えたのは5cmくらいで最終的に注文書に丈を記入したの、実は皆川さんなんです(爆笑)
確信犯…ってヤツですか(ニヤリ★)
やっぱり皆川さん、おいしくて書いてて楽しいなぁ。

あ、そうだ。
ちなみに彼女が皆川さんの事好きって真希ちゃんは言ってますが、誰もそう断言しているわけではない(笑)
彼女に言われた訳でもない…ようするに、あれです。

恋する男の子の早とちりってヤツです(笑)
…そんな風に、内容変更してあります。
真希ちゃんだからこそ、使えるワザでもありますけどね←早とちり