「あれ、さん食べないの?」
「…え?」
カフェ吉祥寺では一応賄いが用意されているが、普通デザートはつかない。
だが新たにが入社してからというもの、希望者には皆川が『特製賄いデザート』を作るようになった。
勿論皆川特製というくらいなので、それを望んで食べているのはと純くらいのものである。
誰も好んで謎の人間外デザートを食す勇気ある者は…いない。
だが一人が食べているのを見ると至って普通のデザートに見える。
今日も季節のフルーツを使ったシャーベットが可愛らしい器に入れられ、その周りには丁寧に細工されたフルーツまで並べられている。
「今日はさんの好きなシャーベットじゃないか…ひょっとして具合でも悪い?」
帳簿を机に置いての額に手を伸ばそうとした太郎の手を避けるように、は体を後ろに引いた。
「さん?」
「大丈夫です。今日はちょっとお腹いっぱいなだけで…」
普段なら賄いを減らしてでもデザートを食べるが珍しい。
だが彼女が嘘をつくようにも思えず、首を傾げている太郎の前では側にいた徳にデザートを差し出した。
「折角だから徳美くん食べない?」
「え?いいんスか?ありがとうございまス!!」
今日は遅刻してきた為、賄いを食いっぱぐれた徳は目を輝かせながらシャーベットを一気に口の中に入れた。
すると急に手に持っていたスプーンを落として頭を両手で抱えて唸り始めた。
「ぐあぁっ!」
「どうしたの徳美くん!?」
「…皆川の作る物を一気に食べるからだ」
自業自得だとでも言いたげな様子の太郎と心配そうな顔をしたを両脇に、涙目の徳がこめかみを抑えながらポツリと呟いた。
「あ、頭痛いっス…」
カキ氷を一気に食べた時と同じような症状が徳を襲ったらしい。
安堵と呆れた様子のため息をと太郎がつくと同時に、机の下に置いてあったダンボール箱が不穏な音を立て始めた。
「なっ何だ!?」
驚いた太郎が一歩後ろに下がり、全員がうごめく段ボールを眺めていると、中から…皆川が現れた。
「よいしょっ…と、やっぱりダンボールはみかんが一番だね」
「みっ皆川!?」
「徳ちゃん、冷たい食べ物を一気に食べちゃダメだよ?」
「頭痛くなっちゃいますものね」
「そうそう、ちゃんの言うとおり」
笑顔で頷きあうと皆川を見ていた徳は、いまだ痛むこめかみを押さえながら隣にいた太郎に声をかけた。
「…さん、動じないっスね」
「やはりキッチンに配属したのが悪かったな」
キッチンは皆川の仕事場、いわばテリトリーである。
好んで誰も行かないその場所に配属されてしまった彼女はいまや立派な皆川の右腕となっている。
右腕ならばダンボールから皆川が現れようと驚くわけは無い。
それくらいで驚いていては同じ職場で働く事も出来ないからだ。
そんな風に雑談をしていた二人の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「うえぇっ!?」
「おっおい!」
「ん?ナニをそんなに驚いてるの?」
皆川は掴んでいたの顎から手を離して不思議そうに首を傾げた。
「な、何をしてるんだ!」
慌ててと皆川の間に割って入った太郎だが、その顔は珍しく真っ赤に染まっている。
その様子を見た皆川は楽しそうに頬を緩めると一言一言言葉を区切るように言った。
「太郎ちゃんの…ス・ケ・ベ」
「なっなにぃ!?」
「僕はちゃんの口の中を見ただけだよ」
「く、口の中ぁ!?」
「奥歯にちぃ〜さな虫歯があったんだよ」
『虫歯』という単語を聞いた瞬間、太郎の動きが止まる。
何かを思い出したのか側にいた徳も顔色を変えた。
「む…虫歯」
「そ、虫歯」
暫くロッカールームの中を沈黙が支配していたが…やがて太郎がゆっくりとの方へ振り向くとその肩に手を置いた。
「さん、命が惜しかったら今すぐ早退して歯医者に行くんだ」
「い、嫌です!」
――― 即答だった
「さん…」
「だってまだそんなに痛くないですし、歯医者嫌いなんです!!」
太郎が何か言おうとしてもは聞く耳を持たない。
よほど歯医者に悪い印象があるようだ。
何とか説得しようと必死な太郎とは反対に皆川は楽しそうに鼻歌を歌いながら、制服のポケットから三つの粉薬を取り出しての前に差し出した。
「ちゃん、良く効く痛み止め…飲む気ある?」
「「え??」」
「何色がいいかなぁ〜♪女の子だからピンクかな?」
「え、あ…はい」
差し出された薬を思わず反射的に受け取るに、前もって用意しておいたのか皆川が水の入ったコップを机に置いてやる。
「甘ぁ〜いお薬だから…オイシイよ」
「ちょっと待て!」
今まで見ていた太郎が何か危機感のようなものを感じ、薬の置いてある机に手をついた。
その勢いでコップに入っていた水が僅かに零れる。
「皆川!さんにツノと羽を生やさせる気か!」
過去、歯痛で苦しんでいる太郎は皆川が作った薬を無理矢理飲まされそうになった。
それを払いのけて地面に落ちたのを誤って食べてしまったスケキヨから…ツノと羽が生えた。
あいにく少し食べただけだったのですぐに元に戻ったが、もしも太郎が飲んでいたらどうなっていたのか。
考えるだけでも恐ろしい薬を…過去に皆川は作っていた。
「馬鹿だねぇ太郎ちゃんは。僕が何の改良もしないと思うかい?」
「…厚生省の認可は下りてるのか?」
「まぁさかぁー…でも、僕の許可は下りてるよ♪」
「馬鹿な事を言うな。大体…」
「あのぉー」
「個人で作った薬を飲ませるなんて何を考えてるんだ!」
「痛みで苦しむ人をほぉっておけないじゃない」
「あのー…」
「それを助ける為に医者がいるんだ!」
「でも行かない人もいるじゃない、太郎ちゃんみたいに」
「あの」
「仕事で行けなかったんであって、行かないわけじゃない!」
「太郎さん!」
二人の会話に中々入れなかった徳が大声で太郎の名前を呼んだ。
「なんだ、徳」
あまりの声の大きさに耳を押さえながら振り向くと、徳がすまなそうな顔をしながら椅子に座って水を飲んでいるを指差した。
「問題の薬なんスけど…すでにさん飲んじゃったっス」
「何ぃぃー!!」
「おやおや、素直な子だねぇ」
大声を上げる太郎と、満足そうに頷く皆川。
瞬時に太郎が皆川の方へ向き直り、に聞こえないように小声で呟く。
「お前は何人不幸にすれば気が済むんだ」
「不幸にした記憶は無いねぇ〜♪」
何を言っても意味が無い皆川から手を離し、側にあったトレイで徳の頭を叩くと同時にそのネクタイを引っ張る。
「どうして止めなかったんだ!」
「止めたっスよ!でも…」
「でも?」
「『皆川先輩の薬なら平気です』って、笑うんスよぉ〜〜〜」
涙を流しそうな勢いでその時の状況を伝える徳。
それを見て徳のネクタイを掴んでいた太郎の手が緩んだ。
カフェ吉祥寺で働く男性陣はマスターも含め皆、の笑顔に弱い。
本当に弱い、メロメロに弱い。
どんなに気落ちしている時でも、どんなに怒りが胸にわいていたとしても彼女の笑顔を見ればそんな物あっという間に浮上するくらいここでは効果がある。
そんなわけであるから、が皆川の薬を飲むことを止められなかった徳をこれ以上責める事は太郎にも出来なかった。
今、二人が心配すべきなのは…皆川特製痛み止めを飲んだの、体。
太郎はの様子を伺いながら声をかけた。
「…さん、具合は…その、平気?」
「はい。気の所為か痛みはさっきより治まったみたいです。でも…はっ…くしゅん!す、すみません」
がくしゃみをした瞬間…太郎と徳の動きが止まる。
「何だか急に頭が重くなったみたいで…それに腰も…」
苦笑しながらそう言うと、目の前の太郎と徳が同時にの頭を指差した。
首を傾げながらその後ろに立っている皆川を見ると、満面の笑みを浮かべ楽しそうにうんうんと頷いている。
「やっぱりちゃんはどんな姿でも可愛いねぇ」
「え?」
いまだ現状が飲み込めていないに皆川は優しく声をかける。
「あ・た・ま。触ってみれば分かるよ」
皆川に言われたとおり頭に触れてみると、妙にふわふわした物が手に触れた。
「…え?」
もう一度その部分に手を伸ばして触ると…スケキヨと同じような手触りの、耳のようなものが頭にあった。
思わず引っ張ってみたけれど、ぴったりくっついていて離れない。
ふと何か妙な感じがして振り向くと、のお尻から尻尾のようなものが生えていて床にいるスケキヨが微かに揺れる尻尾に前足でじゃれているのが目に入った。
「猫ちゃんの完成〜♪」
「皆川先輩!!!」
「ピンクは女の子用、ブルーは男の用、グリーンは…何だろうね。良かったら…飲んでみる?」
結局の耳と尻尾は3日間取れなかったらしい。
カフェ吉CDで私のお気に入り。
太郎ちゃんが虫歯になる話を聞いてずーっと前からネタ帳に書いてあったのを起こしてみた。
…文が下手、上手くかけない…スランプ!?って状態ですが取りあえず書き上げた自分に拍手(パチパチ)
このCDは面白くて好きです!なっちゃんも出てるし♪
皆川さんの皆川さんらしさが出まくってて大好きなんですよ。
…太郎ちゃんが案外頑丈に出来てるなぁと思った話でもありますが(苦笑)