バイトが帰って社員だけがこの春の新製品の打ち合わせの為、遅くまで店に残っていた。
これはその時に起きた小さな…事件?





「それじゃぁそういう事で、今日の打ち合わせは終了だ。みんなお疲れさま」

「「「お疲れ様でした」」」

チーフの太郎、フロアの真希、キッチンのは些か疲れた表情でマスターに頭を下げた。
マスターは今日の打ち合わせのまとめをする為、早々に事務所へと消えて行った。

「ったくマスターは誰かさんと同じで細かいんだよな」

椅子の背もたれに体を預け、大きなため息をつく真希の頭に何処から持ってきたのかモップの柄が突然落ちてきた。

「大雑把過ぎて失敗する誰かよりはマシだな」

「誰が、いつ、どんな失敗したっつーんだよ!!」

「昨日、夕方5時半頃に6名の団体客のオーダーをメモするのを忘れて計算の時に散々手間取った誰かさんの事だよ」

「いちいちいちいち細かいんだよ!!」

「2人とも、もめ事はその辺で止めてお茶でもどう?」

「あ、すみません皆川先輩!あたしやります」

「いいよ、疲れたでしょ?はい、これさんの分」

そうううと皆川は各自が持ち込んでいる私用のマグカップをテーブルに並べた。
あまりの珍しい出来事に太郎と真希はそのコップをじぃ〜っと眺めていた。

「先輩方どうしたんですか?皆川先輩の紅茶美味しいですよ?」

何の疑いも持たず皆川の入れた紅茶を飲む新人
新人だけを危険にさらすわけにも行かず、太郎と真希は意を決して紅茶を一気に飲み干した。

「…うっっ!!」

太郎が胸を押さえたかと思うと急に机に倒れこみそのまま動かなくなった。

「先輩?」

「おいっ、太郎?」

と真希が心配して駆け寄ると、太郎は規則正しく呼吸をしながら幸せそうにぐっすり眠っていた。

「疲れてたんですね、太郎先輩」

「そんなヤワな人間じゃ…ない…
はず…

「真希先輩?」

太郎の隣りに座っていた真希が急に部屋の隅に置いてある観葉植物に近づくと、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと抱きしめた。

「ま、真希先輩!?」

「あぁ、キミはどうしてそんなに華奢なんだい?まるで触れると折れてしまいそうだよ」

相手は小さな観葉植物、不用意に触れば折れるのは当たり前である。
まるで女性客を相手にしているかのように観葉植物を愛しみ始める真希に、は驚きが隠せない。
おろおろしながら太郎と真希の両名に視線を走らせている隣りでは、皆川が口元を押さえ必死に笑いをこらえていた。

「…皆川先輩?」

ちゃんは…もう飲まないの?」

「え?」

皆川は何かを企んでいるような笑みを浮かべ、の前に置いてある紅茶を更にに近づけた。

「あの…」

「キミの為に特別にブレンドしたんだ…」

「えっと…」

「どんな味か…聞きたいなぁ」

「えっとぉ…それじゃぁ頂きます」

カフェ吉祥寺に入ってまだ日が浅いは、皆川の恐ろしさをまだほんの僅かしか知らなかった。
だからこの時も、これは先輩方がグルになってイタズラをしているのだと思い、素直に目の前の紅茶を一気に飲んでしまったのだ。
が紅茶を全部飲んだのを確認すると、皆川はとても楽しそうににやりと笑った。

「お味はいかがですか?」

「はい、とっても美味しいです…ひふみ」

は慌てて口を両手で押さえた。
仮にも先輩の名前を呼び捨ててしまうなんて無礼にも程がある。
慌てて訂正しようと口を開くが…。

「ご、ごめんなさい!ひふみぃ!?

「謝ることは何にもないよ〜」

「あれ!?どうして?太郎先輩、真希先輩、ひふみ?」

皆川はくっくっくっと肩を揺らして動揺しているを楽しげに眺めている。

「あたし、どうして?何でひふみだけひふみって言っちゃうの!?えっっ〜!!

皆川の事を「皆川先輩」と言おうとすると、何故か口からは「ひふみ」という答えが出てきてしまう。
顔を真っ赤にして半分涙目になりながら目の前にいる皆川の顔を見た。
結果に満足したのか、皆川はそっとの頭を撫でながら楽しそうにその原因を明かした。

「キミの口から僕の名前を呼んでもらいたかったのに、ちゃんはいつまで経っても皆川先輩としか言ってくれないから…」

「え?」

「さっきの紅茶に少しだけあるモノを入れさせてもらったんだ」

「ええっ!?」

慌てて僅かにカップの底に残っている紅茶を見るが、見た目は単なる紅茶と同じ。
しいて言えば砂糖を入れていないのに、ちょっと甘みが強かった…それくらいしか違いは分からない。

「キミに飲ませるまでの段階に行く途中でできた失敗作を2人にあげたんだけど…色々な効果が出たねぇ」

ふふふっと笑う皆川の視線の先にはこれだけ騒いでも一向に目を覚まさない太郎と、ひたすら観葉植物へ愛を語り続ける真希の姿があった。

「これからは皆川先輩じゃなくて ひふみ って呼んでね?そうしないと…また別のモノ入れちゃうよ?」

「!?」

「さて、もう時間も遅い事だし送ろうか?」

肩に乗っていたスケキヨをの膝に乗せると、皆川は無言でロッカールームへ向かいと自分の荷物を持って戻ってきた。

「じゃぁ帰ろうか…?」

「はい…ひふみ」

いつも見せる何かを企む笑顔とは別の、純粋に満足そうな笑顔をに見せると皆川はそっとの手を掴んで店を出た。



残された二人のお茶の効果が切れるのはいつか…
それは作った当人である皆川にも不明である。





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馬鹿だー!!
って言うか皆川さんヘンです…いや、よく言えば?可愛いですか?
自分の名前を呼んでもらいたい為だけに策を練るなんて…実験体になった二人、ご愁傷様です。
ちなみに太郎→眠り薬、真希→ホレ薬…の効果を受けております(笑)
翌日この時の記憶はすっかり消えているので、この2人がまた同じような手にはまる可能性大(笑)
はい、偽者ですねひふみさん(笑)
一応恋愛っぽくしたかったんだけど、なってるかなぁ!?
ひふみさんも好きなんだけど、スケキヨが何気にお気に入りです(笑)
だから必ず出てくる(爆笑)