「すみませーん、宅急便です」

「ご苦労様です」

とある日曜日の開店前に、ダンボール五箱分の林檎が店に届いた。
太郎とマスターは買出しに出ていて、真希と徳はいつもの通り遅刻。
キッチンの皆川は神出鬼没な為まだ発見できていない。

よって現在、店にいるのはただ一人。

空はどんより雲が垂れ込めていて、いつ雨が降り出してもおかしくない。
このまま外にダンボールを放置しておくと雨に濡れてしまい、せっかくの林檎がダメになってしまう。
しかし…大き目のダンボールにぎっしり林檎が詰まっている物を一人では到底運ぶ事は出来ない。

「どうしよう…」

「あれ?さんどうしたんですか?」

段ボール箱の前で腕を組んで悩んでいたの前に、バイトの一人である純がやってきた。

「おはよう純くん。ずいぶん早いんだね。」

「何だか天気が崩れそうだったので、早めに家を出てきました。ところでどうしたんですか?」

「うん、マスターが注文した林檎が届いたんだけど…こんなにいっぱいどうやって運ぼうかと思って…」

は目の前に積まれている林檎の詰まった箱をポンポンと叩くと再びため息をついた。
純は肩からかけていたカバンを床に置くと、にっこり微笑んだ。

さん、そこのドア押さえててもらえますか?」

「ドア?」

「はい」

は床に置いてあった純のカバンを拾い上げ、言われたとおり店の入り口のドアを開けて手で押さえた。

「よいしょ」

軽い掛け声と共に純は一箱何十キロもありそうな箱を軽々と持ち上げ、さっさと店の中に運んで行った。

「・ ・ ・」

「何処に置きますか?」

「えっと…カウンターの…裏…」

「分かりました」

まるで空のダンボールを運んでいるかのような身軽さで、純は言われた場所に段ボール箱を置いた。
そして何事も無かったかのようにの前に戻ってくると、手に下げていた自分のカバンを受け取って可愛らしく微笑んだ。

「荷物どうもありがとうございました」

「あ…いえ…」

「じゃぁ僕今のうちに着替えて来ますね」

「・・・はい」

とっとと店の中へ戻っていく純の背中をはただただ呆然と眺めていた。










「純くんすごい力持ちなんだね!!」

ダンボールの中に入っていた林檎を取り出しながらは純の腕力を褒め称える。

「そんな事無いですよ」

「やっぱり男の子だなぁ。」

「え?」

の言葉に純の動きが一瞬止まった。

さん…今、なんて?」

「え?純くんって男の子だなぁって…」

何か妙な事を言ったかと首をかしげるを純は複雑な表情で見ていた。

「男の子…ですか」

「うん、ほら純くんて外見凄く華奢に見えるんだけど…」

純の頬が一瞬引きつったが、はそれに気づかない。
これがでなければ間違いなく相手はテーブルか自然石で倒されているはず。
はモロに純の地雷を踏みまくっていたのだが、それに続く言葉は逆の意味で純を驚かせた。

「…実はお店で一番力持ちで、一番男らしいんだよね」

「え?」

「意外性って素敵な魅力だよね」

「そ…そうですか?」

「うん!あたしはいいって思うな。あ、そう言えばコレ運んでもらったお礼…まだだったね。純くん、どうもありがとう」

がにっこり微笑むと、普段そう表情の変わらない純の頬が林檎のように赤く染まった。
それを隠すかのように純はの目の前にあった林檎を一つ手に取った。

「あっ…さん、林檎一つ食べませんか?」

「でも勝手に食べたら怒られない?」

純は手に持っていた林檎を両手で握ると、包丁も使わずに綺麗に二つに割った。
純の手にかかれば林檎も単なる紙切れのように思えてしまう。
可愛い顔をして相変らず凄い握力である。

「…内緒ですよ?」

「うっわ〜っっ凄い、スゴイよ!!」

まるで子供のように二つに割れた林檎を手にとって眺めるを見つめる純の目は、今までに見たことが無いくらい愛情に満ちていた。





それから二人で仲良く林檎を食べている所へ、もう一人のバイトである徳が駆け込んできた。

「すんません、遅れました…って、あー!!美味そうな林檎っスね!」

「徳さんも一つ食べますか?」

「マジ?ちょうど腹減ってたんだよなぁ〜♪」

そう言って徳が純から林檎を受け取った所で、買出しに出ていた太郎とマスターが戻ってきた。

「お帰りなさいっス!」

丸かじりした林檎を手にしたまま振り向いた徳に、マスターの低い声が届いた。

「徳…その林檎は今回のフェアに使う為にわざわざ青森から取り寄せたんだぞ…」

「うえっっ!?」

「食い意地が張るにも程があるな」

えぇぇっ、だってこれ純が食べますかって?」

「僕、食べますか?って聞いただけですよ」

いつものようににっこり微笑む純だが、その腕の中には何か言おうともがくがいて…純はその口のそっと手を当てていた。

「…僕と二人だけの秘密にしておいて下さいね」

の耳元に囁かれた声は、今まで聞いた事が無いくらい優しくて…その声の前ではどんな抵抗も無意味となってしまった。



結局それからお約束のように徳がマスターと太郎に叱られて、その間に戸棚から発見された皆川が早速林檎をキッチンへ運びと一緒に新作デザートの調理に入った。
その日一日、カフェ吉祥寺では鼻歌を歌い始めそうなほど機嫌のいいバイト、純の姿が見られたそうだ。





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カフェ吉初の皆川さん以外のドリーム(笑)
第一弾は純くんです!
いや、設定を見て「握力80」と言うのを見たら…これしか思いつきませんでした(笑)
やはり林檎をパキッと二つに割ってヒロインと一緒に食べるという…ベタな話でスミマセン(苦笑)
さてさてこの林檎、何に化けるんでしょうねぇ?
やはり…アクティブでデンジャラスで甘さ控えめな、蠢くアップルパイ?(クスクス)

一ノ宮純…実は彼が一番黒いと思うのは私だけでしょうか?
一番分かりやすい黒さは皆川さんなんですが、さり気に純くんも黒いですよね?
さらりと罪を人に擦り付け、落とす時には躊躇いなど一ミリもみせない。
にっこり笑顔で切りつけてくれるバイトくんはヒロインに対しては優しい筈です。
風見個人の意見ですので適当に流してくださいね?