「ったく何で俺が届けなきゃならないんスか?」
ドミール吉祥寺の前に立っている二つの黒い影のうち、大きい影の人物が何やら文句を言っている。
「もう、ここまで来て文句言わないで下さいよ。僕もこうして付き合ってあげてるんですから…」
「お前だってマスターに頼まれたろ?」
何やら噛み付きそうな勢いで小さい影に向かっていくが、あっさり打ち返される。
「徳さんだけじゃ心配だからに決まってるじゃないですか」
話は1時間前に遡る。
仕事を終えた徳と純が帰り支度を終え、店を出ようとした時にマスターに声を掛けられた。
「徳、純。すまんが帰りにマキのマンションに寄ってこの書類を渡してくれんか?」
「えぇー!!マキさんの所っスか!?」
「どうして僕も行かなきゃいけないんですか?」
不満の出所は違うが、二人とも心底嫌そうである。
それもその筈…真希の部屋と言えば、別名ドリームアイランド(夢の島)とも冬の雪山(ピッケルとアイゼン無しでは越えられない)とも言われている。
軽装で訪れようものなら確実に遭難しかねないほど、部屋が散らかって…いや、荒れているのである。
「明日までに提出の書類をあの馬鹿が忘れて行ったんだ」
両手にゴム手袋をはめた太郎が二人の声を聞いてキッチンから出てきた。
どうやらキッチンの大掃除を行っているらしい。
「同じマンションなんだから太郎さんが届ければいいじゃないですか」
「いや、俺は…その…コンロ周りの掃除を始めてしまったし…帳簿付けもまだ残ってるし…」
「早い話が…イヤなんスね?」
徳がじとーっとした目で太郎を見ると、少し申し訳なさそうに視線を反らすと太郎は一つ咳払いをした。
「徳一人じゃ不安だから、すまないが純、一緒に行ってやってくれないか」
「…分かりました。確かに徳さん一人じゃどうなるか分かりませんもんね」
「本当にすまないな。二人とも頼んだぞ」
そうして太郎とマスターに見送られ、徳と純の二人はカフェ吉祥寺の寮でもある「ドミール吉祥寺」へ向かって行ったのだった。
「そう言えば、さんもこのマンションに住んでるんですよね?」
「あっそっかー…確か皆川さんの部屋の隣だっけ?」
「凄いですよね。あの方達と同じ所に住んでるのに、いっつも遅刻もせずキチンとされていて」
「確かに!…そーだ、ついでにさんにも挨拶して行こうぜ♪」
徳がマンションの入り口を入り、太郎の部屋の前を横切った時ポンと手を叩き嬉しそうに純の方を振り向いた。
「ダメですよ徳さん、こんな夜に!非常識です!!」
そう言って純が自分の腕時計を指差すと、針は21時過ぎを示していた。
「そっか…とか言ってるうちに!!」
「…着きましたね」
真希の部屋の前の外灯が埃で汚れているせいか、暗闇に浮かぶ両サイドの部屋の明かりがやけに眩しく感じる。
前回来た時は昼間だったから無事ごみ山から救出されたが、暗がりの中埋もれてしまったら…助かるのだろうか、という不安が徳の胸によぎった。
「じゅ、純…お前開けてくれよ」
「えー嫌ですよ僕。徳さん開けてくださいよ」
「オレのが先輩だろ!開けてくれよ!!」
「もう…わかりましたよ。じゃぁ開けますからね」
徳はいつでも逃げられる体勢で純が扉を開けるのをビクビクしながら見つめていた。
その様子を横目で見ながら純が扉に手をかけた瞬間…内側から扉が開かれ、中からTシャツ姿の真希が現れた。
「な〜にしてんだお前等?」
「「マキさん!!」」
「あ〜コレな…ワリィワリィすっかり忘れて帰っちまったぜ」
あははははっと笑う真希の前で、徳と純は珍しそうに真希の背中に見えるごみ山の手前…玄関の床をじっと眺めた。
「…床、あったんスね、この部屋」
「おかしいですよマキさん、床が見えてますよ?」
「いや、それ普通だって」
不思議そうに床を指差す純の肩を徳がポンポンと叩いた。
「いやな…やっぱり人間ゴミ位はちゃんと捨てなきゃって思ってな」
「えぇーーー!!マキさんゴミ捨ててるんスか!?」
「何だよ徳、そんな大声出しやがって!」
「だっていつ何捨てていいか覚えられないって言ってたじゃないっスか!!」
「なーに、人間やる気になれば何だって出来るもんさ。あっはっは…」
やけに乾いた笑いが夜の闇に溶け込んでいく中、奥の方から一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。
「あれ?徳実くんに純くん…こんな夜にどうしたの?」
「「さん!?」」
それはカフェ吉祥寺唯一の女性社員で皆の憧れの的でもあるだった。
いつもカフェに朝一番でやってくる彼女の私服を見る事はバイトの二人にとっては初めての事で、思わずその姿に見惚れてしまった。
そんな二人に挨拶をすると、まるで日課のように真希の部屋の前にやってくるとチラリとその中を覗いた。
「真希先輩、明日は燃えないゴミの日だから、ちゃんと準備しておいて下さいね?」
「勿論、ちゃんの分も運んであげるよ!」
「…助かります。今回結構多いんですよ」
真希は大げさに見える動作で自分の胸をドンッと叩いた。
「この大久保真希にお任せ!」
「はい。それじゃぁ朝8時に」
「はいは〜い♪」
情けないほど顔の筋肉が緩みまくっている真希が手近にある燃えないゴミをせっせとゴミ袋へと詰め始めた。
それを確認してからは手元の時計で時間を確認すると、小さな声を上げておろおろと慌てはじめた。
「徳ちゃん、純くんゴメンね。せっかく会えたからお茶でもと思ったんだけど、ちょうど人から電話がかかってくる時間になっちゃって…」
「そっそんな!いいっすよ!!」
「気にしないで下さい。あ、そうだ。今度の休みに遊びに来てもいいですか?」
純のさり気ない一言に、は笑顔で頷いた。
「うん、いいよ。それじゃぁまた明日ね。お休みなさい」
「お休みなさい」
「お休みっス!!」
「ちゃんお休み〜」
部屋に入る前にもう一度こちらを振り向き、にっこり笑顔で手を振るとパタンという音を立てて304号室に姿を消していった。
残された3人。
真希は思い出したかのように集めたゴミの口を閉めると、とりあえず床の見えている玄関にゴミ袋を1つ置いた。
それを見て純が小さく頷いた。
「そう言う訳だったんですか…」
「え?何々?何が!?」
一人分かった顔をする純といまだ何が起きているのかサッパリ分かっていない徳。
「マキさんの家の床が見えるようになったのは…さんのおかげですね?」
「ええーーー!!」
「あ、分かった?」
「情けないですね。一人でゴミも捨てられないんですか?」
「さんに頼りっきりっスね」
敵意のある視線に少したじろぎながらも、真希は嬉しそうに二つ目のゴミをまとめ始めた。
今日は何を言っても無駄だと感じた二人はそのまま寮を後にした。
「…俺、ちょっとこの寮に入りたくなったかも」
「奇遇ですね。僕もですよ」
部屋は違えど憧れの人と一つ屋根の下。
二人はドミール吉祥寺の入り口で暫くじっと一つの部屋の明かりを眺めていた。
ちなみにその部屋の人物は、何故か隣の部屋の人間と電話で楽しそうに話をしていた。
勿論彼女の隣の部屋には…皆川ひふみが住んでいる。
カフェ吉話の分類に頭を捻る今日この頃(笑)
いや、お相手が不明なものが多くて…一応「逆ハー?」にしてはあるんだけど特定の相手いないよなぁと思って…。
私の中では彼女のお相手は皆川さんで確定してるんですが、今はまだフリーと言う事ですけどね。
カフェ吉はどちらかと言うと日常話が多いので「逆ハー?」が増えると思います。
真希ちゃんがゴミ捨てをするようになるには、やはり指導者がいなければムリだろう!と言うので出来た話。
しかも「ドミール吉祥寺」に304号室なんて部屋勝手に作ったし(笑)
皆川さんの隣の部屋ですよぉ〜v嬉しいやら怖いやら…複雑ですね(苦笑)
単行本3巻を見て気付いたんですけど(これ書いたの3巻出る前)CDだと真希ちゃん102号室に住んでるんですけど、単行本は302号室に住んでるんですよねぇ…。
どっちが正しいんだろう!?
だから当初ヒロインは104号室在住でした。
でもエレベーターあった方が今後面白いかなぁと思って急遽3階のお部屋に変更(笑)
ドミール吉祥寺の構造についてはあまり気にしないで下さいねv
あれ?でも3階に住んでる場合、皆川さんは店の床へ続く道は何処から繋がってるんだ???(疑問のまま終わる(笑))