太郎が休憩室の中に入ると、テーブルにクッションを置いてそれを枕に休んでいる様子のと、その隣で学校の課題をやっているらしい純がいた。

「あれ?さん寝てるの?」

音を立てないように太郎が扉を閉めると、の向かいの椅子をやはり音を立てないよう引き出し座った。
純は手にしていた教科書を一旦閉じると横へ寄せて、太郎の問いに応えた。

「えぇ、寝不足らしくて少し休で下さいって言ったんですけど…忙しいなら僕、出ましょうか?」

「いや、今日はあまり混雑してないからな。あいつらだけで十分だろう」

太郎がそう言った瞬間、女性客と話をしていた真希とテーブルを拭いていた徳がくしゃみをしたのは言うまでも無い。

「最近結構ハードだったからな」

「えぇ、僕と徳さんのテストが重なってしまってさん、フロアとキッチン走り回っていたって聞きましたけど…」

「あぁ、どっかの誰かさんが使えなくてな…その分の負担が彼女にかかっちゃったんだよ」

この場合のどっかの誰かさんとは言わずもがな…大久保真希(22)の事である。

さん物凄く出来る人ですもんね」

「そうだな」

二人の視線は今だ起きる気配の無い机上の人物へ向けられている。

「今回みたいな事が起きると困るから、マスターに臨時バイトを雇えないか一応打診はしてるんだけどな」

「それはいい考えですね」

「だけどその分…金が…

「僕らに払う給料以外にも結構かかってますもんね、このお店」

純の台詞に思わず太郎の話にも熱が入る。

そうなんだよ!俺とお前はまだ問題無いにしろ、マキと徳のヤツが好き勝手に皿は割る、無断で持ち帰る、他にも色々な悪行三昧をしている所為でいくら稼いでも稼いでも…」

「太郎さん落ち着いてください。さんが起きちゃいますよ」

純が教科書を太郎の口元へ軽く当てた瞬間、何故か太郎が壁に向かって飛んで行った。



忘れてはいけない、純の握力が人間離れしている事を…



そんな人から見たら軽く口元に本を当てた状態だが、やられた方は至近距離からフライパンで叩かれたような威力と衝撃を感じてしまう。太郎が壁に吹っ飛ばされるのも無理ない。

「ん〜…」

は太郎が壁に激突する音に僅かに瞼を揺らしたが、すぐにまた規則正しい寝息を立て始めた。

「ふぅ、大丈夫みたいですね。あれ?太郎さんどうしたんですか?急に壁に張り付いちゃって…」

い…や…さん…起きなくて
…良かった

ガクリとその場に倒れると同時に休憩室の扉が勢いよく開いて、ついさっき話題に上がった人物達が部屋になだれ込んできた。

「あーったく!とっとと交代しろよ!」

「あれ?太郎さんなんでこんな所で倒れてるんスか?」

「二人とも静かに」

しーっと純が口元に一本指を立てて二人の行動を治めようとした。

「何やってんだ純?」

「黙れ徳」

真希が徳の口を押さえて真剣な眼差しで休んでいるの方へ視線を向けた。
しーんと静まり返った部屋で聞こえるのは眠っている彼女の寝息と、口を塞がれて窒息寸前で暴れている徳の動作音だけ。
自然と頬を緩ませて眠っているに近づこうとした真希の視界を何やら鎌のようなものが物凄い勢いで通り過ぎて行った。

「ひっっ!!」

ベコッとロッカーに突き刺さったのは…つい先程まで純が使用していた大学ノート(普通横線)

「ダメですよ、マキさん。それ以上さんに近づいちゃ…」

はいっ!すんません!

真希は身の危険を感じ取り、それ以上に近づかないよう細心の注意を払いながら再度横から彼女の寝顔をのぞき見た。

「…眠り姫?」

「最近夢見が悪くて良く眠れないんだそうです」

純が真希にの不眠の原因を告げている最中に、徳が真希の手を振り払い胸いっぱいに空気を吸い込み始めた。

ぶはあっっ!!マキさん!苦しいっス!!」

普段でも大きな声が更に大きく聞こえる気がする。

「うるせぇ黙れよ!」

「そんな事言ってマキさんが俺の口塞ぐから息できなかったんじゃないっスか!!」

「お前が騒ぐからだろ!!」

バリッという不可解な音と共に、目の前の純がにっこりと笑った。

「二人とも静かにしてくださいね?」

「「は、はいっ」」

純の手元には綺麗に引き裂かれた国語辞書があったとか…。










「ふあっ…良く寝た」

「おはようございます、さん。少しは休めましたか?」

「あ、純くんおはよう。どうもありがとう、私どれだけ寝ちゃった?」

欠伸で零れた涙を指で拭いながら腕時計で時間を確認する。

「30分くらいですから休憩時間内ですよ」

「良かった」

安心して微笑むを見て、それにつられる様に純も笑った。

「目覚めのコーヒーなんてどう?」

「「皆川さん」」

「僕もちょっと休憩…よっこいしょ」

カップが3つ乗ったトレイを机に置いて椅子に座ると、の前にミルクを差し出した。

ちゃんはミルクだけだよねぇ〜」

「はい。ありがとうございます」

「そうだ皆川さん、悪い夢を見ない方法とかってありますか?」

「え?」

純が砂糖をコーヒーに入れながら目の前に座っている皆川に声を掛けた。

さん、最近夢見が悪くて良く寝れないそうなんですよ。だから何かいい方法ないかと思って…」

「んー…何時頃からなの?」

「ちょうど一週間前からです」

の言葉を聞いてコーヒーを混ぜていた皆川の手がピタリと止まった。

「…もしかしてちゃん、押入れ側に足向けて寝てたりする?」

「え?どうして分かるんですか!?」

「皆川さんさんのお部屋に入った事あるんですか?」

「いや入った事は無いけど部屋のつくりはほとんど同じだしね。それに…夢見が悪い原因、もしかしたら僕の所為かもしれないね」

「「え?」」

更に驚く二人を余所に、皆川は自分の入れたコーヒーを一気に飲み干すと席を立ち上がった。

「多分今日からはゆっくり眠れると思うし、いい夢も見れるよ」

「えっそう…なんですか?」

「皆川さんがそう言うならきっと大丈夫ですよ」

ちゃん、僕ちょっと家に忘れ物取りに帰るからキッチンお願いしてもいいかな?」

「あ、はい」

エプロンを外してそれを椅子に掛けると、簡単に引継ぎを始めた。

「純?マスター1人でフロア大変だからヘルプ入ってくれるかなぁ?」

「分かりました」

「じゃぁ二人とも、あとはよろしく」

「「はい、行ってらっしゃい」」

にこやかに手を振る二人(主に純)の背後には、何故かボロボロになった今日は使えないであろう3人の職員の姿があったとか無かったとか。





皆川が家に取りに帰った忘れ物。
それは引いてあった布団の向きを逆に変える事…だった。
一週間前、部屋の模様替え?をした皆川は、気分転換に布団の向きを90度変えて眠ったのだ。
それは結果的に隣の部屋のが足を向けて眠る方に頭を持って行ってしまい、無意識に悪い気が流れてしまいの夢見が悪くなった…という事らしい。

ちなみに家に帰った皆川が、今度は布団の向きを180度変えた事でやはり隣室の真希が時折悪夢を見るようになったというのは、まぁ真希の寝相の悪さが原因で皆川の頭に足を向けて眠ってしまった…と言うのは秘密のお話。





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掲示板を見ている人はこのネタが何処から来ているか分かるでしょう(笑)
ふと思いついたまま書いてみたら…書けたので書いてみました。
もしも貴方が悪い夢を見たら、それはきっと誰かさんのいる方角へ足を向けて眠っているから…かもしれません。
そんな時は、最高級カニ缶でスケキヨを呼び出して皆川さんに寝る向きを変えてもらうよう伝言してもらいましょう。
そうすれば次の日から貴方がぐっすり眠れる事間違いなし!

…信じちゃダメですよ?冗談ですからね!!