皆川が定休を取った日の仕事が終わった後。
スタッフでお茶を飲んでいる時に何気なく太郎がにある疑問をぶつけた。
その疑問とはカフェ吉祥寺において今月一番の事件とも言われるもの…
「どうしてさんは…その…皆川と付き合ってるんだ?」
「え?」
「そうだよなぁ、俺みたいな美形を無視して…」
「それはともかく、皆川さんからいつ告白されたんですか?」
ポーズをとっての手を取ろうとした真希の手を掴んでぽいっと外へ放り投げると、純は真希の座っていたの隣の席に着いた。
「って言っても俺、皆川さんが告白するシーンって思い浮かばないっスよ」
店の残り物(本日売れ残ったケーキ)を食べながら徳は笑っているが、その笑顔は何処か引きつったように不自然である。
「純!てめぇ何でもかんでも投げるんじゃねぇよ!」
頭に枯れ枝や葉っぱをつけたまま戻ってきた真希を無視して、純は同じ質問を繰り返す。
「で、どうなんですか?」
「人の話を聞けっ!」
「マキ黙れ」
ごつっと言う鈍い音と共に分厚い料理本が真希の頭からずり落ちてきた。
いつもの銀製のトレイとは違い厚みと重さのある本が容赦なく後頭部に振り下ろされた真希は、無言で頭を抱えるとその場にうずくまった。
「だ、大丈夫ですか、マキ先輩!?」
さすがにいつもと違う撲殺音に驚いたが真希に声を掛けた。
その隙を逃さずちゃっかり真希はの手を握り、じっと目を見つめた。
「心配してくれるんだね、ありが…」
「それで、どっちが告白したんスか?」
本人そんな気はさらさらないが、ケーキを手に持った徳が真希との間に割り込んだ。
誰もが真希の存在よりもの話の方が気になるらしい。
近くに女子大がある事や若者の町という事で若い女性客を目にする機会が多く、ある意味女性に対して目の肥えたスタッフの心を一瞬にして掴んでしまった女性…それがだ。
小さな体からは考えられないほど体力があって、気配りは天下一品。
黒く長い髪は普段は可愛らしいイメージを与えるが、キッチンに入る前にはキチンとまとめ上げられ、キリリとした大人の表情を見せる。
細くしなやかな体で皆川が一目置く程の大胆な料理と繊細なデザート作りを行う。
出来上がった料理をフロアである真希達に手渡すのはいつもの仕事で、少しはにかむような笑顔がフロアのスタッフの心をいつも和ませていた。
そのいつも穏やかな笑顔がカフェ吉祥寺のオアシスと呼ばれている(スタッフの中で)
一応この店は女性客が多い事からいらぬ嫉妬を受けないよう、日中は姿が見えないキッチンで皆川とケーキを作っているのだが、つい最近その皆川が爆弾発言をした。
「は僕と付き合っているから、その辺十分考えて行動してねぇ〜」
あの皆川に恋愛感情というものが存在するとは全く思っていなかった4人は唯一ライバル視していなかった皆川に、憧れの女性(ヒト)を取られてしまった事に少なからずショックを受けていた。
まさにトンビに油揚げ
だからどうして皆川を選んだのか…皆川が休みの今日を逃しては聞く機会が無いと思った全員はこうして仕事が終わった後、こっそりを捕まえて聞くことにしたのだ。
しかし当の本人は仕事が終わった後、いつもと若干雰囲気の違うスタッフに囲まれややおびえ気味だ。
それもそのはず、全員無意識のうちに目が血走っているのだ。
彼らもそれなりに追い込まれているらしい。
「あのっ…そのっ…」
「そんなに怖がらないで…優しくするから…」
「お前は何言ってるんだ!」
「そうっスよ、マキさん。打ち合わせと違うじゃないっスか!」
「本当にマキさんはロクな事しないですね。」
太郎に殴られ、徳にあきれられ、純が指を鳴らし始めたところでようやく真希が口を閉じて大人しくなった。
ようやく打ち合わせどおり事の真相をに聞きだそうと全員が体勢を整えた時、不意に店の外で鳥たちの羽ばたきが聞こえた。
そして変わりにやってきたのは大きな黒い翼を持つ…カラスたち。
まるで誰かを出迎えるように徐々に数を増やし、店先でカァーカァーと声を上げている。
しかし店内にいた彼らには、残念な事にの声以外は聞こえていなかった。
「さん教えてくださいよ!さんが告白したんスか?」
徳は手に持っていたケーキをカウンターに置いてじっとの目を見つめる。
「違うよな!気づいたらだよな?」
真希はどうやら皆川が何か妙な力を使ったと思っているらしい。
「さん個人の意思でアイツと、その…付き合ってるんですか?」
太郎はどうやら未だと皆川の交際が認められないらしい。
「何だか皆さん自分の事しか考えてませんね…」
そう言いながらも純は窓際に座っているの唯一の隣の席を動く気配はない。
かなり追い詰められた所で、の背後の窓が突然大きな音を立ててひとりでに開いた。
全員が動きを止めた窓辺には、大量のカラスと夕日を背に腕には黒猫のスケキヨを抱いた皆川が怪しげな笑みを浮かべて立っていた。
「お仕事お疲れさま〜お迎えですよぉ」
「ひふみ!」
「おやぁ?珍しいね、今日は残業なのかなぁ〜?」
「いや…そう言う訳では…」
太郎は思わず皆川から視線を外し、ずり落ちた眼鏡を指でそっと直した。
「そういえば…何だか楽しそうな話をしてたみたいだねぇ、告白したのは僕と…どちらなのか…な〜んて話を」
「えっ!!何処で聞いてたんスか?」
徳が驚いた表情で皆川を見ると太郎と真希がため息をつきながら頭を抱えた。
「ふ〜ん…やっぱりそうなんだ…」
「馬鹿がっ!あっさり誘導尋問に引っかかりやがって!!」
「うわぁっ、すんません!ごめんなさい!!」
「凄く気になってたんですよ。結局どちらが告白したんですか?」
慌てふためく3人を他所に、純は窓の外にいる皆川に直球で質問した。
「そうだねぇ〜どっちだったかなぁ〜…アレは確か、誤って分裂したスケキヨを元に戻した時だったかなぁ?」
「分裂?」
思わず純が謎の言葉を復唱する。
「違いますよ。あれは新しいワラ人形のワラを買いに行った時じゃないですか?」
「ワ、ワラ人形のワラ!?」
徳が思わず怯えたように一歩あとずさった。
「ん〜それも違う気がするなぁ…あぁ、新しい召還辞典をに貸した時だよ」
「召還辞典…貸すぅ!?」
真希は以前女の子を紹介して欲しいと言った時、召還辞典を目の前に出された事を思い出し顔色を変えた。
「そうだ!私が大和マンドラゴラVを探していた時…じゃないですか?」
「…ヤマト…なんだって!?」
謎の言葉に太郎が首を傾げた瞬間、何故か外にいたカラスの視線が一斉に自分の方を向いた気がして太郎は血の気が一気に引いていくのを感じた。
「いや…やっぱりあの時だよ…あの…」
「「「もう結構です!」」」
「色々な紆余曲折があったんですね」
「まぁね…」
落ち着き払った純の襟首を掴んで、皆川とを除く全員が一斉に店の扉へと駆け出していった。
これ以上この場にいれば、何か得体の知れない世界に連れ込まれると思ったからだ。
「おやぁ〜これからまだ楽しくなっていくのに…」
「ふふっ、まだあの話がまだですよ」
そう言いながら夕日を背に微笑む二人の姿は何だか妖しいまでに美しく見えて…4人は何も言えずその場を後にした。
「っていう、初夢だった」
着替えも途中に、額に汗を浮かばせながら語る真希。
そこには皆川と以外全員いたのだが、いつもならすぐに怒鳴る太郎も口を閉ざしている。
妙な沈黙に包まれたロッカールームの空気を打ち破ったのは、徳の声。
「俺も同じ夢見たっス!」
驚くべき事に、それに続いたのは…太郎と純。
「……俺も、見た」
「太郎さんもですか?奇遇ですね、僕もその夢を見ましたよ」
「何ぃ!?」
「マキさんっ、これ、現実じゃないっスよね!?」
「あ、あ、当たり前だろっ!」
「…どうでしょう」
「不安を煽るようなことを言うな、純!」
この時点で全員の想い人がだとバレていることに誰も気付いていないのは、幸いなのだろうか。
ちなみに、この不可解な現象を起こしたのは…勿論、皆川の所業である。
新年最初のお願い…ということで、誰よりも先に新年の呪いを決行したらしい。
どんな人間でも恋に落ちるのは、至極簡単なこと。
そして、恋に落ちた人間が縋るのは…呪い。
はてさて、皆川のまじないの結果やいかに…?
だぁ〜いぶ前に書いたカフェ吉話です(苦笑)
この頃はCDを聞くたびに、石田さん演じる皆川ひふみの見事なまでの黒さ加減に笑っていました。
いやぁ本当に皆川さんが喋るCDは…
夜聞いたら夢に出てきますよ、きっと…(皆川さん風にお読み下さい)
それにしても、本当ぉーに私の書く話って…恋話の上に馬鹿ですね(苦笑)
本来は付き合い始めたきっかけの話だったんですが、統一させるべく夢オチにしてしまいました。
…ごめんね、皆川さん(苦笑)