「はぁ…やっぱ年かねぇ…」

ったく、吉羅のやつ…ここぞとばかりに働かせやがって。
なにが、来年度の学院の入学者を増やすためです!だ。
スーツなんざ堅苦しくて、早々着るもんじゃなかろう。

そんな事を考えていたら、疲労も手伝って大あくび。
零れた涙を拭いながら、空を見上げれば綺麗な青空。

「いい天気だ…」

昨日の天気とは正反対だな。

「だが、その分学院祭は大成功…ってな」

短期間で、みんな本当に良くやったと思う。
吉羅の突発的な申し出に文句を言いつつ、それでもやり遂げたってのは見事なもんだ。
だから、帰りにを送る時に言ったんだ。



――― 明日、駅前通りに出てくる気、あるか?



時間も場所も言っていない。
ただ、ひと言…うまいこと人混みでお前さんを見つけられるんだ…と言った。
それだけで、何故か…この時間、この辺りにお前さんが来るって思ったんだ。

「…さて、ケーキがメインかどうか気になるとこだがな」

そう呟いた瞬間、改札から気になる影がひとつ、現れた。

「やれやれ、どうして俺はお前さんを見つける事に関しちゃ、こんなに早いんだろうな」

吉羅が聞いたら、仕事もそれぐらい早く片付けてください…なんて言われちまいそうだ。



あいつは俺に気づくだろうか?



ふと、そんなことが頭をよぎり、立ち上がりかけた腰をもう一度下ろす。

周囲をきょろきょろ見回し、誰かを探している。
休日の人混みじゃ、の身長では中々全部は見渡せないらしい。
困った顔をして今度は少し行動範囲を広げて探している。
他のものには一切目を向けない…ただ、ひとつのものを探す瞳。
その姿に思わず魅入られそうになって、がっくり肩を落とす。

「…見惚れてどうするよ、俺が」

やれやれ、困ったもんだ。
こんなことになるなんて、誰が思ったやら。

ふぅ…とため息をつくと、あいつの声が耳に届いた。

「安売りセンターかもしれない…」

…まさか、また独り言が口に出てるの気づいてないのか?
周囲の人間が立ち止まり、笑い出す前に止めなきゃいかんな。
慌てて立ち上がり、ぶつぶつ呟いているあいつの背後に回り肩へ手を伸ばす。

「はっ、まさか大穴でまだ学校とか!?」

「…はずれ」

「ふひゃあ!?」

「おっと、脅かしちまったか」

「び、びっくりしたよ金やん!!」

「いやいや、ファータの銅像の前で落ち着きなくきょろきょろしてると思ったら、今度は百面相だろ。これ以上うちの学院の生徒が妙な見世物になっちまったら哀れに思って、助けに来てやったんだよ」

というよりも、あんま人目につくようなことは避けてくれ。
なんのために、お前さんを呼び出したかわからんだろう。

え゛…そ、そんなに…変だった?」

けれど俺のそんな思惑なんざ、まーーったく知らないこいつは、どんだけおかしなことをやらかしてたかって事実でいっぱいいっぱいなようだ。
ま、それもいつものことだな。

「おーい、〜…戻ってこーい」

「どうしよう!あたし、変な人!?」

「あー、ま、わかったから、どっかで茶でも飲もうや。そうしたらお前さんもここから離れられるし、俺も座れて一石二鳥だ」

「うんっ!!」

「んじゃ、行くか」

一足先に歩き出した俺の後を、ぱたぱたと軽い足音が追いかけてくる。
それが、妙に心地よい音色に聞こえるのは何故だろうな。

「あ、待って待ってー!」

「…って、おい」

「だって今日人が多いんだもん!はぐれたら大変じゃん!」

「だからって服の裾を掴むな」

校内で白衣を掴むのとは、違うんだぞ?
街中でそんなことしてたら、おかしいだろう。
だが、こいつがそういう行動に出る理由はただひとつ。

――― 離れたくない…



ありがとさん…
こんな俺でよけりゃ、いくらでも…掴んでいてくれ




心の中で呟いて、ポケットに入れていた手を差し出す。

「でかい迷子なんて出した日にゃ、学院としても問題アリ…だろ」

そんな驚いた顔しなさんな。
本当なら、こんなこと言わずに手ぐらい繋いでやりたいさ。
だが、これが…今の限界。

「…ま、迷子」

「教師が生徒の手を引いてりゃ、そんなことにはなるまいて。ほれ、手貸せ」

「でも…」

ま、突然言われりゃ戸惑うわな。
だったら、こうすりゃいいか?

「お前さんが迷子になりたいなら、構わんがな」

わざとゆっくり腕を上にあげていけば、まるで猫じゃらしにじゃれる猫か、餌を見つけて食いつく魚のように飛びついてくる…素直な女。

「迷子になりたくないです!せんせー!」

「おーおー、素直で結構。じゃあ、行くか」

「うん!!」

どこへ…なんて言わなくても、駅前通りでケーキといえばあの店しかない。
偶然見つけた穴場の喫茶店。
落ち着いた雰囲気で、一見喫茶店というよりはBarにも見えるので、学院の人間はまず来ない。
あいにく、そこのマスターには俺たちの関係はばれちまってるが…有り難いことに黙認して貰ってる。

だから、そこなら俺は教師じゃなく…こいつの事を好いてる男になれる。
まっすぐ見つめていても、誰にも咎められない。



…ただの、金澤紘人に、なれる





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1日遅れのプレゼントの金やん視点です。
学校では教師と生徒だけど、お互いだけが知っている店では…ただの男女になれる、と。
そこでなら、周囲を気にせず恋人同士になれるのです。
いつもは隠れて見つめているような状態だけど、そこなら…まっすぐ見つめられる。
ただの、金澤紘人になれるって台詞が物凄い個人的ツボなんです(笑)
ちなみに、私も親しい友人は人込みですぐ見つけられます。
すぐ見つけられるか、られないかで、多分親密度が計れるかも?(嘘)