「あーーーっ!こんな所にお菓子箱発見!!」
「げっ…」
あたしが手の届かない、一番上の棚の楽譜の下に置かれていた箱を抱えたまま脚立に座って抗議する。
「金やんずるい!ひとりで食べる気だったでしょ!」
「お前さんなぁ、これは特別なもんなんだぞ」
「だったら尚更ずーるーいっ!!」
がるるる…と、威嚇するよう睨む。
普段なら30センチは上にある顔が、脚立のおかげで真横に見えるのが、ちょっと…いや、かなり嬉しい。
けれど大好きな金やんの顔は、やれやれっていうか妙に呆れ顔。
「ったく、お前さんには探知機でもついてるんじゃないか?」
「ついてたら便利でいいよね」
「あのな…とにかく、返しなさい」
「やだっ!」
特選饅頭、と書かれた箱を抱え込んで横を向く。
「分けてくれたら返す」
「そこに菓子は入ってないっつーの」
「だってお饅頭って書いてあるもん」
「空箱を使ってるだけだ」
「だったら、中に何が入ってるの?」
「…企業秘密、だ」
――― 企業秘密…
すんごい、気になる。
「お前さん、今、気になるとか思ったろ」
「ふぇ!?」
うっそ!?
金やん心が読めるの!?
「お前さん限定、だがな」
「えええええっ!?」
「とにかく、そんな足場の悪いところにいないで降りて来い」
妙にせかす金やんの態度が怪しくて、どうしてもこの中身が知りたくなった。
「…中見せてくれたら降りる」
「あのなぁ…」
うわ…もしかして、金やん…本気で焦ってる?
滅多に見れない表情が見れたのが嬉しくて、箱を持ったまま立ち上がる。
「こら、」
「ちょっとだけっ、ちょっとだけだから♪」
脚立の上に立ってしまえば、いくら背が高い先生とはいえ手が届かない。
そのまま背後の棚に箱を置いて、かけられている紐を解こうと手をかけた瞬間…
「…おいたが過ぎるぞ、」
「っっっ!!!」
すぐ耳元で聞こえた、響くような低音。
耳を押さえて振り向けば、下にいたはずの金やんが真横にいた。
「ふ、えぇぇ!?」
「教師の言うことは、聞くもんだぜ?」
突然至近距離にある顔に驚いて、反射的に後ろに下がろうと足を動かす。
「…っ!」
「っ!!」
忘れてた、ここ…脚立の上、だった。
ばさばさっ
訪れるだろう痛みと騒音を覚悟していたけど…
「お前さん、ただでさえ短い俺の寿命を更に縮める気か…」
それらの代わりにあるのは、今日一番近くで感じるタバコの香りと、金やんの…腕。
バランスを崩したあたしの腰をしっかり抱えて、もう片方の手で棚を掴んで支えてくれたらしい。
「ほれ、立てるか」
「う、うん…」
「んじゃ、危ないから降りろ」
先生の手を支えに、しっかり自分の足で立ってから、脚立を降りる。
それに続いて降りてきた先生が、腕を押さえているのを見て、血の気が引いた。
「けっっ、怪我!?」
「別にたいしたことじゃない」
「で、でもっ」
「…お前さんに怪我がなくてよかったよ」
そんな風に微笑まれて、ぽんっと頭を撫でられたら…自分の好奇心が憎らしくなってくる。
「ごめんなさい…」
「これに懲りたら、ちっとは俺の言うことも聞いてくれや」
「うんっ」
こくこくと何度も頭を下げると、金やんは宥めるように頭を撫でてくれた。
そのまま暫くそうしていたけれど、急に金やんが声をあげた。
「あー、なんだか喉が渇いたな」
「…」
「たまにはコーヒーじゃなく、冷たいジュースでも飲んでみるか」
「買ってくる!!」
「おー、そうか。悪いな」
「ううん!」
「んじゃ、ほれ、小銭だ」
「いいよ」
「生徒に奢らせる訳にゃいかんだろ」
「でも…」
そりゃ、生徒だけど…
でも、一応…その、恋人なんだから…これぐらいいじゃん。
怪我させちゃったの、あたしのせいなんだし…
そう言いたいけど、言えないのがもどかしい。
でも、あたしがそう思ってるのなんて、金やんはお見通し。
「この腕の分は、今度の休み、俺のためだけに演奏して貰うってので帳消しにしてやるよ」
「休み?」
いつものように首が痛くなるほど上を見上げて金やんの顔をじっと見つめる。
逸らされた視線と、ごまかすかのように頬をかく仕草は…金やんが照れてる時に見せる仕草。
「…久し振りに公園でもどうだ?」
「うんっっ!!」
にっこり笑顔で頷くと、金やんはひとつ咳払いをしてドアを指差した。
「まずは、飲み物だ。頼んだぞ〜」
「はーい!」
渡された小銭入れを手に、音楽準備室を出て行く。
ついさっきまで、頭を占めていた特選饅頭の箱の中身は、次の休日のデート…という言葉にすっかり摩り替わってしまった。
が出て行った後、痛む腕を押さえながら大きく息を吐く。
「…なんとか誤魔化せたか」
脚立を上り、問題となっていた箱を手に苦笑する。
「お前さんがくれたんだがなぁ…この、饅頭」
1年の頃、家族旅行で出かけた先で出された饅頭が美味かったからお土産だ…と、言って渡された。
それを餌に、暫くの間、音楽準備室で二人で食ったの、忘れたか?
「ま、土産のわりには、が殆ど食ったようなもんだったがな」
箱についている埃を手で払うと、紐を解いて中にあった物を手に取る。
「…隠すようなもの、じゃないんだがな」
それは、コンクールの際、出演者全員で撮った記念写真。
笑顔で写る出演者の…の後ろにいる、自分。
この頃は、まだ恋に対しても、に対しても向き合うことが出来ていなかった。
だから、こうして全てをここへしまい込むことで…想いを、封印した。
今はもう解き放たれた想いだが…
「けど、ま…もう少し、秘密にさせてくれ」
せめて、あいつが卒業するまで
俺が、ここで教師としてあいつと向き合っている間は…紐をかけておこう。
「…じゃなきゃ、部屋で二人きりなんてやってられん」
痛む腕を堪えつつ、ぎゅっと紐で固結びをして、今度は引き出しにいれて鍵をかける。
「とりあえず、箱だけでも…変えるか」
呟くと同時に、明るい声が部屋に響く。
「金やん!リンゴとオレンジどっちがいい〜?」
「お前さんの好きな方選んでからでいいぞ〜」
「両方!」
「…選んでねぇだろう」
「うぅ〜」
「とっとと選ばんと両方飲むぞ〜」
「ええええ!?」
想い出は、箱の中に…
俺は、鮮やかに色づく未来を…
誰よりもそばで、見届けるさ
ジュースを前に悩み始めて数分経過…
「…うぇぇ」
「温くなるぞ」
その前に、こいつに決断力をつけさせる…か。
金やんが相手って時点で、教師と生徒っていうありえないシチュエーションなんですよね。
ゲームの中でも、金やんは言葉では絶対言ってくれないし…←当たり前。
でも、だからこそ抑えないといけない気持ちがあったり、我慢しないといけないことがあったり…
という訳で(どういう訳だよ)生徒相手に…って気持ちを箱に詰め込んでいたって話でした。
案外可愛い金やんが書けたので満足です♪
それにしても隠してる場所が悪いよ、金やん(苦笑)
特選饅頭なんて書かれた箱が音楽準備室にあったら、私だったら速攻開けるって。
けど、なんか…カビとか生えてそうで嫌だなぁ(笑)