なんだって、こんな事になってんだか。
あー…ったく、年寄りに無茶させんじゃないっつーのっ!!



微かに上がった息を押さえつつ、背後から迫る人の気配を探る。



あ゛〜っまだ追いかけて来やがる。



その時、ふと練習室へ入る見慣れた人影を見つけ、躊躇う事無く後を追う。

っ!!」

「ほ、ほぇ!?金や…」

突然現れた俺に驚く間も与えず、指示を出す。

「お前さん、俺を助けると思って一度ここ出ろ!」

「え???」

「で、誰に何を言われても答えるな」

「は?」

「ほれ、行って来い!」

「あ、う、うん!!」

何だかわからないという顔をしつつも、珍しくまくし立てたる俺に背を押されたのか、フルートのケースを託して部屋を出た。

「あ、ちゃん!」

「わっ」



――― 間一髪、か



「あ、天羽さん」

「ね、金やん見なかった?」

「え?」

「ちょっと聞きたい事があってさぁ〜、ちゃんなら行き先知ってるでしょう?」

「う、ううん!!」

両手を前に出して勢い良く首を振る姿を見て、苦笑する。
お前さん…それは、知ってるって言ってるようなもんだぜ。

「やっぱり〜」

「ほぇ!?」

「他の人間は誤魔化せても、このスッポンの天羽さんは誤魔化せないわよ〜♪」

「っ!!」

僅かに開いた練習室のドアの裏に隠れながら、事の成り行きを見守る。

「どこっ、どこに行ったの!」

「しっ、知らないってばーっ!」

暫くの間、知ってる、知らないの応酬が続いたが、事態はの視線ひとつで一変した。

「あっち?それともこっち!?」

「え、とぉ…」
「あーっ!ありがとう!こっちね!!」

「え…」

「うんうん、ご協力感謝!それじゃあ、練習頑張ってね!!」

ばたばたばたと遠ざかる足音に、ホッと胸を撫で下ろしつつ大きく息を吐く。



――― 行った、か…





それから暫くして練習室へ戻ってきたに、片手を挙げて礼を言う。

「ごくろーさん、助かったぜ」

「え、えと…良くわからないんだけど」

「お前さん、俺がここにいるって知ってたろ?」

「うん、そりゃ勿論」

「んで、天羽が俺がどこに行ったか聞いた時、こっち見たろ」

「うん」

「…そーいうこった」

「は?」

頭の上に「?」マークが次から次へと生まれ出てくる姿に、思わず笑い出す。

「くくくっ…本当にお前さんは嘘がつけないな」

「むぅ〜〜〜じゃあわかるよう説明してよ!!」

笑いすぎて零れた涙を拭いながら、その礼…とばかりに、教えてやる。

「つまり、だ。お前さんは、嘘がつけるヤツじゃない」

「そうかなぁ?」

「お前さんが堂々と嘘をつくってのは、火原が購買で山積みのカツサンドを買わないって事ぐらい驚くべきことだぞ」

「そっ、そんなに?!」

「更に、俺に関することでお前さんが嘘をつけないってことは…誰もが知っている」

「?」

だが、俺はそんなコイツに嘘をつかせている。
逆を言えば、その所為では他の事に関して嘘をつけないのかもしれない。

俺との、共通の秘密…

けれど、当の本人は意味がわかっていないのか、小首を傾げて疑問顔。

「金やんの事で嘘なんてついてないよ?」

「ほぉ〜」

目の前に座り込んでるの手を取り、さり気なく口元に寄せ手の甲に口付ける。

「…お前さん、自分の恋人が誰だか忘れたか?ん?」

「わっっ、わっ、忘れてないっ!!」

顔を真っ赤にしながら勢い良く首を振るを見ながら手を離し、話の続きをする。

「ま、つまり…だ。天羽が俺について尋ねた時、お前さんは無意識に視線を動かした…俺が隠れている練習室にな。だが天羽から見れば、立っていた位置的に視線の先にあるのは…柊館、だろ」

「………あぁ〜」

は校内図が脳裏に浮かんだのかぽんっと手を叩いて大きく頷いた。

「という訳で、天羽は俺が音楽準備室か職員室に逃げ込んだと見て、走り出した…という訳だ」

「なるほど〜」

「お前さんがここにいて助かったぜ」

ぽんぽんっと頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた…が、それも一瞬で、すぐに次の質問を投げかけてくる。

「で、何で逃げてたの?」

そう来るよな…やっぱ。

「…さぁ、なんだったかな」

「かくまってあげたのに?」

「それに関しては礼を言ったろ」

「むぅ〜〜〜」

頬を膨らませて不満げな様子を見せるに、抱えていたケースを差し出す。

「ま、お前さんが俺を納得させる演奏を聞かせてくれれば教えてやってもいいが?」

「その勝負!乗った!!」

おーおー、珍しくやる気じゃないか。
結構結構…そうじゃなきゃ、な。

「今練習してる曲は、自分でも結構いいんじゃないかって思ってるんだ!」

「そりゃ楽しみだ」

譜面台を出し、楽譜を広げてフルートを組み立てる姿を、外から気付かれない死角の位置となる場所に座り込んで眺める。



…悪いな、
どんなに立派な演奏を聴かせられても…
今日ばかりは、教えてやるわけにいかんのだわ





『あ、金やん!』

『おー、天羽』

『ねぇ、面白い噂聞いたんだけど…』

『なんだ?』

『金やん、好きな人いるんだって?』

『………なんだ、それは』

『あ、その顔は図星?』

『何馬鹿言ってんだ』

『ここんとこ、金やんが妙に浮かれてるから、皆が春でも来たんじゃないかって噂しててさ』

『はぁ?浮かれてるって…なんだそりゃ』

『鼻歌歌うとか』

『いつもだろう』

『楽しそうだとか』

『いつもだろう』

『んー、あっそうだ!』

『…はぁ、…今度はなんだ?』

『面倒だって言わなくなった』

『俺は今、お前さんに声をかけた面倒を後悔してるところ、だ』

『ほら、そこだよ、そこ!前だったらもう適当に逃げてるところなのに、質問に答えてる』

『……』

『で、報道部部長としては、ものぐさ金やんがやる気になった原因を…』

『そんじゃ、お言葉に甘えるとするか』

『え?』

『…三十六計逃げるにしかず、どろん』

『ちょっ、金やん!質問の途中だよっ』





――― お前さんのことで、浮かれてる…なんて、言えるわけなかろう




ゆっくり目を閉じて、流れ出した音色に身をゆだねる。










初めて聞いた時は、丸裸な音色に驚いた。
心を偽る事無く、真っ直ぐ思いを音色に乗せて聞かせる…
若人独特の勢いではなく、生まれたばかりの幼子のような…まっさらな、音。

素直さゆえか、その時の感情で音色の変化は間々あるが…
寧ろそれが奏者の魅力のひとつとなっている。



それにしても ―――

お前さん…随分と、フルートを艶っぽい声で歌わせられるようになったな。
誰を想って…なんて野暮なことは言わんが、他のやつが聞いたら驚くぞ。

俺の態度に変化が現れたように
お前さんにも、変化が現れたなら…嬉しいんだが、な。





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このネタはコルダ2…かな?
天羽さんが金やんに若い彼女が出来て、うきうきしてるって噂を聞いたのを見て大爆笑したのから出来上がりました(笑)
アンコールではタバコをやめて、ヤニの匂いがしなくなったことを新聞のネタにされるくらい珍しいことらしく、それぐらい変化するってのは…やっぱり、相手の影響力ってのがあるわけじゃないですか。
相手が変わるってのの対象が自分だと嬉しいなぁ〜という話、です?(何故疑問系)
タイトルは【変化する世界】のイタリア語訳です。
いや、ほら、金やん一時期イタリアにいたからってのと、カッコイイ感じになったから(笑)
…すいません、引越ししてもタイトルをつけるのは直感ですっ!!