「はい、金やん」

「お〜、ごくろーさん」

頼まれた飲み物を渡して、自分もその隣に腰を下ろす。
少し肌寒くなって来た風が秋から冬へ季節が変わっていくことを示し、手の中の飲み物で暖を取っていたら、不審気な声をかけられた。

「…って、お前さん、ちょい待て」

「ほぇ?」

「なんだ…それは」

それ…と、指差されたのは、あたしが暖を取っている飲み物。

「えっと…ココアだけど?」

中身を見せるように金やんの方に近づけると、あからさまに眉間に皺を寄せて頭を抱え始めた。

「おいおい、勘弁しろよ」

「えー!?なんで?」

「…お前さん、今までどこに行た」

「食べ放題」

けろっと答えると、それを思い出したのか…金やんの顔色が変わった。

「そうだよ、食べ放題だよ。そこでお前さんどんだけ食った?」

「えーっと…そんなに食べてないよ?」

「待て。俺の聞き間違いじゃなきゃ、今『そんなに…』って言ったか?そりゃ火原ほどとは言わんが、結構な量食ってたぞ?」

「そうかなぁ…」

「…なんつーか、あれだな。若人の胃袋は随分とでかいってのを改めて教えられた気がするよ」

諦め半分で頭をぽんぽんっと撫でられる。

「まぁ、若いうちは沢山食っても、動けば消費されるからな。俺みたいなおっさんじゃ、もうそうはいかん」

「金やんまだ若いじゃん!」

「…ありがとさん。まだ、ってのがつかなけりゃもっと嬉しかったんだけどな」

「…?」

もっと若いとか言えば良かった、かな?
だって本当のことなのに…

「けどなぁ、お前さん。これだけは言わせてくれ」

「何?」

「あれだけケーキを食った後の飲み物がココアってのはどういうことだ」

呆れるように言われて、思わずココアと金やんの顔を交互に見る。

「なんか変?」

「いや、変とかじゃなくてだな」

「あ、飲みたい?」

「結構。俺はブラックでいい…っつーか、香りだけでケーキの甘ったるさを思い出して胸やけしそうだ」

ココアから視線を外すようにしてコーヒーを飲む金やんを見て首を傾げる。
ケーキとココアは全然違うのに、どうしてこの香りでケーキ思いだすんだろう。
あ、でもあそこで食べたチョコケーキの香りにちょっと似てるかな?

そんなことをぼんやり考えながら、ココアに口をつけたのがまずかった。

「熱っ!」

「おいおい、大丈夫か?」

うーやっちゃった、やっちゃった。
冷ましたつもりだったのに、まだ熱かった!

「熱いぃ〜っ」

「ちゃんと冷ましたのか?」

「……」

「どれ、見せてみろ」

苦笑しつつ、心配そうに頬に手を添えられ顔を覗きこまれる。
口元を押さえていた手を離して、じっと見つめると…一瞬金やんの動きが止まった。

「……金やん?」

「あ、いや…」

「?」

「…ま、まぁ大丈夫そうだな。ちょっと待ってろ、スタンドで水貰って来てやるよ」

ぽんっと頭に手を置かれ、ついさっきあたしがコーヒーを買いに行ったスタンドへ足早に向かっていった。
その背中を見ながらぽつりと呟く。

「過保護だなぁ〜…大丈夫なのに」

でも、そんな所が大好きだ。
なんてことを思いながら待っていたら、金やんが小さな紙コップを持って戻ってきた。

「ほれ、これで少し冷やしとけ」

「ありがとー、でもこれぐらいいつもだから大丈夫なのに」

「あのな、演奏に支障が出たらどうすんだ。これからカロリー消費も兼ねてめいっぱい練習するんだろ?」

「…あ、そうだった」

「口内がただれてたら、それも難しいだろう。だから、今はココアが冷めるまではこっち飲んでろ」

「…はーい」

手に持っていたココアは取り上げられ、その代わり紙コップに入った氷水を渡される。

「金やん、優しいね」

「そうだろう、そうだろう。気遣いの出来る教師だからな」

「あはははは」

「そこで笑うか?」

くすくす笑っていると、不意に海風が強く吹いた。
手に持っていた暖がなくなったせいで、さっきよりも寒く感じて首をすくめる。

「寒ぃ〜」

「熱かったり寒かったり、忙しいなぁ…お前さん」

やれやれ…なんて声と共に、今まで座っていたのとは逆の方へ金やんが腰を下ろす。
すると、海風が弱まった。

「少しはマシか?」

「………うん」

「んじゃ、ダメ押しだ」

ぐいっと肩を抱き寄せられて、頬に軽く唇が触れる。
触れた唇はすぐに離れてしまったけれど、突然の事に何が起きたかさっぱり分からなくて、抱き寄せられたまま金やんを見上げる。

「どうだ、少しは温かくなったろう」

「…え、あ…う、うん」

「あ〜…ったく、あんまりそんな無防備な顔見せなさんな」

抱き寄せられたまま、乱暴に頭を撫でられると、人形の首のように頭ががくがく揺れる。
足元を冷たい風が強く吹きぬけていくけれど…不思議と、寒く感じない。

「そんな顔見せられたら、
教師面…できなくなるだろうが

「え?」

「…なんでもない」

抱き寄せられている温もりに浸っていたら、金やんの呟きを聞き逃してしまった。
慌てて聞きなおしたけど、いつもみたいにはぐらかされて逃げられる。

「えー?何?なんて言ったの!?」

「あーしつこいぞ、お前さん」

「金やんが教えてくれればいいだけじゃん」

「あ、こら!よせ、…」

急に立ち上がったせいで、金やんが片手にまとめて持っていた飲み物がバランスを崩した。

「あっちぃーっ!」

「ごっ、ごめん!金やん!!」

そして……見事、中身が金やんの膝に、直撃。

〜〜〜」

「ごっ、ごめんなさい!待ってて!」

周囲を見回したけど水道は見当たらない。
仕方がないので、今度はあたしがコーヒースタンドへと走ることとなる。




















濡らしたハンカチと、お店の人がくれたナプキンで濡れたズボンを叩きながら謝る。

「うぅ〜本当にごめんなさい」

「同色でまだ助かったな」

「火傷してない?」

「あぁ…服の生地が厚かったから、大丈夫だ」

「…本当に、ごめんなさい」

「ま、これにこりたらもう少し落ち着けや」

気にするな…とでもいうように頭を撫でられて、思わず目が潤みそうになる。
うぅ…本当に、今度から気をつけよう。

「けど、そうだな…お前さんがそこまで気に止むなら、ひとつ罰を与えよう」

「な、なに?」

ひょいっと顔を近づけられ、何を言われるのかどきどきしていたら、イタズラっぽく微笑まれてフルートのケースを示された。

「これから、練習だろ?」

「う、うん」

「んじゃ、そこで俺のために昼寝の演奏をしてくれや」

「…はい?」

「少し肌寒いが、お天道様も出てきた。お前さんのそばで、もうひと休みさせてくれ」

「い、いいの?それで…?」

クリーニング代とか、音楽準備室の大掃除とか色々考えたのに…そんなので、いいの?

「充分すぎるほどの贅沢だろ?」

「…リクエストも受け付けるよ」

「はは…そうだな。じゃあお言葉に甘えるとするか」

そう言って、リクエストされた曲名を聞いて、思わず頬が赤くなる。
でも、リクエスト受付したんだから…ちゃんと、答えないとね。

「リクエスト、承りました」

「んじゃ、よろしく頼むぜ」





リクエストされた曲は ――― Je te veux





BACK



キスお題の、デザートキスのボツです。
デザート代わりにキスしようとしたんだけど、上手く行かない上長くなったのでボツ。
でも、なんかこの寒空に似合いそうな好きな話に仕上がったので書き上げてみました。
全然違う方向へ進んだのに、甘い話なのは…見事としかいいようがない(苦笑)
ちなみにご存知かと思いますが、Je te veux(ジュ・トゥ・ヴ)の意味は…フランス語で、あなたが欲しいという意味です。

…さすがだぜ、音楽教師。