「………」
「くん、口が開いているよ」
「あ、す、すいません…」
けれど、口が開いてしまうのも仕方がないだろう。
「君と私の希望を考慮した結果こうなったのだが、不満かね」
「あ、いえ…凄く、嬉しいです…」
確かに言った。
夏と言えば、海やプール!
一緒に行きましょう、吉羅さん…って。
でもでもだからって、ホテルの…しかも会員制のプールに連れて来られるなんて、微塵も思いませんってばーっ!!
そんなあたしの内心の動揺なんてどこ吹く風。
「では、来たまえ」
堂々と前を歩く吉羅さんに遅れを取らないようにしつつ、もの珍しい周囲を見回しながら歩くあたし。
さすが都心にある高級ホテルのプールだけある。
窓から見える景色は勿論、中にいる人たちもセレブっていうか…上品そうな人ばっかり。
あたしみたいな子供は…誰一人として、いない。
視線を上げれば、そんな中にいても全然浮いていない吉羅さんの背中。
なんとなく釣り合わない自分がそばにいることに萎縮して、気持ち一歩後ろに下がった瞬間、前からやって来た人にぶつかりよろける。
「うわっ…」
こんな所で転ぶなんてっ!!
…と、この後にくる衝撃に備えて目を閉じていたら…逞しい腕に支えられていた。
「大丈夫かね」
「あ、ありがとうございます…」
「物珍しいのは分かるが、荷物を置くまで待ってくれると嬉しいのだが…」
「はっ、はいっ!!」
元気良く返事をしたら、その声はそんなに広くもない場所に僅かに響いた。
うぅ…また、いらない恥をかいた気分。
恥ずかしくて顔を真っ赤にしたあたしを見て、吉羅さんが肩を抱き寄せた。
てっきりそのまま外に連れ出されちゃうのかと思ったけど、今までと変わらぬ速度で歩き出した。
「具合でも悪いのか」
「え?」
「急に顔が赤くなっている…熱でも」
「あ、いえ…大丈夫です。ただ、普通に声を出しただけでも凄い響いたので…」
今度は気持ち声を押さえて喋る。
それでもなんか周りの人が話を聞いているみたいで落ち着かない。
「なんか、その場違い…かなぁ、なんて」
吉羅さんと、あたし…
周りの人から見たら、どう見ても不釣合い。
もごもご呟くように言えば、吉羅さんが表情を変えずにこう言った。
「では、慣れるといい」
「は?」
「たかがホテルのプールでそんなに気後れしてどうする。君はこれからもっと広く大きな舞台で演奏していくのだろう?」
「…吉羅、さん」
「ホテルのプールなどで萎縮しているような心の弱さでは、世界の大舞台には到底立つことなど出来まい」
「吉羅さんは、あたしが…そうなれるって思ってるんですか?」
「そうだが」
あまりにきっぱり言われて、思わず吹き出してしまった。
「あ、あははは…」
「…何がおかしい」
「い、いえ…なんか…小さくなってた自分が馬鹿に思えてきて…」
笑いで零れた涙を手で拭い、用意されていたデッキチェアへ荷物を置く。
「少し、頭冷やして来ますね。吉羅さんはゆっくりしていて下さい」
「…あぁ、そうさせて貰うよ」
羽織っていたパーカーを脱いで、キチンとたたんでからプールへ行こうと足を進めかけて名前を呼ばれたので振り返る。
「はい?」
「…気をつけたまえ」
「はい?あぁ、足元ですね。もう転びませんから!」
「…はぁ」
あ、あれ…思いっきりため息つかれたけど、なんで?
ため息の意図がつかめず、立ち尽くしていたら吉羅さんが近づいてきて急に抱き寄せられた。
「!?」
「…不埒な輩に声をかけられたら、すぐに私を呼びなさい。いいね」
そう囁くと、何事もなかったかのようにデッキチェアに腰を下ろし、すぐ側の机にパソコンを置いて仕事…らしきことをはじめた。
さっき以上に人の目が自分に向いている気もするけど、でも、気にしない……なんて事出来るわけないじゃないですかっ!!
足早にプールへ行き、即座に頭まで水の中に沈める。
あたしが慣れなきゃいけないのは、雰囲気や空気よりも…まず、吉羅さんの行動なのかもしれない。
屋内は空調が効いていて、心地よいはずなのに…
「ぷはっ…」
プールの中にいても、いくら水で顔を濡らしても…この、顔の火照りはまだ暫く取れそうにない。
2008web拍手、名前変換入れて手を加えて再録。
これ書いた時は、まだ2fアンコールやってなかったんですが…やっぱやってくれますね、吉羅さん。
さすがでございます…いいなぁ、プール、行きたいなぁ(笑)←めっちゃ関係ない
吉羅さんと一緒にいると、目立つだろうけども、彼はあまり気にしなそうです。
他人からどう見えようと、その場にそぐわないことをしていなければ大丈夫かなぁと(なんだそれ)
終始冷静なんだけども、普段と違う格好…水着姿を見て、危惧するあたりは可愛いなぁと思います。
えぇ、普段なんともない顔してる人が、ちょっと動揺するのを見るのが私は大好きですが、何か?(笑)