「わー…人いっぱいだね」
「はい」
志水くんの叔母さんが商店街の福引で、プールの入場券を当てた。
折角だから二人で行ってきなさい!と元気良く背中を押され、志水くんとやって来ました。
「取り敢えず、ここにシートひこうか」
「…はい。あ…」
「ん?何かあった?」
「はい、あそこに…浮き輪を貸してくれる所が…」
「あれ、もしかして志水くん、泳げない?」
「いえ…多分、泳げます」
――― 多分?
「小さい頃、プールや海に連れて来て貰ったんですが…」
「うん」
「気付いたら、いつも姉さんたちが側にいたんです」
「?」
「…泳ぎながら音楽の事を考えると、溺れるらしいんです」
「……浮き輪、借りようか」
志水くんらしいというか、ある意味危なっかしいというか…うん、絶対浮き輪借りよう。
ここで志水くんに溺れられちゃったら、引き上げる…というか、助けられる自信がない。
「じゃあ、浮き輪借りてくるから、少し待っていてくれる?」
「…はい」
浮き輪を借りて、志水くんの所へ戻ろうとしたら、そこに二人組の男の人がいるのに気づいた。
何事かと思い、慌てて駆け寄ると二人の視線があたしの方へ向いた。
「おっ、なんだー友達もカワイイじゃん」
「ほらほら、おれ達も二人、そっちも二人。一緒に楽しもうぜ?」
「…はぁ」
「え?」
「浮き輪なんていらないって、おれ達がしっかり抱きかかえてやるからさ」
状況把握をするよりも先に浮き輪をとられそうになり、思わずしっかり抱え込む。
レンタル料も馬鹿にならないんだから!なんていうと、ちょっと貧乏くさい…かな。
「こ、これはいるんです」
「大丈夫だって、ほら…行こうぜ」
再びぐいっと浮き輪を引っ張られて、思わずバランスを崩しそうになる。
危うく焼けたコンクリートに倒れこむ…って所で、最近身長が伸びてきた志水くんに支えられた。
「…先輩に、触らないで下さい」
「あー、悪い悪い。けど、浮き輪より俺に掴まる方が安全だろ、君も」
笑っているけれど、その笑顔がなんだか少し怖くて…支えてくれた志水くんの腕にしがみついた。
「…大丈夫ですよ。先輩」
「じゃー怪我もなかったことだし、行こうぜ?」
男の人が志水くんの腕を引っ張った瞬間、引きずられるように動きそうになる。
「待って下さい」
「あ?」
そのまま、着ていたシャツをもぞもぞと脱ぎ捨てた志水くん。
それを見た瞬間、男の人たちは目を大きく見開いて絶句した。
「泳ぐなら、服は脱がないとダメですよね」
「おっ、お前男か!?」
「はい」
「なんだよ、ふざけんなよ!」
「はぁ…すいません」
「最初に言えよ!」
そのまま男の人たちはどっちが悪かったか…というのを言い争いながらこの場をそそくさと離れていった。
残されたあたしは志水くんにしがみつきながら呆然としてるだけ。
「すいません、先輩」
「……え、え?」
「怖かった…ですよね」
確かに、少し怖かった…でも…
「志水くんがいてくれたから、大丈夫だったよ…」
「…先輩」
以前よりも視線を上げないと、目をあわせられなくなったけれど…この、見ているだけで幸せになる笑顔はいつまでも変わらない。
「泳ごう…か」
「…はい、先輩。あ…」
「ん?」
志水くんから離れて、浮き輪を手に持つと、不意にシャツの裾を掴まれた。
「泳ぐなら、これ…脱がないとダメです」
「え゛」
「僕、先輩の水着姿…みたいです」
「ぅ…」
「…大丈夫です。先輩にピッタリの水着ですから」
周囲の人の視線は、あたしよりも志水くんの笑顔に向いているだろう。
でもその彼の手が…シャツを掴んでいるから、芋づる式にあたしも視線を集めてるといえる。
そんな中、シャツを脱いで水着になるっていうのは…今日一番の大仕事、なのかもしれない。
2008web拍手、名前変換入れて手を加えて再録。
志水くんは、女の子に一瞬間違われそうです…なんとなく。
勝手に女と間違えてナンパした人たちの前で、普通に脱ぐ辺りが結構好きです(笑)
ところで志水くんは泳げるんでしょうか。
何故か私の頭の中では、本を持って泳ぐとか、浮き輪に乗って本を読むとか…そんな彼しか浮かびません。
華麗にクロールする柚木先輩とかと同じくらい、泳ぐ志水くんが想像出来ない自分は想像力が足りないのでしょうか?