「か、金やんっ!」

「おー、珍しく遅かったな」

「ご、ごめんなさい…遅刻しちゃった」

「どうした、寝坊
でもした……

言葉途中で声が途切れて、どうしたんだろうと思って顔を上げる。

「金やん?」

「…お前」

「?」

驚いた表情で見られている事に気付き、今の自分は普段と違う格好をしているのを思い出した。



そう…金やんの隣にいても
ちゃんと彼女だって、思われるように…
お化粧をして、少し高い靴を履いて
自分なりに、大人っぽい格好…をしてみた




気合いを入れて家を出ても、金やんの前に出ればその気合いもあっという間に蒸発してしまう。

や、やっぱりお化粧変だった!?
それとも服が変?!
あたしみたいな子供が、いつも着ないような服着るなんて10年早いとか!?
…っていうか、もしかして金やんこういうの嫌い!?


いろんな事が一気に脳裏をぐるぐる回り始め、おろおろしていると、袖を掴んでいたあたしの手を金やんがしっかり握ってすたすた歩き出した。

「あ、あのっ…」

「あー…いいから、ちょっと来い」

「え?え?

普段はゆっくり…といってもいいくらいゆっくり歩いてくれるのに、今日は妙に早足で。
何度か声をかけても、相槌くらいしかしてくれない。
すれ違う人が、時折こっちを見ている気がして…それがまた、自分の格好がおかしいんだという事を意識させる。

やっぱり…駄目だったんだ。
あたしには、お化粧も、大人っぽい格好も…似合わないんだ。










手を引かれながら公園を歩いていると、ようやく金やんが足を止めた。

「ようやくあったか。悪かったな、急に……?」

ほぇ…

「って、お前さん。泣くこたないだろう…」

「…え?」

金やんの指が目元をぬぐってくれたことで、泣いていたことに気付いた。

「え、嘘…」

「嘘なもんか」

「やだ…泣いたら、お化粧が…」

今でも変なのに、お化粧が崩れたらもっとおかしくなっちゃう。
慌ててバッグから鏡を取り出そうとしたら、金やんがその手を止めて、代わりにハンカチを差し出された。

「ほれ」

「だ、駄目…汚れちゃう」

「構わん」

「でも…」

「汚れるのが気になるなら、そこで洗って来い」

そう言って金やんがそばにある水道を指差した。

「…やっぱ、変…だっ、
たんだ…

まさか洗え…なんて言われるとは、思わなかった。
ただ、金やんの隣にいて…彼女に思われたいって、それだけだったのに…

「すぐ、洗…」

「おいおい、勘違いするなよ」



――― なにを?



水道に手を伸ばしかけたまま、金やんの方を振り返る。

「…お前さんは、その、なんだ…そのままで充分可愛いぞ」

「…」

「化粧なんざ、時がくれば嫌でもするようになるだろう。けどな、素顔のままでいられるってのは、若人の特権だ」

「…そ、なの?」

「時が来ればわかるさ」

ぽんっと頭を撫でられて、堪えていた涙が零れる。

「金やんの隣…いても、おかしくない、人に…なりたかった、の」



子供じゃなくて、ちゃんと金やんの彼女だって…思われたかったの。



「だから、大人っぽく…なりたくて」

「んで、化粧したってわけか」

こくりと頷くと、そっと頭を撫でられた。

「無理に背伸びなんかしなくていい」

「でも…」

「お前さんの気持ちは嬉しいさ。俺のために、綺麗になろうって気持ちは、な」

「ん…」

「…驚いたぞ、あまりに別嬪さんでな」

「…別嬪って、なんかおじさんみたいな言い方」

くすくす笑うと、軽く頭を小突かれた。

「お前さんが背伸びしたがるのと同じくらい、俺だって気にしてるんだぞ」

「何を?」

「…そりゃ、あれだ。お前さんたちの年代から見れば、俺はおっさん…だから、な」

「そんなことないよ?」

「お前はそうでも、他のヤツラは違うだろ」



――― そ、そうなの?



「お前さんと出かけるたびに、やれ保護者だの、兄さんだの言われて俺が喜んでると思うか?ん?」

「…え?」

「覚悟してたとはいえ、さすがに毎度言われると俺だってへこむさ」



もしかして、同じ…なの?
金やんも、気にしてたりするの?




「けどな、どう頑張ったってお前と俺の年齢差は変わらん」

「うん…」

外見だけは、洋服やお化粧で変える事ができるけど、本質的なものは何も変わらない。

「だから…無理なんて、しなくていい」

「…うん」

親指で唇についていた口紅を拭われて、そのまま軽く口付けられる。

「お前さんはまだ若い。こんなの塗らんでも、そのままの唇の方が魅力的だ」

「っっ!!」

「それに、化粧なんざしてると抱きしめてやれんだろう」

「え゛?!」

そう言われて、自分が予想以上にショックを受けた事に気付く。

「なんで!?」

「俺がハンカチ貸しただけで、汚れるとか言った人間が何を言う。お前さん、今日の俺の格好を見て、抱きつこうと思うか?」

今日の金やんの格好は、真っ白なサマーセーター。
…真っ白、

「…お、思わない」

「んじゃ、ほれ。あそこで洗って来い」

「で、でもお化粧って専用のやつで洗わないと落ちないって…」

そう言いかけたあたしの前に、とある試供品が差し出された。

「?」

「お前さん、運がいいな。ここに来る前に配ってたぞ」

「…わー」

クレンジングと、化粧水のセット…
手の中にある試供品をまじまじと見ていると、金やんに軽く頭を叩かれた。

「ほれ、早く行って来い。映画の前に飯食う時間なくなるぞ〜?」

「え?うっそ!?」

「映画館で腹が鳴ると、目立つだろうなぁ〜?」

「やだぁ〜っ!」

慌てて水道へと駆け出し、顔を洗う。





はじめてしたお化粧。

先生が、驚いてくれたこと
別嬪さんだって言ってくれたこと

でも、一番嬉しかったのは…背伸びをしないで、そのままでいいって言ってくれたこと…



いつか、お化粧をした姿が自然になる時まで
お母さんがくれた口紅は、しまっておこう。
でも、その時が来たら…先生のために、綺麗になるね。

また、今日みたいに先生が驚いてくれるように…





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好きな人のために、綺麗になりたいってのもいいしさ〜
それで頑張って背伸びしちゃうのって、可愛いよね〜
でも、それよりも何よりもそのままがいいとか言ってくれる金やんが大好きだけどねっ!!(笑)
…ってか、金やんに白のサマーセーターとか見たいなぁ。

ちなみに化粧が苦手なのは私でございます。
あのべたーっとしたのが、嫌い。
なんやかんやした後に、しょっちゅう直さなきゃいけない手間が嫌い。
口紅ぐらいならまだいいけど、顔にぺたぺたするのが嫌い。
紫外線対策には必要なのかもしれない、がしかし!嫌い(笑)
社会人1ヶ月で化粧を諦めました…その分寝た。
口紅すら、1年もったかどうか…(笑)
…良く、主婦という就職先が見つかったもんです。
化粧前に相手を捕まえておくといいのかもしれない…←いらん知識な上、役に立たない(笑)