「あのなぁ…」
「一回でいいってば!」
「生徒ひとりだけ特別扱いする訳にゃいかんだろう」
「だから!一回だけ!!」
開いている窓の枠に背を預け、頭を抱える。
――― あんまり俺を困らせなさんな…
「…」
「そうじゃなくってーーーっ!!」
顔を真っ赤にして地団太を踏む姿も可愛いな、と思いつつ、何度となく繰り返されるこの事態にため息をつく。
そりゃ俺だって呼んでやりたいさ。
けどなぁ、それを止めているのは…俺の最後の理性の糸、なんだぜ?
名前で呼ばれると、お前さんが喜ぶことを、俺は知っている。
んで、蕩けるような笑顔を見せてくれることも、知っている。
その笑顔に、俺が弱いってのも…充分、知ってる。
そうすると、だ。
理性の糸がぶち切れる、かも…しれない。
――― そんな危険なこと、できるわけなかろう…
「ね〜金やんっ!」
けれど、目の前の可愛い秘密の恋人は、俺の苦悩も知らずに今も一生懸命名前を呼んで貰おうと白衣を掴み、今にも窓から落としそうな勢いで前後に揺すってくれる。
さて、どうしたもんか…
「かーなーやーーーんっ!!」
このままの勢いじゃ本当に窓から落ちかねない、と判断し、軽く両手を挙げて降参のポーズを取る。
「あー、わかったわかった」
「ホント!?」
「一度だけ、だぞ?」
「うんっ!!」
首が千切れんばかりに前後に振る姿は、どこぞの民芸品みたいだと思いながらも、わざとらしくこほんと咳払いをする。
それを見たは、一歩離れて両手を前に組むと、今か今かと俺の口が開くのを待っている。
ったく、俺も甘い…
喉に手を当てる意味などないけれど、妙に緊張するのは何故だかな。
そんな自分に苦笑しつつも、俺は…あいつの名前を、口にする。
「」
それを聞いた瞬間、の表情が期待から一気に落胆へと変わった。
そして頬を膨らませて不満気に声を発する。
「うぅ〜違うって何度っ…も…?」
拳を握って何か言おうとしたの唇に、軽く指を押し当て、黙らせる。
「…」
それでもまだ、意味が分からないという顔をしていると目を合わせるべく腰を落とす。
「」
お前なら、わかるだろう?
いつもと…違う、ってことに…
「…」
ようやく気付いたのか、瞳が大きく見開かれ、指を押し当てていた唇が僅かに震えはじめた。
まっすぐ愛しい女の目を見つめながら、今一度、想いを込めて…名を呼ぶ。
「」
誰もが軽々と口にする名前。
だけどな、俺にとっては…何よりも、大切で愛しい名前だ。
お前さんが望むなら、時折…こうして呼んでやるさ。
誰もいない、二人きりの場所なら問題なかろう?
「…」
音の違いに気付くのは、俺が想っているお前さんと
お前さんが想ってくれてる、俺だけ…だからな。
にやにやと窓辺でタバコを吸いながら、床にしゃがみ込んでいるに声をかける。
「満足したか〜?」
「うぅ〜〜〜〜っ」
真っ赤になった頬を押さえている姿に満足し、紫煙を外へ吐き出しながらもう一度名を呼んでやる。
「どうした?…」
びくっと大きく肩を震わせる姿を見ると、どうにも笑いがこみ上げてくる。
「足りなきゃ、もう一度言ってやろうか?」
「っっ!!」
風がおきそう勢いで首を左右に振る姿を見て、ついに耐え切れず笑い出した。
「ははははっ」
「う〜〜〜っ、金やんの馬鹿ーっ!!」
あぁ、馬鹿だよ、俺は…
ひと回りも年下のお前さんの一挙一動に目を奪われて…
こんな風に、言葉に出来ない想いを名前に込めちまうなんて、さ
「もういい!いつもどおりでいい!!」
「おー、そうかそうか」
でも、いつか…ちゃんと呼んでやるよ。
その時は、どんなにお前さんが恥ずかしがっても…止めてやらんから、覚悟しておけよ?
多分、妄想がぎゅむっと詰め込まれたのがこの話だと思います。
というか、このお題たちを見て最初に書いたのこれだし(笑)
金やんで話を書いてる時に、時折忘れそうになるけど、心がけてるのが…言葉で伝えない事。
思うだけはいつでも思ってるけど、それを相手に伝えないように…してる、つもり?
…たまにどっかでうっかりやらかしちまってるかもしれないけど(苦笑)
言いたいけど言えない関係ですから…だからこそ、こうして名前を呼ぶって行為で伝えたりするわけです。
傍から見たら普通に名前を呼んでるけど、あだ名とでも言いましょうか…二人の間では、そうじゃないってのが分かるってのが書きたかったんです。
そんな風に想いをこめて呼ばれる名前って、凄いなぁ〜と。
…ステージにいる誰かを呼ぶ時には、そういやそんな感じかもしれないなとか思ったのは内緒で(苦笑)