携帯電話を取り出し、暗い中、光る液晶を見つめる。
「…………」
ぷちぷちとボタンを押してメールを作成し、送信ボタンを押す。
祈るように携帯電話を握り締め、返事が来るのを静かに待つ。
ブブッ……ブブッ……
マナーモードに設定していたため、手の中で震えた携帯を慌てて開くと、僅か一行のメールの返信。
それに頬を緩ませ、そっとベッドから起き上がった。
ラウンジで待っとる
千秋が工事をして綺麗になった…とはいえ、基礎はそのまま。
静かにドアを閉めて、なるべく音を立てないよう気をつけながら廊下を歩いて、ラウンジへ向かう。
天気がいいと、夜でも大きな窓から月明かりが差し込んで、明るいラウンジ。
だけど、今日は少し曇っているのか、水槽につけられてる小さな明かりだけが頼りだ。
そこに…ひとつの人影。
「蓬生」
「…夜にお誘いなんて、珍しいなぁ。どないしたん」
「たいしたことじゃないんだけど…」
「けど、自分。滅多に呼び出したりせんやろ」
熱帯魚が泳ぐたびに、備え付けられているライトが水面に反射して揺れる。
大好きな蓬生の顔が、その灯りに照らされ…いつも以上に見惚れてしまい、呼び出した理由を一瞬忘れそうになる。
そんなあたしを見ていた蓬生が、微かに口元を緩ませた。
「なんか…目ぇが落ちそうやね」
「え?目???」
「ただでさえ大きな丸るい目が、零れ落ちそうなほど見開かれとるよ」
くすくす笑いながら、頬に手が添えられる。
「思わず吸い込まれそうになったわ…」
「掃除機じゃあるまいし」
「…あんた前からやけど……ほんま面白ろい子やね」
耐え切れないとでも言うように、背を向けて笑う姿を見るのは日常茶飯事。
「もー…笑っててもいいけど、これだけ聞いてよ」
「あぁ…せやったね」
笑いすぎて零れた涙を拭う仕草すら絵になるなぁ…なんて思いながら、ずっと喉まで出掛かっていた言葉を笑顔で告げた。
「おやすみなさい、蓬生」
「……は?」
今日は午後から、蓬生と千秋の二人が出かけてしまって、夕食の時間になってもまだ戻って来なかった。
千秋に連絡をしたら、途中で事故があったとかで道路が渋滞しているから、帰るのが遅くなるって言われた。
じゃあ、帰るまで起きて待ってようって、思ったけど、夏の暑さで体力が削られていたのか、気づいたら机に突っ伏して…寝てた。
目が覚めたら、外は真っ暗。
そのまま寝ようとも思ったんだけど、いつもしていた挨拶をしていないと気づいてしまったら、何故かそれが気になって、眠れなくなってしまった。
だから、蓬生にメールをして…現在に至るというわけだ。
「あー、すっきりした」
「なぁ、」
「ん?」
「まさか、おやすみ言うために…俺は呼び出されたん?」
「うん、そうだけど?」
あっさりそう告げると、蓬生が項垂れるようにして、椅子に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
「…あかん」
「貧血!?それとも…熱中症!?」
「そういうのとちゃう…けど、まぁ…貧血に近い、かもしれんわ」
「ど、どうしよう…」
出掛けてたし、もしかしてすごく疲れてるとこを無理矢理起こしちゃったから具合悪くなったのかもしれない。
「ごめ…ごめんね、蓬生」
「悪い思うたら、こっち来ぃ」
「うん!」
立ち上がるのに手が必要なのかと思い、蓬生が座っている椅子の肘掛けに手をついて、様子を伺うべく顔を近づけた。
「本当にごめ……っ!!」
「ん…」
顔を近づけた瞬間、後頭部に手を回され…熱い唇が、自分のそれと重なった。
慌てて離れようにも、具合が悪いとは思えない力で押さえられてて動けない。
蓬生が手を緩めてくれたのは…あたしが椅子に寄りかかるぐらい、脱力してからだった。
「悪い子やね…」
「……」
椅子に座ったまま、蓬生が寄りかかっているあたしの頬を指でそっと撫でる。
なんともいえない感覚に、恨みがましい視線を送るけれど、それを見ても彼は嬉しそうに微笑むだけ。
「こない夜中に、会いたいなんて言われたら…期待してまうの、当たり前やろ」
「……」
「それなのに、挨拶だけなんて…な?」
「……」
「ふふっ…それ、睨んどるつもりなんやろね。けど、月明かりに照らされて…逆に、誘われてるようやわ」
頬を撫でていた指先が、さっきまで触れ合っていた唇を辿る。
この唇から告げたかったのは"おやすみなさい"のひと言。
「なぁ、どうする…?」
窓から差し込んだ月明かりが、あたしだけでなく…蓬生まで照らし出す。
その表情は綺麗なだけではなく、どこか妖しい雰囲気をかもし出しているようで、微かに震える唇は、おやすみなさい以外の言葉を紡ごうとしてしまう。
もう、おやすみなさいだけじゃ、足りない…
菩提樹寮の生活は、どうなっているのかなんて知りません。
でも一応男子と女子分かれてるから…中間の食堂とかラウンジとかは共同かなぁと(当たり前か(苦笑))
ちなみにあそこは千秋によって改修されてて綺麗だけど、元は弄られてないから廊下とか歩くとぎしっ…とか鳴るかなぁとか思ってます。
ニアあたりがその辺でなんか感じ取って、くすくす笑ってれば楽しい。
かなでちゃんは気づかず、すやすや寝てる方向で。
夜に呼び出すとか、やっちゃあかん!とか思うけど、惚れた相手だったら、来てくれそうな蓬生さんが好きだ。
本気の相手じゃなかったら、そんなんしてくれへんもん!絶対!(何故言い切る(苦笑))