最初は

――― ちゃん

他のみんなと同じ、名字だった




ちゃん…はじめまして」

お母さんに紹介されて、すぐに後ろに隠れてしまったけれど、それでも目が離せなかった。
すごく、すごく、綺麗で…ついこの間読んだ絵本の天女様みたいだと思って、男の子だっていうのも忘れてじぃ〜っと見つめた。

「…なんや、穴が空いてしまいそうやわ」

そういって視線を逸らす仕草すら、まるで一枚の綺麗な絵みたいに見えた。










次に

――― ちゃん

名前で呼ばれるようになった




ちゃんなんて、コイツのガラやない。聞いてる俺がこそばゆいわ。蓬生もこいつ、名前で呼べ」

「勝手なこと言うたらあかんよ。ちゃんが驚くやない」

ひとつ年上の蓬生。
でも、千秋はそんなの全くと言っていいほど気にしてなかった。

「ごちゃごちゃ言わんと、さっさとしろや。それとも蓬生、こいつの名前知らんのか?」

「やれやれ、千秋にかかると、ほんま小さなこと気にしとる自分がおかしゅう思えてくるわ」

初めて会った時には、視線のずれは殆どなかったのに…今では少し見上げないと目が合うことはない。
それをわかっているのか、蓬生が少し屈んで視線を合わせてくれた。

「な…ちゃんって呼んでもええ?」

「う、うん…」

「はっ!いっちょ前に赤うなっとる。ガキのくせに」

「ガキ!?ガキって、千秋も同い年でしょ!」

「よう見い。同い年になんて、見えんやろ!」

「あーあ…また始まってもうた」

千秋がこんな風な言い方をするのは、あたしと蓬生といる時だけ。
そして、あたしと千秋がこんな風に言い合うのは日常茶飯事。

それを楽しそうに見ている蓬生の表情が、この時のあたしは…好きだった。















そして今…

――― 

彼は、名前で呼んでくれる




他の誰とも…千秋とも、違う。
誰よりも…大好きな声で、優しく、紡がれる…声。



――― 



徐々に浮き上がる感覚と、微かに揺らされる身体。
重い瞼を震わせながら、そっと目を開けると…そこには、扇子を手にした蓬生がいた。

「…おはようさん。…こないなとこで寝ると干からびてまうよ」

…ん……」

「額に汗…かいとる」

ん…

「…あかん。この子…完全に寝惚けとる」

籐椅子の横に立っていた蓬生へ寄りかかるよう頭を動かす。

「…夢、みた」

「夢?」

「昔、蓬生が…ちゃん…とか、ちゃんって…呼んでくれてた、夢」

「えらい懐かしい頃やね」

汗で額に張り付いた前髪に触れた蓬生の手は、少し冷たくて…気持ちがいい。

「…あたし、昔からずっと、蓬生が名前呼んでくれるの、好きだったなぁ」

蓬生が使っている白檀の扇子の香りと共に、額にそっと唇が押し当てられた。

「いややなぁ…過去形にせんといて」

「じゃあ、名前…呼んで?」

「ええよ…あんたが、やめて言うてくれるまで…言い続けたるわ」



――― 好きやで…



あぁ、やっぱり…
蓬生が、あたしの名を呼んでくれると…
それだけで、あたしは、あなたのことが、もっと…もっと、好きになる。





BACK



私が書く話のお約束でもありますなぁ…名前呼び。
最終的には呼び捨てが好みですが、今回は呼び方の経緯を書いてみた。
って、これも蓬生との出会いというか、最初がないと意味ないんだけどね(苦笑)
ヒロインの家を病院にしてやろうと思って。
そこに蓬生がよく来てたってことで、顔見知りにしようと思ってるんだよねぇ…って、ここに書いてる時点で、設定固まってないのバレバレー!!(笑)
いいんです、後付しますからっ!
…そのおかげで、走り書きはかなり校正して、削りました(病院ネタ入れてたから)

好きな人が名前を呼んでくれるのが、私は大好きです。
いい声で名前を呼ばれるのも、大好物です←好物言うた!
直ちゃん、殿、藤原さんはクリアしたので、さぁ、次は誰にしようか!(笑)