見知った顔を見つけ、零れる涙も拭わず、彼に向かって走り出す。

「ほうせ…っ…」

、どないし……っと」

驚いた顔をしている蓬生の胸に飛び込むと、ぎゅっとしがみつく。

「っく、え…ふぇぇ…」



自分の想いは伝わらず、相手の気持ちを敬い、称え…その場を宥め去る。
もっと上手く出来るのかもしれない。
もっと、出来ることがあるのかもしれない。

けれど、それは自分の心を守ることを考えれば…無理なこと。



「ほ、せぇ……ふっ…ひっく…」

「あぁ、ええよ。気にせんから」

抱きしめてくれる腕が、温もりが、香りが…そばにいてくれると、感じさせてくれる。

「けど、あんたの泣き顔…他の人に見られるんは、嫌やね」

ばさり…と、何かが頭からかけられ、すがり付いていた手を握られる。

「ええ子やから、一瞬待っとってな」

こくりと頷けば、優しく頬にキスされる。
しがみついていた手を緩め、半歩蓬生から離れたら、そのまま身体が宙に浮いた。

「こっち、顔…寄せとき」

「……」

「俺の部屋でええね」

今、自分の部屋に行くと、自分の物が周りに溢れているから嫌だ。
だからあたしは、小さく頷いて蓬生の意見に同意した。

「ほな、行こか」

蓬生が歩き出すと同時に、ぽんっと頭に手が置かれた。
あたしを抱き上げてる彼に、そんなことは出来ない。

「蓬生、これ持ってけ」

「おおきに」

「他にいるもんがあれば、遠慮なく言え」

「ふふ…千秋もが心配なんやね」

「…隣でぎゃーぎゃー泣かれたら煩くて堪らねぇからな」

「その手にあるんは?」

「暫くスタジオで練習してくる。だから、遠慮なく泣かせとけ」

「素直やないねぇ…」

頭からかけられているタオルのせいで、そばに千秋がいるのはわかったけれど、その表情は見えない。
でも、頭を撫でてくれる手から伝わる優しさが、胸を締め付ける。

「…ち、あ…」

「無理すんな。こいつをタオル代わりに使いまくって、思いっきり泣いて…そんで、寝ろ」

「酷いわ、タオル扱いなん?」

「ティッシュと言わなかっただけ、マシだろう。…っと、そろそろ予約してた時間だ。行くぜ」

「気ぃつけてな」

「…い、てら…しゃ」

微かにタオルを持ち上げ、千秋を見送ろうと隙間から外を覗くと、ぱっとタオルが取り上げられた。

「行って来る」

まっすぐ見つめる力強い視線…それとは反して、優しい声。
そして、目元の涙を拭うようなキスをひとつ。

「そんな泣き顔じゃなく、明日は笑顔見せろよ」

「あーあ…ほんま、千秋はオイシイとこ持ってくわ。これじゃ俺、ただのピエロやないの」

「ばーか、お前がを部屋に連れてくのを見送る俺の方がピエロだろ。……任せたぞ」

「帰って来たら、声かけてや」

「あぁ」

踵を返して外へ向かう千秋を二人で見送り、姿が見えなくなると、蓬生が部屋に向かって歩き出した。

「千秋と話して、少し落ち着いたみたいやね」

「…ん」

「けど、まだ目がウサギさんや…も少し、俺と一緒におってくれる?」

「ん…」

器用に部屋のドアを開けると、蓬生はあたしを下ろすことなく部屋の中へ身体を滑らせた。
ぱたん…と音を立てた後、ガチャリと鍵がかけられる。



――― 自分と蓬生以外…誰もいない



改めてそう考えると、気が緩んだのか…再び視界が揺らぎ始めた。
抱き上げている蓬生がそれに気づかないはずもなく、歩きながら優しく声をかけてくれる。

「我慢せんでええよ。の泣き顔…俺は好きやから」

「……変な、の」

「心から気持ちが溢れとるっちゅうことやん。俺は、そんな素直とちゃうから…あんたのそういうところ、好きなんよ」

抱きしめたまま…蓬生がベッドに腰を下ろすと、二人分の体重を受け止めたベッドが軽く軋んだ。

は、ええ子や…よぉやっとる」

「っふ……っく…」

「我慢せんでええんよ…声、出して泣き」



他愛無い言葉が、心を刺激する。
優しくされると、泣いてしまう。

ぼろぼろと…涙が溢れる。
蓬生の腕に、胸に…零れ落ちる。



「こうして、俺がそばにいたる…千秋も、ちゃんとここに帰ってくる言うたやろ」

「っん、……ぇっ…」

「誰も、あんたのそばからいなくならへん。だから、な?」

だらりと下ろしていた手に力をいれ、蓬生の服を掴む。
ここにいるのだと、そばにいるのだと確かめるために、胸に顔を寄せる。

「たとえあんたが何をしたとしても、俺は…を信じとるし、キライになったりせぇへんよ」

こめかみに宥めるように口づけると、蓬生があたしの身体をしっかり抱きしめてくれた。



今だけは、こうして抱いていて…
いっぱい泣いて、胸の中の物を吐き出してしまえば
明日はまた、少し笑えるから

もう少し、頑張れるから…



だからお願い、そばにいて
ひとりに、しないで

誰も、いなくならないで…





BACK