「・・・っ」
「チャン?」
「?」
不意にこみ上げて来る熱。
ずっと、ずっと前から胸に溜まっていた・・・何か。
八戒と悟浄と昼食を食べて、片付けもそのままに本を読んでいたら・・・急に胸が苦しくなって、瞳から一筋の雫が零れた。
それが何かを知っているけど、今は二人を何とかしなきゃ!
「どうし・・・」
心配そうに手を伸ばして来た八戒の手から逃げるように立ち上がると、持っていた雑誌を机に置いて後ずさる
「あ、あたし・・・ちょっと席外すね!」
「ちょっ、?」
クルリと背を向け、部屋に一目散に駆け出そうとしたあたしの足は・・・何故かその場から動く事が出来なかった。
「?」
「ったく、こんな時だけ素早くってどーすんの。」
思いっきり机の上に乗っかってあたしの手を掴んでいるのは・・・悟浄。
「・・・悟浄、離して。」
「チャンがオレの目見て、席外すって言ってくれたら・・・離してやる。」
そんな事、言えるわけがない。
「じゃなきゃ、何があっても離さない。」
いよっと言う声と共に悟浄が机を乗り越えて、あたしのそばに立った。
「・・・、僕らがいない方がいいですか?」
顔を上げられず、ただ俯いているだけのあたしの頭を軽く撫でながら八戒の優しい声が聞こえてくる。
いない方がいいわけない。
「あのな、オンナがこんな態度取ってる時に正攻法でいってもしょーがねェっつーの。」
悟浄が呆れるように言う。
「無理強いする事がいい事だとは思いませんが?」
八戒も同じく呆れるような口調で悟浄の言葉に反論する。
そんな風にやりあいながらも、悟浄があたしの手を掴んだままなのも、八戒があたしの頭に手を置いているのも・・・そのまんま。
そこから伝わる熱さが、今のあたしには・・・熱すぎて、辛い。
自然と溢れる涙は止められなくて、床にポツリポツリと落ちていく。
どちらともなくそれに気付いたのか、気付けばあたしは二人の腕に抱きしめられていた。
「・・・心が溢れちゃったんですね。」
「チャンは頑張りすぎなんだって・・・も少し肩の力、抜いてみろよ。」
「貴方は抜きすぎですけどね。」
「うっせェ」
「キュゥ〜」
気付けばジープも心配そうにあたしの足元に近づいていて、足に頬を摺り寄せている。
皆に、心配かけちゃってるんだなぁ。
そう冷静に思う心がある反面、逆に心に溜まった何かを吐き出したくてしょうがないあたしがいる。
悲鳴をあげる心、意味も無く溢れてくる涙。
それらを受け止めるべき皿は既に別の物でいっぱいになっている。
辛い、苦しい、止めたい・・・そんな負の感情。
誰にも見せたくなくて、言いたくなくて・・・言った所でどうにもならない心。
それを受け止めてくれるのは・・・
「」
優しい翡翠の瞳を持ち、癒しの声を持つ八戒。
「チャン」
燃えるような紅の瞳を持ち、胸に染みる声を持つ悟浄。
いつも側にいないけれど、ここにくれば誰よりも心配してくれる。
気にかけてくれる・・・心優しき同居人達。
ひとりでは立ち上がれなくても、目の前に差し出される手は・・・二本ある。
どの手を取るも自由だけれど、今のあたしは迷わず二人の手を片方ずつ取ろう。
「八戒・・・悟浄・・・」
「おやおや、お目目がウサギさんですね。」
「あーほら、タオルタオル。ちゃんと冷さねェと腫れるぞこれ。」
「そうですね。」
抱きしめられていた腕から抜け出て、顔を上げると二人が苦笑しながら頭を撫でてくれる。
あたしが泣き止むまで、落ち着くまで抱きしめてくれていたのは二人の腕。
深呼吸できないあたしに、呼吸を教えてくれて・・・辛さを吐き出せずにいるあたしにそれを吐く術を教えてくれる。
あたしにとって、無くてはならない存在。
それが、今のあたしの ――― 同居人。
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