「だぁぁぁぁっっっ!!」

「お、なんだ?久々に来たか?」

ソファーのクッションをむんずと掴んで近くにいた悟浄に投げつける。
けれど相手は慣れたもので、煙草を吸いながらひょいっと避けた。

「避けちゃヤダ!」

「ヤダって・・・」

苦笑しながら側に落ちたクッションを拾うと、本来の使用方法である背中に置いてそれによりかかる。

「煙草吸ってるトコにこんなのぶつかったら焦げるっしょ。」

「んじゃ、それ消して!」

「・・・ははっそりゃそうだ。」

こんな無茶苦茶な事言ってるのに、悟浄は嫌な顔ひとつせずに言われたとおり煙草の火をもみ消して灰皿を安全な場所に置いた。
そしてそのまま背中に置いていたクッションを取ると、あたしの方へ放り投げた。
柔らかな音がしてあたしの目の前にクッションが・・・落ちた。

「今度は避けねぇから、来いよ。」

頭に血が上ったままクッションを拾い上げて、もう一度悟浄に向かって投げつける。



――― 避ける、と・・・思った。



「・・・ごじょ・・・」

避けなくても手で庇ったりすると思ったのに・・・

「おーっ結構威力あんなぁ、コレ。」

悟浄は最初に言ったとおり避けずにあたしのクッションを顔で受け止めた。

「なんで・・・」

「ん?」

「何で避けないの?」

「言ったろ?今度は避けねェ・・・て。」

「・・・」

声が出ない。
あたしの醜い八つ当たりの標的に悟浄がなる必要なんて無い。
それなのに、悟浄はいつもと変わらない顔でそれを受け止めてくれている。

「・・・馬鹿。」

「あ?」

「悟浄の馬鹿!!」

「うっわぁ〜・・・サルに言われるよりチャンに言われる方が効くわ。」

「ただの八つ当たりなのに!どうして避けないの!!」

両手をグッと握ってソファーの端を握りしめる。
抑えきれない熱が、抑えきれない何かが・・・あたしの中から溢れ出す。

「ただ・・・物にあたってるだけなのに・・・」

「それぐらいわーってるって。」

気付けば少し離れた場所にいたはずの悟浄が目の前に膝をついて座っていた。

「どんだけ一緒にいると思ってンの。」

「悟浄・・・」

「この悟浄サマをなめんなよ?」

「・・・ごめん。」

「謝るトコじゃねェだろうが。まだなんか胸に詰まってんだろ?」

そう言うと自分の胸を指差して、軽くウィンクした。

「このオレサマがぜーんぶ聞いてやっから、言ってみろ・・・な?」

「・・・無いもん。」

「何もないヤツが、どっかの坊主みたいに眉間に皺寄せてるはずねェだろ。」

「・・・」

「意味なんて必要ねェよ。理解したいワケじゃない。ただチャンが抱えてるその重いモン吐き出させてやりたいダケ。」

そう言いながら優しく抱き寄せて頭を撫でてくれる悟浄の手があまりにも優しかったから・・・つい、ついその優しさに甘えてしまった。





・・・もう、嫌。

「ん。」

「自分の人生、歩きたい・・・」

「・・・だな。」

「自分の、事を・・・考えたい。」

「あぁ。」

昔から当たり前のように背負っている、決められた人生。
それを背負うのは普通であればもっと、もっと後のはず・・・けれど自分はそれを幼い頃に背負う事を決められてしまった。

「ひとつの事だけ考えたい。」

「・・・」

「もう嫌・・・」

「頑張ってるよ。」

「・・・」

チャンは、頑張ってる。」

「そんな言葉、いらない。」

「・・・だな、ワリィ。けどな、オレがチャンにやれるのは・・・そんな言葉と、この手だけだ。」

一瞬息が出来ないくらいキツく抱きしめられ、息を飲んだ。
そしてすぐに緩められた腕から顔をあげれば、唇を噛み締めた悟浄の・・・顔。

「ごじょ・・・」

「・・・ん?」

「どしてそんな辛い顔してるの?」

「・・・チャンの顔と、同じだぜ?」

「え?」

「今だけ、オレはチャンの鏡だ。」

「・・・」

「こんな辛い顔、どうしたら笑顔に変えてやれるか・・・さっきからずっと考えてる。」



悟浄にこんな顔させてるのは・・・誰?



「ははっ、マジ馬鹿だわ・・・オレ。チャン抱き占めるくらいしかわかんねェんだ、マジで。」



優しく抱きしめてくれている、この人を苦しめてるのは・・・ダレ?



「これじゃ馬鹿って言われても否定出来ねェな。」



それは・・・ ――― あたし ―――



・・・嫌い。

唇が震え、その震えが体全身に広がる。

「え?」

「あたしが・・・嫌い。」

震える体を悟浄に預けたまま、堪えきれず零れた涙は一筋の線となって頬を伝い・・・悟浄の腕に落ちた。

「あたしなんか・・・」

あたしがいなければ悟浄はこんな顔しない。
あたしがいなければ、誰も苦しまない。


「あたしなんか・・・いなけれ・・・」
「それ以上は・・・ナシ。」

悟浄の手があたしの口を覆って、紡ごうとした言葉は・・・消えた。

チャンがいてくれて、こうしてオレにぶつかってくれるコト・・・オレは嬉しいんだゼ?」

額をコツンと当てて至近距離で響く悟浄の声が、まるであたしを縛っている何かを溶かすかのように全身を温かく包み込んでいく。

「前は何も言わず泣いてるだけだった。ケド、今日はこうして態度に表してくれてる・・・これって気を許してくれてる証拠だろ?」

「・・・」

自分の事なのに、今は自分が分からない。
ただただ悟浄の柔らかな声に耳を傾けるため、そっと目を閉じる。

チャンが自分のコトどんなに嫌っても構わない。その分オレが、チャンのコト・・・好きでいてやる。」



意味も分からず、ただ胸の中に重い物が積み重なっていく。
どんな事をしても、何をしても・・・それは消える事が無い。
言葉にして、話せればどんなに楽か・・・けれど、それを言葉にする力が今の自分には無い。
不快を全面に押し出して、側にいる人に不快な言葉をぶつけて・・・そんな事しか出来ない自分は殻にこもるしかない!



嫌い、嫌い、嫌い!!





そんな言葉でいっぱいの部屋の中、思い扉を開けて手を差し伸べてくれるのは・・・

「どんな罵詈雑言でも聞いてやる。どんな事でも受け止めてやる。ケド・・・チャンの荷物を肩代わりしてやる事は、オレには出来ない。」

「・・・」

「だけど、頑張ってるチャンを支えてやる事は出来る。いつでも、どこでも、どんな時でもこのオレはこうして肩を抱いて、声をかけてやる。」

「ん・・・」

「・・・頑張ってる女ってのは、どんな美女よりも魅力的だぜ?」

「・・・バカ。」

「バカで上等!でもチャン、そんなバカ嫌いじゃねェだろ?」

顔をあげれば、いつものようにイタズラを成功させた子供のような顔をした悟浄がいた。



――― 今だけ、オレはチャンの鏡だ



それならあたしは今、さっきまでの表情とは変わってるのかな?

「な、嫌いじゃねェだろ?」

「・・・うん。」

不思議。
さっきまで全然笑いたいなんて思わなかったのに・・・あたし、頬が緩んでる。

「ンじゃ、ストレス発散として・・・悟浄サンと遊びますか!!」

途端に悟浄が笑顔であたしの体をひょいっと抱き上げた。

「ごっ悟浄!?遊ぶって!?」

「ん〜そうだな・・・取り敢えず、一緒に洗濯モン干すってのはどーよ?」

「・・・」

「そうすりゃ買い物から帰った八戒に褒められるゼ?」

「・・・そ、だね。」

「よっしゃ!ンじゃ行くか!!」



ねぇ悟浄、慰めで言ってくれた言葉だろうけど・・・嬉しかったよ。
誰かに必要とされる言葉が欲しい時、いつもそれを言ってくれるのは悟浄だよね。

・・・ありがとう、またあたし頑張れる。

だから側にいてね。

ずっと、ずっと・・・





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