「おや?どうしたんです、こんなに残して・・・」
「ん〜・・・ちょっと食欲無くて・・・。」
「普段、私に食事を勧めている人の言葉とは思えませんね。」
普段なら、食の細い私に色んな手段を使ってでも食べさせる人の言葉とはとても思えない。
誰より食物を大切にし、出された物は必ず全て食べる彼女がこんな事を言うなんて・・・ありえない。
何も言わず、僅かに手のつけられた食事を下げ、その代わり人肌に温めたミルクに少量の砂糖を落とした物を持って戻る。
「せめてこれくらいは飲みなさい。」
「・・・牛乳、飲めない。」
「体が受け付けないと言う事くらい知っています。でも何も食べずに休む事は許しません。」
「・・・。」
しぶしぶ、と言った様子で私の手からお気に入りのカップを受け取ると、ふぅふぅと冷ましながらそれを飲み始めた。
その様子に安堵して隣に腰を下ろす。
「・・・飲めますか?」
「うん。」
「いい子です。」
子供を褒めるかのように、そっと頭を撫でてやると今日始めて彼女の肩から力が抜け・・・目を細めて微笑んだ。
その時になってようやく彼女の望む物が目に見えて、苦笑した。
――― あぁそうか、貴女が飢えていたのは・・・ ―――
「申し訳ありません。」
「え?」
「がそんなに渇望していたのに気付けないなんて・・・」
「渇望???」
「・・・これ以上ない、と言うくらいあげますよ。」
優しく微笑みながらの手からカップを抜き取ると、テーブルの上に置いた。
そのまま彼女の背中に両手を回して抱き寄せる。
「なっ直江さん!?」
「元気な時は何を言っても私から離れないくせに・・・どうしてこんな時ばかり素直にならないんですか。」
「・・・な、何?」
「人に頼る事を無意識に避けてるんですね。」
「そんな事っ!」
腕の中でジタバタと暴れる体を力で抑え込む。
「それともこうして手を差し伸べられるのを待っていた?」
耳元に囁けば、胸を叩いていた手がピタリと止まる。
「・・・気付くのが遅くなってすみません。」
「なお・・・え・・・」
腕の中にすっぽり収まってしまう小さな体。
少しでも力を入れれば容易く折れてしまいそうな、手足。
私の愛も、想いも・・・全て受け入れてくれる、女性。
けれど自分自身の思いを受け止める事には酷く不器用で、人知れず傷ついて、自分を傷つけている・・・悲しい少女。
ゆっくり体を離して、なんとも言えない表情をした彼女の顔中にキスの雨を降らせる。
額に、瞼に、鼻に、頬に・・・そして唇に・・・。
「苦しくて、何も出来ないならしなくていい。」
「・・・」
「何もしたくないなら、しなくていい。」
「・・・」
「ただ、俺の腕に抱かれていればいい。」
「・・・でも」
戸惑いを指先でそっと封じるよう、小さな唇に人差し指を当てる。
「不安な想いは全部俺が預かる。」
「直江・・・」
「貴女はひとりじゃない。」
その言葉が引き金だった。
瞳が潤むと同時に彼女の想いがあふれ出した。
貴女が飢えていた物、それは ――― 愛
愛がいつも欲しいわけじゃない。
目に見える何かが、いつも無いと不安なわけじゃない。
ただ、寂しい時に触れられる温かさは・・・愛、が一番分かりやすい。
「誰よりも貴女を愛してる。」
「・・・ん」
私の乾いた心を潤してくれた貴女。
そんな貴女の心を、俺がいる事で癒せるのなら・・・いくらでも側にいてあげる。
側にいて、俺以外の人間では物足りなくなるくらい愛してあげる。
「・・・ただ一人を、愛してる。」
気が済むまで愛の言葉を囁いて、貴女が望む事をしてあげる。
乾いた心が ――― 満ちるまで
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