「!」
「ひっ・・・ひっ・・・ひっ・・・」
「落ち着いて・・・息、して下さい。」
「っっ!」
「そうだ・・・」
小刻みに震える彼女の身体をそっと抱きしめ、耳元で言い聞かせるよう囁く。
言われるがままに呼吸を繰り返すが、再び揺り返しがやって来た。
「〜〜〜あぁぁーーーーーっ!」
体の中の何かを吐き出すかのように声を上げ、悲鳴にも似た泣き声が部屋にこだまする。
そのまま彼女が壊れてしまわないよう肩を抱き寄せる。
「側にいる・・・」
「なっ・・・えっ・・・」
「待たせてすまなかった。」
きつく閉じられた瞼は真っ赤に腫れあがり、頬には幾筋もの涙の後が残っている。
ゆっくり開かれた瞳には未だ涙が後から後から溢れて止まる様子がない。
それでも俺の姿を認めたは必死で何か言葉を紡ごうとしている。
「な・・・お・・・」
「ゆっくりでいい・・・」
この状態のに心配そうな顔を見せると逆効果だ。
俺は穏やかな笑みを浮かべ、汗で額に張り付いた前髪をそっと指ではらう。
「うぅ〜〜・・・」
自分の手をギュッと握りしめ、口元へと運ぶ。
彼女の中の抑えきれない思いを必死で飲み込もうとしている姿が痛々しい。
「・・・」
名を呼び、前髪に置いていた手を今度は後頭部に回し・・・撫でてやる。
彼女を取り巻く辛く、痛々しい空気が少しでも軽くなるように・・・と。
今日は久し振りに友人が訪ねてくると・・・朝は楽しそうにその話をしていた。
それに注文していたケーキが届くから楽しみだ、とも言っていた。
――― その彼女に一体何があったのか。
「も・・・やぁ・・・」
「・・・」
「全部・・・無理・・・」
「・・・」
「色々言われても・・・出来・・・な・・・い・・・」
その言葉を紡ぐだけで・・・彼女の呼吸が荒くなり、再び大きく息を吸うと、すぐに体が震え始めた。
「」
「も・・・出来ないぃーっ!!」
・・・心からの、叫び
思いを吐き出すと同時に呼吸が再び荒くなる。
まるでマラソンをしているかのように小刻みに繰り返される呼吸。
時折息を吐く事を忘れてしまったかのように小さく息を吸う事のみを繰り返す。
その荒い呼吸にノドがついていかないのか、ヒューヒューと嫌な音を立て始めた。
それでも彼女は溢れる思いを告げるかのように声を紡ぐ。
「あれも、これも・・・って・・・言う、ケド・・・あたしは・・・」
それから後の言葉を・・・俺は聞く事しか出来なかった。
彼女の境遇から、逃れる事が出来ない事はわかっている。
けれど・・・をこんなにまで苦しめる相手の甘えきった感情にどうしても腹が立ってならない。
「は充分やっている。」
「で・・・も・・・」
「でもじゃない。は精一杯やっている。それ以上貴女がやる必要などない。」
「でも・・・ね・・・」
貴女はどうしてそんなに優しいんですか。
こんな風になってまで、相手の事を気遣う事なんてないんだ。
寧ろそんな人間など・・・切り捨ててしまえばいい。
今までどれだけ自分の時間を犠牲にしてきたんです。
貴重な時間を犠牲にしてまで・・・そこまで貴女が尽くす必要が何処にある。
彼女を支えていない方の手を爪が食い込むまで握りしめる。
微かな痛みが今にも俺の口から零れてしまいそうな罵詈雑言を食い止める。
「・・・あたしは、万能じゃ・・・ない・・・」
「・・・誰も全ての出来事をこなす事なんて出来ませんよ。」
「ん・・・」
「全て上手く出来る人間なんて、いないんです。」
「・・・ん」
「その中で、貴女は充分立派に様々な事をこなしています。」
貴女がしている事を認めた所で、負担が軽くなる訳ではない。
そんな事、良く分かっているけれど・・・
「・・・彼らが貴女に甘えすぎているだけなんです。」
「も・・・いやぁ・・・」
「・・・。」
胸に顔をうずめるように反転した身体をしっかり抱きしめる。
「いや・・・ぁ・・・」
肩の震えが、俺の頬に伝わる。
こんな風に貴女を泣かせるヤツを、俺は ――― 許さない。
やがてがゆっくり顔を上げ、幼い子供のように拙い言葉で語り始めた。
「ケーキ・・・あるの。」
「・・・注文していたケーキですか?」
「ん・・・チョコ。」
心がいっぱいになって、泣き叫んだ後の彼女は・・・片言の言葉を覚えた子供になる。
「チョコですか。」
「直江さんの、取っといた。」
「ありがとうございます。」
笑顔で礼を言って頭を撫でると、幼子のような笑みを見せてくれる。
けれど・・・その目は赤いまま、涙の跡も消えてはいない。
「食べる?」
「えぇ、頂きます。」
にこぉっと微笑むと、彼女は俺の首に両手を回して肩に頬を寄せ擦り寄ってきた。
「・・・直江」
とても小さな声で囁かれた・・・名前。
「はい」
同じように小さな声で彼女の腰を抱き寄せて返事をする。
もう一度、今度は先程よりしっかりした声で名を呼ばれる。
「直江・・・」
「はい」
首に巻かれた腕の力がゆっくり抜ける。
そうして帰ってから初めて・・・の目がまっすぐ俺を見た。
「・・・」
「・・・ケーキ、一緒に食べましょうね。」
「ん」
その答に満足したのか、もう一度・・・今度は両手がしっかり俺の身体に回された。
仕事で忙しかった師走。
同じように彼女も忙しかったに違いない。
そして溢れてしまった心は、思いもよらない方向で彼女に襲い掛かった。
家に帰った瞬間、見てしまったあの死んだような眼差し。
そっと肩に手を置いた瞬間、ボロボロ零れた涙。
息をするのも忘れたかのように苦しそうに泣きながら喘ぐの姿は・・・これ以上ないくらい、俺の胸を締め付けた。
出来るなら、その原因を取り去りたい
この世から消せるなら、消し去ってしまいたい
けれど、それは不可能に近い。
彼女の心を締め付けるのは、血の繋がり・・・と言うモノだから・・・
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