「どうしたんだい、姫君」

「・・・え?」

友雅さんが持ってきてくれた絵巻物を手に広げて持ったまま顔を上げると、扇を口元に当てたまま優雅に微笑む友雅さんがいた。

「いつもの愛らしい笑みが、今日は雲間に隠れてしまっているようだね」

「そんな事ないですよ。新しい絵巻物見せてもらって嬉しいし・・・それに」

「それに?」

「・・・友雅さんが、側にいてくれますから」

「それが本心から出た言葉なら喜ばしいのだがね」

「え?」

「他の者は誤魔化せたのかもしれないが、私は誤魔化されないよ」

持っていた扇を脇に置き、その手がまっすぐ頬に伸びる。

「・・・休めていないのかい?」

「そっそんな事ないですよ!今日も詩紋くんが起こしに来てくれるまで寝てたし、
その前も天真くんが外で名前呼ぶまで起きなかったし、それにお昼寝もしっかりしてますし!!」

「では、その焦燥した表情(かお)はどう説明してくれるのかな?」

「それは・・・」

「それは?」

・・・分かりません」





皆の前では努めて明るく振舞っていた。
時折急に胸が苦しくなったり、笑うのが辛くなっても・・・心配かけたくないから、ずっと頑張ってた。
その反動か、1人になると・・・何もかもが辛くて、布団に横になっても中々寝付けない。
だからどうしても朝起きるのが遅くなるし、昼間も眠くて仕方がない。



――― でも、どうして友雅さんは気づいたの?



「全く、神子殿と言い、鷹道と言い・・・どうして皆肩の力を抜くと言う事をしないのだろうね」

ため息をつきながら友雅さんがあたしの頬に添えていた手を後頭部に回し、そのまま自分の胸に抱き寄せた。

「うわっ」

「本当に・・・見ていられないよ」

「友雅さっ・・・絵巻物がっ!」

抱き寄せられて友雅さんとあたしの間に挟まれた巻物は見るも無残な姿になっているだろう。
それなのに友雅さんは何もないかのように更にきつく抱き寄せる。

「友雅さんっ絵巻物!」

「構わないから、それは離しなさい」

「でも」

持って来てくれた時、珍しい絵巻物が手に入ったって、それにこの後藤姫にも見せるって言ってたものだもん。
このまま離したら絶対どこか破けちゃう。
おろおろ戸惑っていると、耳にかかる髪を友雅さんの指がそっと払いのけ、あの甘い声で・・・そっと囁かれた。

・・・離しなさい」



――― 脳に響く、声



パサリ、と音を立てて手の中にあった絵巻物が落ちた。

「そう、いい子だ」

唇が耳に触れそうな程近くで聞く友雅さんの声は、まるで強いお酒を一気に飲むくらい強烈で、今にも心臓が止まりそうだ。



バクバクと音を立てる心臓



けれど友雅さんは二人の間を分かつように挟まれていた巻物をスルリと抜き取ると、改めてあたしの体を抱き寄せた。

「女房達も下がらせ、人払いしてある。ここにいるのは私と・・・だけだよ」

「・・・」

「少し肩の力を抜きなさい。君がそんなに頑張らずとも、この世は止まる事がないのだから」

「・・・え?」

その言葉に、初めて友雅さんの目を見つめる。
その目はいつものように前をまっすぐ見つめる物とも、女房たちに見せる優しげな目とも違う。
どこか寂しげな瞳。

「この世は姫君ひとりで回っているわけではないのだよ」

「それは勿論・・・」

「分かっているなら、肩の力を抜いてごらん」

「友雅さんにこんな事されたら力入っちゃいます」

「そう言う意味ではないと・・・分かっているのだろう?」

優しく髪を梳いてくれる手が、気持ちいい。
その感覚に流されそうになって、必死に口からこぼれそうになる言葉を飲み込む。

「頑張るの反対は頑張らない、以前そう話さなかったかな?」

「・・・聞き、ました」

「君は充分頑張っている。けれど時に頑張らない事も必要なのだよ」

「でも!」

「いつも頑張り続けていてはいつか倒れてしまう。体を癒す事は容易いが、心を癒すには・・・時間がかかる」

「・・・」

「だから、今・・・私の腕の中にいるこのひと時だけでも、頑張らないでいて貰いたいのだよ」

「友雅・・・さん」

「何よりそんな弱気なを、私は見たくない」



まるで愛を囁くように錯覚させる声。
そんな風に優しく、その声で名前を呼ばないで。
折角我慢している想いが、溢れてしまうから・・・



「・・・だって、友雅さんは泣いている女の人は、嫌いで・・・しょ?」

「泣いている女性はね」

「だから・・・」

「けれど、泣くのを堪えて1人肩を震わせている姫君は別だよ」

「・・・」

「今にも壊れてしまいそうな繊細さと、溢れる思いをその愛らしい唇を噛み締める事によって堪えている姫君の美しさを・・・この私に見せてはくれまいか?」



――― どうして



「・・・



――― どうして、この人には敵わないんだろう



「・・・誰も、私以外見ていない」





堪えていた涙がポロポロあふれ出し、友雅さんの衣を濡らしていく。

「春雨のように泣くのだね、貴女は・・・」

そう囁きながら、泣いているあたしの体をまるで子供のように膝に乗せ、そっと頭を撫でてくれる大きな手は暖かく優しい。
友雅さんの衣に顔をうずめ、声を殺してただただ心に溜まった膿を吐き出すように涙をこぼす。
小さく震える肩はしっかり友雅さんに支えられ、力なく投げ出された身体も友雅さんの全身で受け止められている。


こんな・・・安心して泣ける場所が他にあるだろうか。



「私がの全てを受け止めよう。だから今は・・・泣きなさい」

「・・・」










甘えてしまう、この人の大きな心に

頼ってしまう、この人の大きな腕に



――― あと少し、泣かせて ―――



そうすれば、雨の後空にかかる虹のように・・・友雅さんの為に、笑うから ―――



あと、もう少しだけこの腕にいさせて・・・





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