「弁慶。」
「こんな所にいたんですか、さん。」
探しましたよ・・・と、言いかけた言葉を飲み込んで苦笑する。
どうして貴女はそんな風に気持ちを抱え込んでしまうんですか。
ひとりで抱えきれるものじゃないというのは明白なのに、それでもひとりで頑張ろうとする。
「・・・いけない人ですね。」
ポツリと呟いた声は静かな部屋に微かに響いたけれど、まだ手の届かない位置にいる彼女には聞こえなかったらしい。
小さく小首を傾げる愛らしい姿を見ながら、一歩、また一歩と彼女の方へ足を進める。
「何かありましたか?」
「え?」
「・・・酷く、辛そうな顔をしていますよ。」
そう告げれば、彼女はまるで悲しみを全て覆い隠すかのように膝を抱えて身体を丸めてしまった。
今更隠しても、遅いですよ。
僕には見えてしまいましたから・・・
――― 君の頬に残る、涙の痕・・・
自分の殻に閉じこもったかのように小さく蹲る君に、かける言葉が見つからない。
否、どんな言葉をかけても、君の心に届かないのでは意味がない。
それでも小刻みに揺れる肩を見て、見ていないふりをする事も・・・出来ない。
「・・・さん。」
「・・・ごめんなさい。」
「・・・」
「すぐ、元気になるから・・・いつもどおりになるから・・・」
――― 元気になって欲しい、など言っていない
「弁慶に心配、かけないから・・・」
――― そんな事、僕は望んでいない
「だから・・・少しだけ・・・」
――― ひとりにして ―――
掠れるような彼女の声が胸に刺さる。
こんな風に小さな身体で苦しんでいる女性を置いていけ、と。
何より大切に思っているあなたをひとりにしろと・・・僕に、そう言うんですか?
「・・・お願い。」
優しいあなたは自分の事で相手が悩むのを嫌う。
それがあなたの性格だと頭では分かっているけれど、今は・・・
引き締めていた口元を緩め、笑みを浮かべ彼女の髪を一度だけ撫でる。
本当は君の側を・・・離れたくはないんですよ。
「・・・君の言うとおりにしましょう。」
そんな想いを込めて触れた手を離し、立ち上がる。
そのままゆっくり部屋を出ると、そのまま木々の影に身を潜めて気配を隠す。
穏やかな風が温かな空気と共に、悲しげな泣き声を僕に届ける。
あぁ、やはり君は・・・ひとりで泣くつもりだったんですね。
「本当にあなたはいけない人ですね。」
「!!」
誰もいないと思っていた部屋で僕の声が聞こえた事に驚いたのか、顔を上げた彼女の瞳は・・・悲しげな涙で濡れたまま。
――― その瞳に、僕は・・・
「そんな風にひとりで泣かないで下さい。」
今度は彼女が何か言うよりも先に、その身体をそっと抱きしめる。
「我慢するくらいなら最初から泣いてしまいなさい。」
「で・・・」
「でも、じゃありません。すみませんが、僕は今少し怒っていますから、君の弁解を聞くつもりはありません。」
「・・・」
「僕はあなたにとって泣き顔も見せられないくらい頼りない存在ですか。」
「・・・?」
「優しい君の心が傷ついているのを、僕は見過ごす事は出来ません。
それに僕は目の前で涙を流されるよりも、こうして大切な君がひとりで泣いている事を後で知る事の方が・・・辛い。」
だから、僕を拒絶しないで・・・
「僕のいない場所で、ひとりで苦しまないで下さい。僕には君の全てを・・・見せて。」
素直なあなたを、僕に見せて・・・
「・・・さん。」
「・・・」
「あなたのその苦しみを、その涙を・・・僕にも分けて下さい。」
そっと彼女の頬を両手で包み込み、次から次へと溢れる涙をそっと唇で拭う。
その温もりが彼女に伝わったのか、床に落ちていた手が僕の衣をそっと掴んだ。
「弁慶・・・」
「側にいますよ。今夜は、ずっと・・・」
本当ならあなたの全ての苦しみを僕が無くしてあげたいけれど、それは難しいから。
だから、その苦しみを抱えているあなたを・・・僕が抱いていてあげます。
ひとりで立つのが辛いなら、僕の手を取って下さい。
僕は何があっても、この手を離したりしませんから。
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