意識を失った光明を部屋へ運んで1週間がたった。
初めの2、3日は視線が定まらず何処か遠くを眺めていた。
声をかけても聞こえていないのか一切反応を示さない。
4日目から部屋には戻らず、金蝉の執務室の椅子から離れようとはしなかった。
そこで夜を明かし体を休めていた。
声をかけると振りかえる様にはなったが、その表情は色をなくした彫像のようだった。
時折机の上にあるペンを手に取り眺めていた。
そして1週間たった今日。
何時もの様に仕事を二郎神に押し付け、金蝉の部屋にいるであろう光明の元へと向かった。整えられ必要最低限の物以外置いていない部屋。
机の上にある花は枯れ、萎れている。しかしその部屋に目的の人物はいない。
「ドコ行ったんだ…アイツ…」
観世音菩薩は主の居なくなった部屋の扉を閉め、再び光明を探すべく別の館へと足を向けた。
さり気なく通ったとある部屋の中に人の気配を感じ足を止めた。
「……か?」
その部屋の主はもういない。
そこは天蓬元帥の部屋で様々な本が床に乱雑に散らばっていた。観世音菩薩は本の山を足で崩しながら突き進んで行った。
すると部屋の隅にある本棚と本棚の間に目的の人物を見つけた。観世音菩薩以外の者が手を触れる事が出来ないほど傷ついてしまった光明の心。
無理矢理触れようとすると精神が崩壊しかねない。
空ろな視線は椅子に掛けられた白衣から動く気配を見せない。
観世音菩薩は何も言わず、閉めきられた窓を開け新鮮な空気を部屋へ送り込んだ。
タバコの煤で白から黄色へと色を変えたカーテンが風にそよぐ。
染み付いた煙草の匂いはなかなか消えず、一瞬煙草の匂いが部屋に立ち込めた。
「天ちゃん…そこでいつも見ててくれたの…」
倒れて以来一切音を発しなかった光明が話し始めた。
誰に言うでもなく…。
「天ちゃんに会いに来る時、いつもそこから入って…よく怒られた。ここは窓であってドアじゃないんです…って」
それを思い出したのか光明の表情が幾分和らいだ気がした。
「…」
「初めは金蝉の事ばかり思い出したの。怒った顔や仏頂面ばかりだったんだけど…館を出て行く時…金蝉は私だけに微笑んでくれて…嬉しかった。本当に…金蝉の事…大好き…だった。」
光明は瞬き一つせず視線を白衣からゆっくりと机上ヘ移した。
その瞳はいつしか潤み始め目尻から涙が零れだした。
観世音菩薩は窓辺から光明の側へと移動し、その隣に座った。
「…でも今思い出すのは…天蓬の声と…笑顔なの…それだけなの…」
光明は両手で抱えていた本を強く抱きしめた。
それは下界の戦乱をまとめた物で、本好きの天蓬が特に好んで読んでいたものだった。
「あんまりにも側にいて…気付かなかった…気付けなかった…い…いつも…温かく見守ってくれて…誰より心配してくれて…誰より側にいてくれた…」
光明は観世音菩薩の服を掴み体を小刻みに震わせていた。
「私…天蓬の事が…好きだった…金蝉と同じ位…ううん…それ以上に…」
そのまま光明は観世音菩薩の腕の中で声を殺して泣き続けた。
今はいない愛しい人
もしも、もう一度出逢う事が出来るのならば、今度は絶対に間違えない…
だからあの声でいつものように名を呼んで…
そして…翡翠の瞳でもう一度私を見て…
その翌日。
光明歌姫の姿は天界から消えた。
地上へ下りたのかそれとも天界の戦乱に巻き込まれたのか…
真実は全て光の中へ…
はい、華散時の間の話。まぁ悟空の岩牢に華が届く前ですね。
この後ヒロインは死んじゃいます。(きっぱり)
どうやって死ぬかは考えていませんし、書きません。(書けませんが正しいカモ)
華散時と花散想を読んだ人は何とな〜く気付いているでしょう。
ヒロインは金蝉に憧れていて、それを恋と錯覚しています。
天ちゃんはその気持ちを知っているけど言いません。天ちゃんも実はヒロインが好きなんです。
ヒロインは天ちゃんの死後、自分の本当の気持ちに気付きます。
切ないなぁ・・・(自分で書いておいて・・・。)
取り敢えずZERO−SUMに外伝が一挙掲載される前に自分の中の区切りとして載せたかったので慌てて内容確認してUPしました。
今回も偽者観世音菩薩ちゃんがいますね(笑)スミマセン(汗)