華耀がいなくなってからもうすぐ半年がたとうとしている。
地上にいた華耀を連れてきてしばらくの間、アイツはオレの側で侍女をしていた。
慣れない中、それでも楽しそうに働いている華耀の姿を見ているのは楽しかった。
しかし…天界の空気に下界の人間は馴染む事が難しいのか、一度体調を崩してからはベッドから起き上がる事すら出来なくなった。
そして…そのままアイツは
…華耀はオレの側から消えた。
それからやけに左隣が寒くなり俺の側から華耀がいなくなった事を嫌でも肌で感じるようになった。
そんな風に考えるなんて…思わなかった。
やがて1児の赤ん坊がやってきた。
華耀と同じ瞳と髪の色を持つ幼子…そいつの名前は…光明…。
「観世音菩薩様!光明が言葉を覚えました!先程私の事を二郎神と!!」
年の割に良く働く二郎神が今や光明の乳母(?)代りとなっている。
二郎神の腕の中で光明はオレの方を見てにこにこ笑っている。
「そりゃすげー、どれ…もう1回言って見せろ。」
「…赤ん坊にそんな無茶言わないで下さい。」
光明に顔を近づけじっとその瞳を見つめる。すると小さな口が開き音を発した。
「…か…ちゃ」
「ああっ?」
オレは口を大きく開けて光明を見る。光明は満面の笑みでオレの髪を掴み言葉を紡ぐ。
「かーちゃ!」
「かーちゃ?かーちゃんって事かぁ!?」
「…なんて間違えた認識を…」
二郎神は不憫そうに光明の頭を撫で、がっくりと肩を落とした。
すると今度は二郎神を指差しやはり満面の笑みを浮かべて得意気に声を発する。
「じーちゃ!」
「じ!じーちゃ!?」
「あははははは!お前はじーちゃんだとよ二郎神!!」
オレは久し振りに心の底から笑った。
光明は「じろうしん」ではなく「じーちゃ」と音を発していたのだ。
ショックで肩を落としつつも必死で自分の名前を覚えさせようとする二郎神から光明をひょいっと奪うと、外の景色を見せるため窓辺へ近付いた。
「…いつかお前はここを出て広い世界を見に行け。誰にも決められず、自分の思うが侭に道を選んで進んで行け…その手助けならいくらでもしてやる…」
「…う?」
光明が首を傾げオレを見る。
華耀と同じ…真っ直ぐな瞳で…。
頭を軽く撫でてやると光明は声に成らない奇声を発しはしゃぎ始めた。
オレの髪を掴んで口に運ぼうとしたので慌てて二郎神を呼び、光明を休ませる様指示する。
オレは華耀を助ける事が出来なかった。
だがあの子にはまだ多大なる可能性が秘められている。
あの子を無事に成長させる事が今の自分に出来る事だと心に決めると再び机に向かい、取り敢えず目の前の書類に適当にハンコを押し始めた。
しかし光明の実際の教育は、二郎神の努力の賜物によるものであることに観世音菩薩が気付く事はなかった。
もともと私の頭で考えていた時、この話に華耀は出てきませんでした。
当初、人間界から連れてきた女性が後のヒロインに育つと考えていました・・・が
それだと色々問題が出てきたので、このような話になりました。
出逢い編:金蝉で言っていた貴女の秘密はコレです。
観世音菩薩が初めて惹かれた人間・・・華耀。
その華耀に似た女性…それが貴女です。たいした秘密じゃないですね(笑)
でも観世音菩薩(二郎神)が育てて大きくなったんですよ。
母乳は貰わなかったでしょうけど(苦笑)