「捲簾大将!捲簾大将!全く…どちらにいらっしゃるのか…」
「…捲簾大将をお探しですか?」
兵の一人が振り向くと一人の歌姫が美しい笑みを携えてこちらに向かって歩いてきた。
「…光明歌姫様。」
「様…は止めて下さいませんか?光明で構いません。」
そう言うと光明歌姫は兵に向かって少しはにかんだ様に微笑んだ。
光明歌姫
数百年に一度の逸材と言われている天界一の歌姫。
天界における歌姫の役割は、戦へ赴く者達に向けて勝利の祈りを込めて歌を歌うこと。
天帝の催す宴に花を添えること・・・等である。
歌姫にも色々あり、神々はそれぞれお抱えの歌姫を持っているのだが、その中でも最高位に値するのが天帝直属の歌姫達である。
光明歌姫は最年少で天帝直属の歌姫の群に入り、僅か数年の歳月でその中で最高位の歌姫となった。
その人柄は暖かく、最高位となった今でも昔と変わりは無い。
人はみな光明を華の様だと言う。
光明がいるだけでその場は春の暖かさを告げ、光明が歩けば華の香りがする…と。
その為、人々は光明の事を華の姫…と呼ぶようになっていた。春を携えた華の姫。
普通、歌を歌う女性達は称して歌姫(うたひめ)と呼ばれるのだが、光明だけは華の姫と言う意味を込めて歌姫(かひ)と呼ばれている。
これがその由来。
「…捲簾大将が何か?」
光明に見惚れていた兵が慌ててその視線を外し、光明の質問に答えるべく姿勢を正した。
「はっ!天蓬元帥がお呼びでしたので…」
「元帥が…」
光明は口元に手を当て何かを考えていたが、やがて兵の方へ一歩歩み寄るとその手を取った。
「か…歌姫様!?」
「捲簾大将の事は私に任せていただけませんか?必ず元帥の元にお連れしますから…」
天界一の歌姫に見つめられ、尚且つこの様に手を握られてお願いされたら断われる訳が無い。
兵は首がちぎれんばかりに前後に動かしその後一目散に走って行ってしまった。
後に彼はこの話を仲間に自慢している所を元帥に見つかり、キツイお叱りを受ける事となる。…御愁傷様。
そんな事とは露知らず、光明はくるりと向きを返るとすれ違う者達に挨拶をしながら館を後にした。
「…花はイイねぇ。」
手にした杯を傾けながら男は散りゆく桜を木の上で眺めていた。
下から見上げるなんてもったいない。更に近くで地面に向かって散りゆく桜を男は好んで眺めていた。
ゆっくり散っていくはずの桜…が、一瞬不規則に散った。
「捲兄!」
聞きなれた声…否、聞きなれた不機嫌な声。男はその視線をゆっくり下へ向ける。
「捲兄!黙っててもわかってるんだからね!そこにいるんでしょ?」
そこには天界一と称えられている光明歌姫がいた。
裾の乱れも全く気にせず足で桜の木を蹴ったままの体勢で上を見上げていた。
「…足…見えてるぞ。」
いつもは隠れている筈の足が太腿まで見えている。そこまで力いっぱい蹴らなくても…。
「見慣れてるくせに何言ってんの?」
(オマエのは見慣れてねぇ…)
と、心の中で呟きつつも滅多に拝めないモノなのでさり気なく堪能させていただく。
「そっち行ってもいい?」
そんな捲簾の視線をさして気にも止めず光明はあっけらかんと言い放った。
「はっ?」
周囲を見渡し人がいないのを確認すると軽々と桜の木に登り始めた。
さすがの捲簾もその行動には度肝を抜かれ、慌てて手を差し延べる。光明はその手を借り捲簾の隣に腰を下ろした。
「あー木登りなんて久し振りぃ〜」
大きく伸びをして空を仰ぐ光明とは対照的に捲簾は大きな溜息をついた。
「あのなぁ…登るか?普通…ンな服で!?」
「あははぁ…まっ、気にしない気にしない。ハゲるよ捲兄♪」
実はこれが光明歌姫の正体である。
やりたい事はやる。
言いたい事は言う。
歌姫と言う型にはまる事が大嫌いで肩っ苦しい事も嫌い。
自由が好きで束縛が嫌い。
本当は歌姫の衣装より侍女の着ている服の方が好き。
自分の気持ちに正直で人の気持ちを大切にする。
周囲の人間に対しての気配りを忘れない。
この辺が皆に好かれるところであろう。
但し、気を許した者に対してはかなり厄介かもしれない。捲簾大将もその一人。
「そんな事より、天ちゃんが探してるらしいよ。」
「…マジ?」
「うん、捲兄の所の部下らしき人がそう言ってた。早く行かないと…やばいんじゃない?」
捲簾は手にしていた酒を一気に飲み干し地面に向かって飛び降りた。その後上を向き光明に声をかける。
「おい、オマエも来るか?」
「行ってもいいの!」
「…いいんでない?」
(少しは説教が短くなるかもしんないし…)
何て事を考えていたら光明が自分に向かって飛び降りてくるのが見えた。慌てて体勢を立て光明の体を受けとめる。
両手でなんとか受けとめると捲簾は光明に気付かれない様ほっと安堵の溜息をついた。その後、思いきり息を吸いこみ力いっぱい叫んだ。
「―バカかお前!一声掛けろよ」
「捲兄なら平気だと思ったから…ごめん。」
捲簾は刻妙に弱い。
もともと女に対しては優しいのだが、光明に対しては更に輪が付くくらい甘い。
光明に言われれば天蓬の眼鏡を盗む事も本を隠す事もやるかもしれない。(やりたくないが…)
「ありがとね。もういいよ、降ろして。」
光明が捲簾の肩を掴み下に降ろす様促す。しかし捲簾はそのまま歩き始めてしまった。
「け…捲兄!?」
「暫らく大人しくしてな♪ちゃん」
捲簾がにやにや笑いながら館に向かって歩いていく。
慌てて捲簾の腕から降り様と暴れていたが、やがて周囲に人が現れ歌姫の皮をかぶった光明はそのままお姫様抱っこのまま天蓬の部屋まで連れてこられてしまった。
「…何ですかコレ。」
飽きれる天蓬に光明は巷で華の笑みと言われている微笑を貼り付けたまま捲簾の腕の中から天蓬を見つめた。
「おっもしろかったぜぇ。会う奴みーんな目ェまんまるでさ♪ホントといると退屈しねーわ♪」
部屋に入って豪快に笑う捲簾の両頬を光明が思いっきり引っ張った。
「もういいでしょ!おーろーしーてーぇ!!」
「いてっ…てっ…」
下に降りたついでに捲簾の足を思いっきり踏んづけた。光明はやられた事は倍にして返す…タダでは起きない性格だ。
「でーっっ」
足を押さえる捲簾を無視して部屋の主である天蓬の方へ振り向いた。
「ゴメンね急に来ちゃって。いても平気?」
「勿論ですよ。その服…素敵ですね。に似合ってますよ。」
光明は満足そうに微笑み礼を言った。
「ありがと♪」
「それにしてもは本当に便利ですね。知ってますか?貴女最近【捲簾ホイホイ】って言われてるんですよ。」
「「は?」」
捲簾と光明が同時に擬音を発した。
「捲簾がいない時、の側を探すと必ず捲簾がいるんです。だから僕は捲簾を探す前にを探す様部下に言ったんです。そう言ってませんでした?」
「聞いてないよぉ!何ソレ!命名悪すぎ!」
「っつーかオレはゴキブリか!?」
天蓬はお茶を手にしながらにっこり微笑んだ。光明と同じ天使のような微笑を携えて。
「そうですね。に対して失礼ですよね?」
「ぅお〜い…」
その後光明は捲簾が天蓬の説教を受けている間、のんびりお茶を飲みつつ二人の様子を楽しそうに眺めていた。
捲簾ホイホイと言う妙な単語からできたお話(苦笑)
捲兄ファンの人ゴメンナサイ!!これでも私捲兄大好きです。
おまけとして歌姫(うたひめ)をヒロインだけ歌姫(かひ)と読ませたかったと言うのがあって。
ちょこっとその説明も入れさせてもらいました。(歌姫の役割もねv)
分かりづらくてスミマセン(汗)いずれヒロイン設定に色々と追加します。
タイトルが思いつかなくて、参謀に協力を願いました。
ネーミングセンス・・・ないんですよ、私・・・。