「ここがお前の部屋だ。足りない物があったら言え。」
そう言うと金蝉は光明に背中を向けてさっさと扉に向かって歩き出した。
「ちょ…ちょっと待ってよ!私この館の中の事、なんにも分からないのよ?」
光明は慌てて金蝉の服の裾を掴んだ。金蝉が面倒臭そうに光明を引き連れ一旦廊下に出た。そのまますぐ隣の部屋の戸を叩いた。
「隣が俺の部屋だ。ここだけは勝手に入るな。他は好きにしていい…分からなければ聞きに来い。」
「…分かったわ。」
そう言うと光明は与えられた部屋に静かに入っていった。
それを見て金蝉も自分の部屋に戻り観世音菩薩に呼び出されていた間に溜まった仕事を片付けることにした。
その日は何事もなく過ぎたが、次の日から金蝉は日々叫び続ける事となった…。
「光明!何処行った!!」
血相を変えて館の中を歩き回る金蝉に勇気ある者が声をかけた。
「金蝉様…一体何が!?」
「…あいつ俺の部屋のカーテンを勝手に変えやがった!」
「は?」
あまりの事に思わずその者は声をひっくり返してしまった。
「見つけたら速攻俺の所に連れて来い!お前達も手が空いてるんだったら一緒に探せ!」
「は、はい!」
主に逆らう事が出来ない者達が一斉に散らばって行った。
その中の一人がたまたま主の部屋の前を通りかかり好奇心からちらりと中を覗くと、見るからに不似合いな花柄模様のはいったレースのカーテンが風に揺れて踊っていた。
「金蝉って何であんなに怒りっぽいのかしら?絶対カルシウム不足なんだわ!!」
事件の犯人である光明歌姫ことは台所でのんびりと芋の皮むきの手伝いをしていた。
一緒に芋の皮を剥いていた老婆が小さく肩を揺らしながら笑った。
「はまだまだ幼いねぇ…」
「あらひどいわ?これでも私もうすぐ歌姫として天帝の宴に参加するのよ?」
は胸を張って手にした包丁を天井に向かって突き上げた。その様子を見て老婆は更に笑い始めた。
その様子にややふて腐れながらも椅子に座り直し、樽の中の新たな芋を手に取りゆっくりと剥き始めた。
「金蝉様は良くして下さってるよ。私達下の者にまで声を掛けて下さり、心配をしてくれる。今の天界でここまでしてくださる方は他にはいないよ…。」
「ふ〜ん…」
「光明、ここか!!」
の背に聞きなれた罵声が届く。
は椅子から飛び上がり慌てて側にいた老婆の背に隠れた。老婆は皺だらけの顔を金蝉に向けゆっくりと頭を下げた。
金蝉も軽く会釈をしそのまま老婆の後ろにいたの首根っこを掴んだ。
「…邪魔をした。」
「ひどい!私お手伝いしてたのに!!」
首根っこを掴まれたが掴まれた腕を外そうと暴れ始めた。
「説教が終わったらもう一度手伝え!その時まで準備をしていればな…」
「うえーっっ」
それは説教が限りなく長い事を意味している。は諦めて老婆に向かって力なく手を振った。
すると金蝉が急に踵を返して台所に戻った為、の視界から老婆の姿が消えてしまった。
「…夜は冷える。早めに切り上げて部屋に戻れ。」
「はい、金蝉様。」
そう言うと金蝉は再び自室に向かって歩き出した。
はその様子を不思議そうに眺めていた。
「金蝉って…結構いい人なんだ…。」
「人の事より自分の心配をしろ(怒)今日は簡単にはすまさねぇからな…」
背筋に冷たいモノを感じ、再度脱出を試みようと思ったがの力では金蝉の手を振り切る事は出来ず、そのまま金蝉の部屋に連れて行かれた。
その後、紙に向かって謝罪文を書き続けるの姿が金蝉の部屋見られ、老婆の芋は全て剥き終わってしまった。
金蝉の部屋に不似合いな物って何だろう…
そんな事を考えていたらできたお話。
金蝉の部屋で書いている謝罪文は単純な物で
「私は二度と金蝉の部屋のカーテンを勝手に変えません。」
と言う文章を金蝉がOKを出すまで書き続けるという物です(笑)
この話は書いていてとても楽しかったです♪