「うっわー可愛い!可愛い!!」
「俺もこの間見つけたばっかなんだ」
草むらの影からウサギの巣を覗く少年と少女がいた。
ウサギの巣の中には小さな子ウサギ達が母親の周囲を元気良く走り回っている。
更にウサギをよく見ようと、少女が身を乗り出そうとしたが、それを側にいた少年が慌てて止めた。
「おい、!ウサギが警戒するだろ」
「だってもっとよく見たいんだもん!ナタクだってそうでしょ?」
「そうだけど…」
二人の声が聞こえたのか母親ウサギが耳を立て、周囲の様子を伺い始めた。
とナタクはお互いの口元を押さえ静かに母親ウサギの行動を見つめる。
暫し様子を伺っていた母親ウサギだったが、やがて警戒を解いたのか、子ウサギ達の元へと戻っていった。
二人は胸を撫で下ろし、再びウサギたちに目を向ける。
「可愛いねぇ」
「だろ?、絶対好きだと思ってさ、一番に知らせたんだぜ!」
「ありがとね、ナタク♪」
がナタクに笑顔を向けると、ナタクはくすぐったそうにから目を逸らした。
けれどそんなナタクに気付かないのか、はすぐに視線を子ウサギに戻し、母親の周りで目を閉じ眠ろうとしている様子を眺める。
空は高く、風も穏やかな一日。
二人は暫らくその場で時を過ごした。
やがてナタクが何かを思い出したかのようにの方に声をかけた。
「…なぁ、俺、思い出したんだけどさぁ」
「ん〜なにー?」
はウサギに夢中でナタクの言葉を上の空で聞いているようだ。
「今日さ…宴、あるとか言ってなかったか?」
その言葉を聞いた瞬間、今まで寝転がっていたが急に起き上がり、引きつった表情でナタクに尋ねる。
「…今…何時?」
「…走るか」
ナタクの言葉を聞くより先には猛然と走り出した。
勿論その後にナタクも続く。
「さすがに今日、遅刻はマズいの〜〜っ!!」
「…いや、歌姫として遅刻は基本ダメだろ」
歌姫であるは、天帝自身が"光明歌姫"という名を授けるほど、誉れ高い歌姫である。
今まで歌姫の一人として、様々な不精の前で歌うことはあったが、今日は天帝直属の歌姫としてはじめて、皆の前で歌うのだ。
さすがのも、それをドタキャンするわけにはいかない。
子ウサギに夢中になって忘れていた…という、ある意味ふざけた理由で。
「いい加減諦めてください」
「あー…ったく、なんで俺がこんなのに出なきゃなんねーんだよ…」
腰の酒瓶を取りだし、ひとくち口に含み隣にいる白衣の男性に愚痴を投げ付ける。
白衣の男性は酒臭い息をかけられながらも笑顔で応えた。
「天帝の歌姫ぐらい覚えてくださいって言いましたよね」
「…いいじゃねーかよ、そんなの適当で」
白衣の男性はキラリと光る眼鏡を指で押し上げながら、あっさり言葉を発した。
「僕はもう、貴方の厄介事に巻き込まれるのは御免です」
「・ ・ ・」
厄介ごと…それは、捲簾の女性関係について、である。
以前こんなことがあった。
捲簾が何気なくオイシク頂いた女性が、実は天帝直属の歌姫一人であった。
その時は運悪く…というよりも、歌姫の口が流れる水のごとく緩やかだったため、お気に入りの歌姫が汚された…と天帝の耳に入り、捲簾は謹慎処分を言い渡された。
ハイハイ、と素直に謹慎を受けている間、彼の仕事が回った先は天蓬である。
――― ようするに、とばっちりだ
謹慎が解けた捲簾に、まず天蓬がぶつけたのは…溜まった書類と、ある言葉。
「貴方が誰と何をしても一向に構いません、が…お付き合いする女性はよ〜く考えてからにして下さいね。いい加減にしないと…」
その時の天蓬の表情は、捲廉が今まで見た事がないほど穏かな笑顔だったのだ。
「本当にヤりますよ」
けれど、その口から発せられた言葉はまるで、どろりとした毒のように捲簾の喉に張り付いた。
ゴクリと唾を飲み、酸素を肺に取り込もうと呼吸を試みるが…中々息が出来ない。
「…わかりましたね?」
「は、………はい…」
あの恐怖が繰り返されるなら、目の前の舞台に現れる人間の顔と名前を覚えるくらいなんてことはない。
背筋に走る戦慄を振り払うよう身震いしてから、視線を正面へと戻した。
「…覚えりゃいいんだな?」
「ええ。簡単でしょう?全員女性ですし、軍記を覚えろというんじゃないんですから…ほら、始まりますよ」
厳かな雰囲気の中、天帝が現れ、座位のまま口上が述べられた。
その後、舞姫達の舞に続いて歌姫達が姿を現したのだが…なぜか中央の部分がぽっかりと空いている。
そのまま何事もないように歌姫達が歌を口にするが…どうも何か欠けているようで、物足りない。
その違和感に、周囲の人間達がざわめき始め、歌姫達の動揺が歌に現れ始めた時…小さな少女が風のように天蓬達の横を駆け抜けていった。
自然と二人がその少女を目で追うと、彼女はそのまま舞台に上がり、今まで空いていた中央のスペースに何事もなかったかのように立った。
周囲のざわめきを気にもせず、後ろにいる天帝に笑みを浮かべながら、ゆっくり頭を垂れた。
「…大変遅くなりました」
天帝は憮然とした表情を少女に向ける。
当たり前である。
自分の歌姫のお披露目の場に遅刻し、尚且つその衣装は全身泥で汚れているのである。
「折角の華やかな場を私の謝罪で汚す訳にはなりません。お怒りは、後程お受け致します…ですが、今は…」
そう言うと少女は天帝に背を向け、視線を前に向け胸を張って歌い始めた。
それは今までの歌姫にはない声だった。
見ているものの心を揺さぶり、欠けていた何かを与えるような…歌声。
その声に導かれるよう、動揺していた歌姫達も再び歌を紡ぎ始める。
やがて終わりに近付くと、個々の歌姫の紹介の場となりそれぞれが名を名乗り周囲の人々に自らの歌を披露して行く。
やがて最後に先程の少女が現れた。
数分の間で身なりを整えたその姿は神々しいまでの美しさを放っており、周囲の人々から感嘆の溜息が漏れた。
「我が歌姫の中の最高位、光明歌姫じゃ」
天帝の紹介の後、光明歌姫は優雅に微笑み。歌を綴った。
それに満足した天帝は惜しみない拍手を送った。
歌姫達のお披露目も終わり、天帝が最後の言葉を告げている間も、ひとり落ち着かない歌姫がいた。
そして天帝の言葉が終わると同時に、歌姫の一人…そう、光明歌姫が舞台から飛び降り、登場した時と同じように扉へ向かって走り始めた。
「光明歌姫!天帝の御前だぞ!何処へ行く!!」
光明歌姫は扉に手を掛けたまま振り返り、その声に応えた。
「ウサギの赤ちゃん見にいくんです!さっきはあんまり見れなかったから!」
そういうと、天帝の部下の言葉に足を止める事無く、そのまま外へと駆け出して行ってしまった。
あまりの出来事に天帝は怒りも忘れたのか、頭を抱えてその場を後にした。
天帝とは逆に、残された人々はこの事態に動揺が隠せず、暫らくその場を離れる事が出来なかった。
しかしその中を動く影が3つ。
「いやーたまにゃ来て見るもんだ。イーもん見してもらった」
「そうですね…天帝のあの顔は夢に出てきそうです」
早々に広間を抜け出し廊下を歩きながら天蓬と捲廉は今見たばかりの歌姫の話をしていた。
「なんだっけか?名前。」
「光明歌姫ですよ。スゴイ女性が歌姫になりましたね」
「あっのバカ娘が!何処行きやがった!」
金髪の男性が広場を飛び出した光明歌姫の姿を探す。
「今日こそしっかり時計の見方教えてやる。」
この人こそ現在の光明歌姫の保護者、金蝉童子である。
当事者である光明歌姫は歌姫装束のまま先程までウサギ達を見ていた場所に戻り、静かにウサギ達を眺めていたとか…?
とりあえず…色々謝罪しなきゃだろ、これ。
もう、どこをどう手を加えていいのか、さっっっぱりわかりません。
いや、それでも手を加えたんですが、フォロー不可能(苦笑)
ナタクの出会い編も本当は下書きがあるんですが、まだ書けてないんです。
…というかそっちは世に出せない気がしますが(苦笑)
ま、これはあれです…歌姫のお披露目話、のはず。
天帝の雷よりも、肩っ苦しい歌姫の仕来りよりも…ウサギを堪能して部屋に帰った時にいる人が最強です。
はい、その人は勿論こめかみに怒りマークが3つぐらいついている金蝉童子でございます(笑)
あー…もーなんか天ちゃんと捲兄がニセモノだが…大目に見て(苦笑)
って、なんかその台詞ばっか言ってる気がする。