「はっか〜い!少し湖に入ってもいい?」
昼食後、八戒とジープと一緒に町外れの湖へ遊びにやって来た。
「いいですよ。タオル用意しておきますね。」
「うん!」
夏も終わったと言うのに、まだ夏気分が抜けない桃源郷の気候は残暑真っ盛り。連日30度を越える猛暑が続いていた。
この暑さの中、夜遊びを続けていた悟浄は早速夏バテ(しかも時期外れ)三蔵は暑い中外出なんてもっての他と言って最近あまり見てない。
そんな中規則正しい生活をしている八戒と、そんな八戒の栄養満点のご飯を食べて元気なあたしは湖に足を入れていつものように涼んでいた。
「ん〜♪気持ちいい!」
最初は岸辺に腰掛けてパシャパシャ遊んでいたんだけど、不意に足元をキラリと光る物が通り抜けて行って自然とそれを目で追った。
「・・・お魚?」
そう言えば以前悟空が一生懸命追いかけてたっけ?
あの時は一匹も捕まえられなかったんだよね。
「あっ、結構群れになってる!」
立ち上がってスカートの裾をまとめて手で持つと転ばない様、ゆっくりゆっくりその群を追いかける。
「あー・・・膝まで水の中だとかなり涼しい。」
今度水着持ってきて泳ぎたい気分だなぁ・・・あ゛でも皆の前で水着になるのだけはちょっと遠慮したいカモ、見せられるほど立派な体型じゃないしね。
「〜大丈夫ですか?」
いつもの場所から移動した所為か、八戒が心配そうにこっちに向かって手を振っていた。
いけないいけない、ひと言言ってから移動しないと心配かけちゃうよね。
「大丈夫!涼しくて気持ちいいよ〜!」
「それ以上奥には行かないで下さいね?」
「はーい!」
岸辺にいた八戒から再び視線を湖に戻すと・・・なるほど、あと5メートルも行けば水の色が変わってるから深くなってるんだろうな、きっと。気をつけなきゃ・・・。
そう思いながら当初の目的である小魚の群れを再び探し始める。
「ん〜どーこ行ったのかなぁ・・・もうちょっと深い所に行っちゃったのかな?」
キョロキョロ周りを見渡してもいないのでもうちょっと奥へ移動してみる事にした。
「それにしても気持ちいいなぁ。悟浄も家で昼寝してないで来れば良かったのに・・・。」
まとめていたスカートがちょっともたついてきたのでもう一度まとめ直して持ち上げると、すぐ先にキラリと光る石のような物が見えた。
「・・・?」
何だろうと思ってバシャバシャそっちに歩いて行く。
水の色が変わるちょっと手前から手を伸ばしてそれを取ろうと水中に手を入れるけど中々掴めない。
「んー・・・もうちょっとなんだけど・・・」
足元を確認しながらちょっとずつそれに近づいて、水面に横顔を浸けながら手を伸ばす。
「も・・・ちょっ・・・」
あと1p・・・と言う所で急に足元が深くなり、窪みのような所へ足がスッポリはまって
しまった。
「!?」
右足が窪みにはまった所為で体勢が変わり、左足は浅い方から水の色が変わっていた深い方をばたつく事になってしまった。
慌てて足を抜こうとするけどぴったりはまっているのか全然抜けない。
(ちょっちょっとヤバイかも!)
水面が僅かに上にあるのは分かるんだけど、顔を上げて息を吸う事は出来ない。
岸にいる八戒に助けを求めようにも指先が僅かに水面の空気に触れるだけ。
(く・・・苦しいっ)
足を抜こうと必死でもがくけど、足首が痛いだけでビクともしない。
ガボッと言う音と共に最後まで堪えていた空気が口から洩れた。
このまま・・・死んだらどうなるんだろう、あたし。
そんな事を思いながら自然と沈んでいく指先に何かが触れたの瞬間・・・あたしの意識は暗闇に沈んで行った。
「!」
異変に気付いたのはが僕に向けて手を振ってすぐだった。
僕がタオルを取っての元へ向かおうと腰を上げた瞬間、僅かな水音が耳に届いた。
すぐに振り返ると今までそこで笑っていたはずのの姿が・・・ない。
慌てて駆け出し、微かに水面に残っている波紋の・・・がいた場所へ向かう。
「!!!」
彼女の手が水面に沈む瞬間に掴んで引き上げようとするが、足が何かに挟まっているのかビクともしない。
「・・・くっ!」
既に呼吸の泡が出ていない事からの意識が無いのは明白。
僕はすぐに水中に潜ると彼女の足が挟まっている窪みに気孔をぶつけた。
の足がはまっている事からその強弱に気をつけ、ようやく彼女の足が外れた瞬間その体を抱き上げる。
「はぁ・・・はぁ・・・っ!」
ぐったりと僕の腕の中で横たわっている彼女の顔色は今まで見たことも無いほど白い。
慌てて腕を取ると弱弱しい脈拍が微かに僕の指に伝わってくる。
「・・・!!」
の体をなるべく動かさないよう細心の注意を払いながら岸に上がると、ジープが心配そうに側にやって来た。
「大分水を飲んでしまっているようですね。」
の体をジープが持ってきたタオルの上に横たえると、冷たくなった頬に両手を添えて首の角度を変えて気道を確保した。
「必ず・・・助けますから。」
片手で気道を確保したまま彼女の鼻を指で摘むと・・・大きく深呼吸をして息を止め、青白くなってしまった彼女の唇に生気を吹き込むかのように唇を合わせ、人工呼吸をした。
1回、2回・・・唇を外して耳を口元へ当てるが、まだ彼女は意識を取り戻さない。
「間に合わない、なんて事はないはずです。」
彼女の唇を軽く指でなぞり、今だ冷たい事を確認するともう一度息を吸い込み唇を合わせた。
「キュ〜」
心配そうに見守るジープの側で僕はひたすら人工呼吸を繰り返した。
「・・・!」
何度目かの人工呼吸での反応が微かに伺えた。
「・・・ゴホッ、ゲホッ!!」
「・・・」
体を横たえて苦しそうに水を吐くの背中を擦りながら、意識を取り戻した事を確認する。
「、大丈夫ですか?」
「ゲホッ・・・は、八戒?」
「・・・気持ち悪いとか、頭痛いとかありますか?」
労わるように乱れてしまった髪をそっと撫でながらの目を見つめる。
「ゴホッ・・・ん、平気。」
「そう、ですか・・・」
さっきまで真っ青だった彼女の唇も徐々に色づいて、元の赤みには遠いが微かに朱色になっている。
「ゴメンね八戒・・・」
「いいんです・・・貴女が、無事なら・・・」
手の甲で彼女の頬にそっと触れる。
青白く、陶器のように冷たかった頬が・・・冷たく冷えた僕の手を温めるほどに温かくなっている。
「・・・良かった。」
自然と洩れる安堵の言葉。
両手を伸ばして冷えきった彼女の体を温めるようにそっと抱きしめた。
貴女がこのまま意識を取り戻さなかったらどうしようと・・・本気で心配した。
微かに感じるの鼓動、徐々に暖かくなっていく彼女の体。
「本当に…良かった。」
そっと目を閉じた瞬間、僕の目から一筋の涙が…零れ落ちた。
意識を失う瞬間、何かに指が触れて…それを掴もうとしたのは覚えてる。
次に目が覚めた時に見たのは…至近距離にあった八戒の顔。
すぐに八戒って言おうと思ったのに、それより先に胸から込み上げる吐き気に耐えられなくていっぱい水、吐いちゃった。
苦しくて苦しくて…ずっと咽てる間、八戒はあたしの背中を撫でながら名前を呼んでくれた。
時折労わる様に頭を撫でてくれたり、頬を撫でてくれたり…抱きしめてくれたり。
まるであたしの無事を体全部で確認しているみたいだった。
それからまだ濡れてないタオルであたしの体を包むとひょいって抱き上げて、一番最初にシートを引いた木の下まで連れてってくれた。
「…心臓が止まりそうでしたよ。」
「ゴメンね。あんな所に窪みがあるなんて知らなくて…」
「だから言ったじゃないですか。奥に行かないで下さいねって。」
「ううっ…だからごめんなさいって…」
熱いお茶を飲んで一息ついた後は、八戒からお叱りの言葉を受けつづける。
自業自得とは言え…ちょっと辛い。
「は暫く水辺に近付いちゃダメです!」
「え?!」
「またあんな事になったら困りますからね。」
「暑い日も!?」
「えぇ。」
「残暑厳しいのに!?」
「勿論です。」
ええー!って文句を言いたい所だけど、これ以上八戒に迷惑掛けたくないし心配もかけたくない。
今年の夏も終り、残暑ももう少ししたら終るだろう。
「…わかりました。もう水辺に近付きません。」
両手を上げて誰かサンが良くするように降参のポーズを取ると、今まで眉を寄せていた八戒がホッと安心したかのようにいつもの笑顔を見せてくれた。
「もう誰かを失うような…そんな場面に出くわすのはゴメンですからね。」
後頭部に八戒の大きな手が添えられて、コツンと軽い音を立てて額が重なった。
その時、何気に八戒の口元に視線がいって…あたしの心臓がドクンと大きな音を立てて跳ねあがった。
そう言えば、あたし…どうやって意識を取り戻したの?
慌てて八戒から離れると背中を向けて頭を抱える。
全然覚えてない、だって目が覚めた時に見たのは…至近距離で目を閉じていた八戒の顔。
…え?って事は何?
まさか…まさか…ね。
「?どうしました?まだ何処か具合悪いですか?」
「なーっ何でもないっ!ちょっちょっとドキドキしてるだけ!!」
「大分水飲んでいたみたいですからね。今ここを片付けますから、家に帰ってゆっくり休みましょう。」
「そ、そうだね。」
いつもの様ににっこり笑顔で片付けを始める八戒。
だけど…どうしてもあたしの視線はその唇に向いてしまう。
背を向けた八戒に気付かれない様、そっと自分の唇に指を当てる。
水を吐く前、唇に触れた手がやけに温かく感じた。
…あの時は気のせいだと思ったけど、もしかしてあの時…あたし、八戒に人工呼吸して…貰ったとか!?
まだ確定した訳じゃないけど、その可能性は十分にある。
「?落ち付いた様なら帰りましょうか。」
「う、うん。」
「まだ具合が悪い様ならジープまで僕が抱いて行きましょうか?」
「いや、ううん!大丈夫!もう歩けるからっ!!」
緊張しちゃって右手と右足が同じに出ちゃってるよっ!
普段通りしないと八戒がヘンに思っちゃうのに!!
普通じゃないと自覚をすればマトモになるわけでない。
更に足は絡まってヨロヨロと地面に向かって倒れそうになる。
「ほら、危ないですよ。」
いつもの様に自然と差し出された八戒の手。
触れた瞬間、あたしの顔が火を吹く様に真っ赤に染まった。
恥かしくて…顔、あげらんない!!
まだ、そうと決まったワケじゃない。
でも考えれば考えるほど、八戒の顔を見る事が出来ない。
だって…人工呼吸とは言え、八戒とキスしたって考えたら…八戒の顔正面から見れるわけ無いじゃない!!
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NO10:ゆっこサンの『溺れたヒロインに八戒が人工呼吸』と
NO5:やまとサンの『八戒さんと少し距離が縮まる話』を混ぜさせて頂きました。
1つの話しで二人分の願いを叶えようと言うずるいお星様をお許し下さい(苦笑)
取り敢えず人工呼吸とは言えどキスvですからね(例え相手に意識は無かろうと(笑))
でも実際にうたた寝でキスした場合、現代で最遊記を読むヒロインは複雑そうですよね(笑)
え?そう思うの私だけですか!?