「八戒遅いな。」
「そうだねぇ・・・」
人込みを避けるように裏路地の入り口にボーッと立っていたあたしと悟空は待ち人が戻って行った方角をじっと見つめていた。
三蔵が近隣のお寺に行く間、いつもの様に悟空を悟浄達に預けに来た。
と言う事はまず第一にしなければいけない事は・・・食料の確保。勿論、悟空の為に。
どうせなら荷物持ちにって事で3人で買い物に来たんだけど、帰り道で八戒が買い忘れがある事に気付いた。
一緒に戻ろうと思ったんだけど悟空の空腹を満たす分だけの食料を一気に買い込んだ所為で流石のあたしも両手に袋を提げている状態。
で、結局邪魔にならない所で八戒を待つ事になったんだけど・・・待ってるだけって結構ヒマ。
しかもこっちで悟空の存在は目立つのかな?さっきからチラチラこっちを見てる人が多い・・・気がする。
あんまり人の視線を浴びる事に慣れていないあたしにはこの状態って結構キツイ。
額の汗を拭いながらふと隣にいた悟空が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいるのに気づいた。
「、具合悪いのか?」
「ん?そんな事無いよ。」
「でもさっきから何か眉寄せて唸ってるじゃん。」
・・・あー、やっぱり悟空って見て無いようでよく人の事見てる。
人込みに酔ったって言った所で悟空に上手く伝わるとも思わないし…。
「えっと・・・その、ちょっとのど渇いたから何か飲みたいなぁって思っただけだから・・・」
気にしないで・・・と言うあたしの意見は、生憎悟空には届かなかった。
「ノド渇いたのな?オレそこで何か買ってくる!」
「えっちょっ・・・ご、悟空!!」
名前を呼んで手を伸ばしても・・・既にその後姿は近くの露店へ向かっていて、あとに残されたのは大量の食材とあたし。
何か買ってくるって言ったけど悟空お金持ってるのかな?
オロオロと悟空の後姿を見ていたんだけど、どうやら小銭を持ってるらしい。
八戒が何かあったらって事で少しだけ渡してたのかな?
それならあたしは素直に荷物番してよう!ヘタにここを離れて荷物が盗まれちゃったら大変だもんね。
側の壁に寄りかかりながら八戒が戻って来るであろう右の道と、何時の間にか人だかりの中に埋もれてしまった悟空を交互に眺めていた。
それから1分もしないうちに・・・あたしはありえない状況に立たされてしまった。
「・・・?」
慣れない人込みと人の視線に疲れて自然と俯いて地面を眺めていたあたしの周りが急に暗くなった。
おかしいなぁと思って顔を上げればついさっき迄居なかった筈のお兄さん達があたしを取り囲んでニヤニヤ笑っていた。
多分普通であればカッコイイの部類に入るお兄さん達なんだろうけど、悟浄達を見慣れているあたしから見れば…ただの男の人にしか見えない。
そっか、皆と一緒に居ると自然と目が肥えちゃうんだ。
しかもこの人達、多分カッコイイと思ってやってる流し目のような変な目つきとか、髪を掻き上げるような仕草…ウザイ、とか思ったら悪いんだろうな、やっぱ。
そんな事全く知らないお兄さん達は尚も一生懸命話しかけてくるけど…ゴメンなさい、あたし悟浄達の言葉以外全然わかんないんです。
それを何とか示そうと「言葉が分かりません」って身振り手振りで伝えしたんだけど・・・どうやら彼らはそれを違う意味に取ったらしい。
先頭を切って話をしていた耳にピアスをつけた人が急にあたしの手を掴んだから、反射的にそれを振り払ってしまった。
するとその行為が気に食わなかったのか、側にいた別の人がもう一度あたしの手を掴んだ。
「・・・っ!」
あまりに強く掴まれて思わず顔が歪む。
そのまま路地の奥へ歩いて行かれそうになったから、空いてる方の手で壁を掴んで足もしっかり踏ん張ってその場で堪えようとした…でも所詮男の人の力には敵わない。
さっき手を振り払ってしまったもう一人の人が壁を掴んでいた手を解いてしまったから、あっと言う間にあたしは路地裏へと引きずり込まれてしまった。
視界に映るのはさっき八戒と悟空と一緒に買った大量の荷物。
あぁっ!折角悟浄が一生懸命賭場で稼いだお金で買った今日の夜ご飯がっ!!
誰かが見てなきゃ取られちゃうじゃない!
そう思って相手を睨みつけて文句を言おうとしたら・・・その空気に体が萎縮してしまった。
ピリピリと張り詰める緊張感と、徐々に遠くなる大通りを歩く人の声。
やばい・・・何だかすごく、やばい気がする。
頭がそう思うと体にもそれが現れてしまうもので・・・いつの間にかあたしの体は小刻みに震え始めた。
人間の喜怒哀楽に言葉は要らない。
相手にもそれが伝わったようで、さっき迄『怒』を露にしていた表情は今や『喜』や『楽』を表すものへと変わっていた。
微かに残っている力を振り絞って掴まれた腕を引っ張ってみるけどビクともしない。
掴まれている手の先は既に真っ赤になっていて、微かに指を動かすのが精一杯。
そのまま突き当りまで引き摺られて行くと壁を背に立たされた。
日が差し込まない路地裏は、今までに見た事が無い桃源郷の世界。
でも・・・まぎれもなく皆が住んでいる世界の一部。
両手を頭上に纏め上げられ、壁に押し付けられた痛みで顔が歪みそうになる。
何が起きてるのか分からなくて、怖くて、涙が出そうになるのを必死で堪える。
そんなあたしの心情も知らない目の前の人達は何かを言い争ってる。
少しでもあたしに何か出来れば、足が速ければ!力があれば!・・・こんなの振り切って逃げる事が出来るのに。
でも今のあたしは泣くのを堪えるのが精一杯。
唇をかみ締めて俯いていたあたしの顎をピアスの男が掴んでじっと目を覗き込んできた。
そいつの目に映るあたしは・・・今までに見た事が無いくらい、強い意志を持った目で相手を見ていた。
自分がそんな目をする事が出来るなんて、きっと現代にいた時には想像できないと言うくらいに・・・。
それが気に食わなかったのか顎に触れていた手が離れた瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
くらくらする視界、頬に残る熱、口の中に広がる・・・鉄の味
それが頬を殴られたと言う事を理解した瞬間、目の前の男達の後ろから何か白くて丸い物が二つ飛んでくるのが見えた。
そしてあたしの名前を呼ぶ声…
「 ―――――――――!!!」
声が届くと時に男達の後頭部には美味しそうに湯気を立てた肉マンがめり込み、二人とも両手で頭を抱えてうずくまった。
・・・肉マン、だよね。これ。
だけどぶつかった音を聞く限りだと、どー考えてもホカホカ肉マンと言うよりは石ってカンジだったぞ!?
そんな事を考えていたらいつの間にか二人とあたしの間に入り込んだひとつの影。
「・・・ご・・・・・・くう?」
肩で息をしている悟空の手には空の紙袋が握られている。
と言う事はさっきの肉マンを投げたのは・・・悟空?
食べ物を何より大切にする悟空が、それであたしを助けてくれたの?
「を泣かすヤツは、ぜってぇー許さねぇ!!!」
ボキボキと指を鳴らしながら肉マンを頭に乗せた男達に一歩一歩近づくと、まるでモーターでもついているかのような勢いで男達は元の道へと走って逃げて行った。
・・・女の子一人を苛める力はあるのにケンカする力はないのか?情け無い。
思考はそんな事を考えてるけど、体にはさっきまでの震えが残っていて・・・気づけばその場にペタリと座り込んでしまった。
「ほぇ?」
「!?」
「あ、ははっは・・・ゴメンね悟空、肉マン無駄にさせちゃって。」
「そんなのどーでもいいよ!それよりゴメン・・・」
「?」
「オレが一人にしちゃったから、こんな事になっちゃって・・・ホントごめんなさい。」
ギュッと両手を握り締めて頭を下げる悟空の姿が胸に痛い。
おかしいな…さっき迄泣きたくなるほど怖くて、一生懸命泣くのを堪えてたのに…頬を叩かれた痛みよりも今の悟空の姿を見てる方が辛いなんて…。
「…そんな事無いよ。」
「え?」
「悟空はあたしを助けてくれたじゃない。もしも悟空が来るの遅かったら、きっともっと酷い目にあってたかもしれないよ、あたし。」
出来る限り笑顔を作って爪が食い込みそうなほど強く握り締められた悟空の手を取ってその指を一本一本開いていく。
「あたしも気をつけなきゃいけなかったの。いつも皆がいてくれたからちょっと一人になるくらい大丈夫って思ったけど・・・甘かったね。」
「・・・」
「だから悟空が謝る事なんて無いよ。寧ろあたしがいっぱいお礼言わなきゃ。助けてくれてありがとう、悟空。」
笑顔で悟空の両手を包み込んでお礼を言ったら、急に悟空が顔を真っ赤にして落ち着きがなくなった。
「悟空?」
お腹空き過ぎた?それとも・・・何かあたしの後ろにある!?
掴んでいる悟空の手も顔に負けないくらい真っ赤になった所でいつも聞く優しい声が頭上から聞こえてきた。
「・・・大丈夫ですか、?」
「「八戒!!」」
「不埒なお兄さん達はキチンと片付けておきましたし、荷物も無事です。」
にっこり笑顔の八戒を見たら急に安心して・・・気付けばあたしは悟空の手を握っていた手で八戒のズボンの裾をしっかり掴んでいた。
それに気付いた八戒はその手を取ってしゃがみ込むと、いつもと同じ様に頭を撫でてくれた。
「・・・お待たせしてスミマセンでした。」
頭を撫でていない方の手が頬に当てられると微かに光って嫌な熱を持っていた頬を優しく癒してくれた。
ぽかぽか温かい光を感じて思わず目を閉じる。
その光はさっき迄の出来事を忘れさせようとするくらい・・・温かく優しいものだった。
光が消えると同時にゆっくり目を開けると、至近距離で八戒があたしの顔を覗きこんでいた。
「っ!」
「他に痛い所はありませんか?」
「なっっなっ、ないですっ!はい!!」
「・・・家に着いたらちゃんと手当てしましょうね。」
頭を撫でながら笑う八戒の顔はいつもと同じ。
通りの方から人の声が聞こえて、それが八戒の名前を呼んでいる事に気付いたからあたしは笑顔で八戒を送り出した。
残ったのはさっきまで赤い顔をしていた悟空とあたし。
あ、そうだ・・・さっき悟空が赤い顔してたのは何だったのか聞かなきゃね。
熱とかだったら薬買って帰らなきゃいけないし。
「えっと悟空・・・」
悟空の方へ振り向くと同時にギュッと抱きしめられて思わず目をパチパチとさせる。
何だ!?今何が起きてるんだ!?
「・・・オレ、絶対から離れないから!」
「悟空?」
「今度はちゃんと、守るからっ!」
「・・・」
悟空がどれだけ自分を責めているのか、分かる。
八戒に頼まれて一緒にいたのに、すぐ側だから平気、間に合うから平気と過信していた自分を責めているのが・・・何故かこの時分かった。
だからあたしは何も言わず、悟空の背中に手を回してそっと抱き返した。
「・・・ありがとう、悟空。」
「二人とも〜そろそろ行きますよ?」
八戒の声で我に帰った悟空がさっき以上に顔を赤らめて立ち上がった。
「い、行こう。!」
「うん。」
差し出された悟空の手を取って立ち上がる。
そのまま二人で手を繋いで八戒の所へ戻ったら、何故か荷物が無くなっていた。
悟空と二人で首を傾げていたら「親切な人が家まで荷物を運んでくれる事になった」って八戒が言った。
だから世の中にはいい人がいるんだねって八戒に言ったら、悟空と繋いでいない方の左手を取りながら何故か八戒は苦笑してた。
その苦笑の意味を肌で感じ取ったのは家に帰ってから。
玄関脇に積まれた荷物のそのまた隣に・・・死体、かと思ったら半死半生状態でなにやら呻き声を上げている二人の男がいた。
その顔には見覚えがあったけど、あまりの恐ろしさにそれを直視する事は出来なかった。
でも家に入る途中で手を繋いでいた悟空が「やっぱ八戒ってスゲー」と呟いたのは・・・聞き逃さなかった。
ってコトは、やっぱりあの人たちはさっきあたしに絡んできた人・・・って事だよね。
荷物を家の中に入れ、一旦扉を閉めると八戒が悟空の肩を叩いて声をかけた。
「悟空、悟浄が部屋で休んでると思うので起こして来てもらっていいですか?」
「うん!」
バタバタ部屋に向かって行く悟空とは逆の方向へ行こうとしている八戒に声をかける。
「あれ?八戒何処行くの?」
振り返った八戒の笑顔はそれはもう絵にも書けない美しさ…じゃなくて、背筋に氷を突然入れられたくらいの寒気を与えてくれた。
「害虫駆除が残ってるんですよ。それが終ったらお茶にしましょうね。」
そのままにっこり笑って外へ向かう八戒を止められる訳…ないよね。
外の扉に背を向けてあたしが耳を塞いだと同時に…なんだか凄い音が聞こえた気がした。
その後悟空に背中を押されながら起きてきた悟浄に外の騒音の意味を聞かれたから、今日あった事を手短に話した。
そしたら悟浄が三蔵みたいに青筋浮かべて妙な笑い方始めたと同時に錫杖を召還して外へ行こうとしたから悟空に手伝ってもらって必死で止めた。
い、今外に出たら巻添えくっちゃうって!!
それくらい外で鳴っている音は…凄まじかった。
これからは自分の為、人の為にも一人で歩く事は止めよう…とあたしが心に誓ったのは言う間でもない。
ブラウザのBackでお戻り下さい
当初は悟空に庇われて「ありがとう」と頭を撫でたら「俺ガキじゃねぇから!」と大人ぶる悟空が書きたかっただけだったんだけど…気付いたら、怒らせちゃいけない八戒・・・の話になってしまった(笑)悟空の話が少ないよなぁと思って考えた話だったのに、やっぱりこんな状況にあって八戒が出て来ないわけないじゃん!って思ったらこうなりました(笑)
書き始めた当初は完全ギャグになるはずだったのに、気付けばヒロイン大変な事になっちゃったよ(汗)
怖い思いさせてゴメンね・・・と言うか、怖いのは寧ろ最後の方の誰かさん(小声)
桃源郷は治安がいいとはあまり思えないので、ちょっと目を離すとこんな事にもなりかねないんじゃないかなぁと思ったのがキッカケでした。
悟空が食べ物よりもヒロインを大事に思ってるって言うのが伝わればオッケー!
でも季節が半年違うよね(苦笑)だって肉まんだよ!?