両目にコンタクトを入れて瞬きした瞬間、左目に違和感を感じた。
目を開けて目の前の鏡を見れば視界が歪んでいる。

「あー・・・はずれた。」

床に落ちたり洗面台に落ちると探すのが面倒だから目を閉じかけたまま睫毛に引っかかっているコンタクトを指に乗せ、もう一度入れようとしてその形がおかしい事に気付いた。

「・・・割れてる?」

指に乗っているのはちょうどおせんべいを半分に割ったような形をしたコンタクトレンズ。
破れたような、かけたような形をしていて・・・とても丸には見えない。
どこかに半分落ちてるのかなぁと思って自分の周辺を探しても見つからない。

「まさか・・・」

さぁーっと血の気が引いて鏡に顔を近づけて左目の下を指で押さえて、自分の目の中をじっと見るけど洗面所の灯りが光っているだけで目の中に割れた半分が残っているのか分からない。

「・・・あ、でも何か違和感ある。」

いつもコンタクトを取り出すように左目に触れる・・・けど、何も取れない。

「う・・・そっ・・・やだやだっ!目に破片が残ってたらどうしよう!!」

取り敢えず左目を手で覆いながら誰か他の人に見て貰おうと廊下に出た。

「八戒!悟浄!!」

二人の名前を呼びながら居間へ向かうと、空のコーヒーカップを台所へ持って行こうとした八戒の姿が見えたので慌ててその背に声をかける。

「八戒!」

?」

カップを持ったまま振り返った八戒の所へ行くと、あたしはすぐさま事情を説明した。

「だからっあのっ目に・・・」

「落ち着いて下さい、そこのソファーに座って貰えますか?」

動揺しているあたしの肩を落ち着かせるようポンポンと叩いてから、手を引いてソファーへ連れて行ってもらった。

「すぐ戻ります。」

そう言うと八戒が部屋の方へ早足で向かったと思うと、すぐに手に小さなライトを持って戻ってきた。

「ゆっくり手をどけて・・・そのまま上を向いてもらえますか。」

「・・・ん。」

「少し顔に触りますよ。ちょっと冷たいかもしれませんが・・・」

「大丈夫、それより・・・目、どう?」

「ちょっと待って下さい・・・」

頬に触れた八戒の手はちょっと冷たかったけど、それよりも目の中に欠片が残っている事の方が怖い。
もしも破片が残っていて、眼球に傷がついてたらどうしよう。
このまま見えなくなったりしたら・・・なんて事を考えてる間も、八戒はライトを使って目の中に破片がないかを調べてくれている。



このまま二人の顔、見れなくなっちゃうなんて・・・嫌だよ。
もっともっと皆の顔見たいし、皆と色んな物見て・・・色んな事したいよ。




そう思うと急に哀しくなってきて視界が緩んでくる。
それに気付いた八戒が手に持っていたライトを消して、そっと頭を撫でてくれた。

「これからすぐにお医者さんに行きましょう。さすがに僕がどうにかできる物じゃありませんから・・・」

「やっぱり・・・ある?」

「・・・多分。ただ僕は素人ですから、キチンと調べてもらった方がいいと思います。」

あぁ、やっぱり目に残ってるんだ。
これからあたしの目、どうなっちゃうんだろう・・・すぐに見えなくなっちゃうのかな、それともだんだん視界が悪くなってくるのかな。
そんな風にマイナス思考に走り始めた時、ソファーに座ったあたしの頭上から明るい声が聞こえてきた。

「ナーニ暗い顔してんの、二人で。」

ごじょぉ〜・・・

「どしたの、チャン?」

今にも泣きそうな顔をしたあたしの前に回りこんで心配そうな声で覗き込む悟浄の顔もはっきり見えない。
それはあたしの目が悪いとか、破片が入ってるからとかじゃない。
ただ単に・・・泣き出す一歩手前だから。

「説明はあとです。悟浄、を町のお医者さんへ連れて行きますからジープの運転をお願いします。」

「あ?どっか悪いのか?」

「今ジープを呼びますから、を外まで連れて来て下さい。」

それだけ言うと八戒は外で遊んでいるであろうジープを呼びに行った。
残されたのはマイナス思考まっしぐらのあたしと、いまだ状況説明をされていない悟浄。
このまま分からないままだと悟浄にも悪いと思って、手短に今の自分の状況を説明してみたけど・・・問題はそれが説明になってるのかどうかって事。

「コンタクト入れたら・・・割れた半分がどっかにいっちゃって、目に残ってるのかどうかもわからなくて・・・」

「割れた!?」

「うん・・・自分で見てもわかんなくて、八戒に見て貰ったら多分あるからお医者さんに行こうって・・・」

「ンじゃ今、目・・・見えないのか?」

あたしの頬にそっと両手を添えてじっと左目をのぞきこむ悟浄の顔が、やけに辛そうに見えた。
痛いのは悟浄じゃないのに・・・あぁそう言えば八戒も同じような顔をしてたなぁ。

「ううん、見えるけどぼやけてる状態。」

「・・・そっか、ンじゃ歩くのも危なっかしいな。」

言うと同時にあたしの体がふわりと浮いて、至近距離に悟浄の顔があった。

「ごっごじょ!」

思わずビックリして見開いた所為で、右目に入っていたコンタクトが落ちそうになった。
いつもならそんなあたしを楽しそうにからかう悟浄だけど、今日は一切そんな言葉はない。

「今は自分の事だけ考えてろ。外、風強いからゴミとか入らないようちゃんとコレで覆っとけよ。」

「あ・・・うん。」

手渡された白いタオルを左目に当てて悟浄の腕に抱かれたまま外に出ると、既にジープが待機していて後部座席に座った八戒が悟浄の方へ手を伸ばしていた。

「・・・代わります。」

「はいよ。」

「え?」

てっきりおろしてもらえるものだと思っていたのに、あたしの体は悟浄にお姫様抱っこされたまま後部座席に座っていた八戒の膝に移され、そのまま横抱きに抱えられてしまった。突然の事に慌てて八戒の膝から降りようとするよりも早く、後頭部をしっかり胸に抱え込まれてしまう。

「八戒!?」

「外は風が強くて乾燥してるんです。村まではどうしても砂埃が酷いですから、少しでもこうして埃がの目に入らないようにするしかないんです。」

でもこんな風に抱きかかえて貰わなくても、タオルを顔にかけてれば大丈夫なのに!!
そう思ってもしっかり八戒に抱きかかえられた体は動かせなくて、と言うかあたし自身が硬直して動けないってのが正しいかも。

「それじゃぁ悟浄、安全運転でお願いします。」

「リョーカイ。」

ジープのエンジンが入り、車がゆっくり動き出す。
微かな振動で体が動くけれど、何時も一人で乗っている時よりも体に感じる揺れは少ない。
それに・・・何だろう?あたしの体を包んでるこの暖かい空気は・・・。

恥ずかしくて閉じていた右目をそっと開けてみると、なんだかあたしの体が光に包まれたようにキラキラ光っていた。
これ・・・どこかで見た事がある。

「少しでも楽になるといいんですが・・・」

至近距離で苦笑しながら微笑んでいる八戒からその光は溢れていた。



あぁそうだ・・・この暖かい空気は、八戒の気だ。
前に怪我した時に手に当ててくれたのと一緒。



「お医者さんへ行くには砂上を通らなければいけないんです。もう少しだけ目を閉じていてください。左目だけはくれぐれもあまり動かさないように・・・ね?」

「・・・うん。」

「待ってろよ、すぐ医者に連れてってやるから!」

「・・・う・・・ん。」

悟浄の言葉の後に、ジープの鳴き声が聞こえた。
こんなに皆に心配かけて・・・本当にあたしって、馬鹿。















「お騒がせしました。」

診察を終えて心配そうに診察室内をウロウロ歩いていた悟浄と、ジープを膝に乗せて座っていた八戒に苦笑しつつ頭を下げる。

「無事・・・破片、取れました。」

ニッコリ笑顔でVサインを出すと、二人が同時に肩を落として大きく息を吐いた。
うわぁっ!ジープまでキュゥ〜とか言いながらため息ついてる・・・初めて見た。
そんなあたしの思いなど知らず、八戒の膝の上にいたジープがあたしの方へ向かって飛んできたので白い体を受け止める。甘えるように顔を頬に摺り寄せる仕草が可愛くて思わず首のたてがみの部分を撫でていたら、肩にコツンと言う音がして視界に突然赤い物が飛び込んできた。

「・・・良かったな。」

それが悟浄だって事に気付いたのは、耳元でその声が聞こえた時。

「あ・・・う・・・」

チャンの目に何かあったらどーしようかと思った。」

「悟浄・・・」

「ホント、マジ力抜けた。」

そのままずるずると崩れるようにその場に倒れた悟浄の前に、ジープを抱っこしたまましゃがみ込みもう一度頭を下げる。

「心配かけてごめんね、悟浄。」

「イイって・・・チャンの事心配すんのは当たり前だろ?」

髪をかきあげながらあたしの方へ手を伸ばしてきたので思わず首をかしげる。

「ほぇ?」

「だってサ、チャンは・・・」

悟浄の手があたしの顔に届く寸前、急に腕を掴まれ引っ張り上げられたあたしは背中に暖かな物を感じた。

「「八戒」」

「悟浄、僕はと薬を貰ってきますから先にジープと外で待っていて下さい。」

「あ゛?」

「すぐに行きますから。」

八戒の有無を言わせぬ声を聞いて、悟浄があたしの腕にいたジープの名前を呼ぶと名残惜しそうな顔でジープが悟浄の方へ飛んで行った。残されたあたしはつかまれたままの腕がちょっと気になりながら笑顔の八戒の方をチラリと見た。

「目薬が二種類でるそうですので、ちょっと待って下さいね。」

「あ、うん。」

「眼球に傷はなかったみたいです。自分でコンタクトを取ろうと無理しなかったのが良かったみたいですね。」



眼球に傷なかったんだ・・・良かった。



ホッと胸を撫で下ろすと薬を待っている間に、八戒がお医者さんの言っていた事をまとめて教えてくれた。
自分でコンタクトを取ろうと無理をして、黒目を傷つけてしまう人が多いらしい。
でもあたしはあまりいじらずここへ来たので黒目に傷はなかったらしい。
ただ最初に自分でコンタクトをとろうと目に触れてしまった所為で白目が炎症を起こしてしまっているのでそれを押さえる為の薬を出してくれる、と言う事らしい。

「痛くありませんか?」

「うん。目に入ったコンタクトを取る時、看護婦さんに頭抑えられてピンセットが近づいてくるのはちょっと怖かったけど・・・八戒達がいてくれるのが分かったから、平気だったよ。」

実際上下左右に眼球を動かした時、左目に違和感を感じた時、背筋が寒くなった。
でもね、待合室で二人がいるって思ったら・・・ピンセットが近づいてきても、怖くなかったんだ。





やがてあたしの名前が呼ばれて二種類の目薬を八戒が受け取り、あたしがお礼を言いながら病院を出ようとして・・・足元に躓いた。

「あうっ・・・」

「ほらほら、無理しちゃいけませんよ。はこれをしっかり持ってて下さいね。」

「・・・あぁ薬ね。」

差し出された薬を受け取った瞬間、あたしの体は家を出る時に味わった感覚をもう一度味わう事になった。



・・・そう、お姫様抱っこ。



「はっ八戒!もう大丈夫だって!!」

「ダメです。そこの段差でも躓いたでしょう?今日一日、大人しくするよう先生も言っていましたから・・・イイ子だから言う事聞いて下さい。」

八戒に笑顔で言われて、そんな風に優しく言われて・・・あたしが何か言える訳無いじゃん。
真っ赤になりながらも小さく頷いて外に出れば、今度は後部座席に座っているのは悟浄だった。

「帰りはオマエが運転だよな?」

「おや?そうなんですか?」

・・・待って待って!あたしはもう大丈夫なんだよ!?

ちょっ・・・

「行きのあの状態をまた見せられるなんて冗談じゃねェっての!」

「でもはまだ怪我人ですよ?」

あ、あの・・・

「怪我人にオレのあら〜い運転じゃ申し訳ねェだろ?」

「自覚があるのなら安全運転でお願いしますよ。」

「てめェが運転すりゃ一番だろうが!」

二人とも・・・





二人の声にふさがれてあたしの声はどうやら届いていないらしい。
結局あたしの意見は『怪我人は大人しくする事』と言って却下され・・・帰りは悟浄にしっかり抱きかかえられながら家路に着いた。

勿論、家に帰ってからも二種類ある目薬を二人がひとつずつさしてくれたのは言うまでもない。





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はい、タダでは転びません。
左目にコンタクトの破片が残ったのも
指で取ろうとして取れなかったのも
病院で破片をピンセットで取る時、頭を看護婦さんにガシッと固定されたのも
上下左右に眼球を動かしたら目に違和感を感じたのも
黒目に傷がなく、白目が炎症を起こしたのも
目薬を二種類貰ったのも・・・
全て私が体験した実話です(キッパリ)
いやぁビビリましたね。突然破れたソフトレンズが指にあって、もう片割れがドコにも見当たらないってのは(笑)
この現場に運悪く立ち会ってくれたのは・・・香原さんです(笑)
「割れたレンズの片割れがねぇ〜ないの〜」と言う電話から、病院へ行くのまで付きあわせました。その節は大変ご迷惑をお掛けしましたm(_ _)m
でもどうしても失明する訳にも、入院するわけにも行かなかったのよ!!この日は!!
だって・・・病院へ行った二時間後には平田さんの舞台があったんだもん(笑)
コンタクトで見れませんでしたが、眼鏡でバッチリ堪能しましたvはぁ満足(笑)
と言う訳で、タダでは転ばない風見の痛い実話パート2でした!
・・・続かないで貰いたいシリーズだと切に願う今日この頃。
ついでに目の炎症はまだ治ってなくて(しかも水ぶくれになってるらしい)二週間後に再び眼科へ行く事が確定しています(苦笑)