あの事件の後、鏡から助け出されたあたしは皆と感動の再会をした後・・・ホッとしたのかお腹が空いてしまった。
苦笑しながら皆で最初に通された部屋に戻ると、いつの間に手配していたのか八戒が簡単な食事を持ってきてくれた。

炊き立てご飯のおむすびにお味噌汁、それとお漬物だけの食事だったけど今のあたしにはどんなご馳走よりも美味しそうに見えた。鏡の中にいる間はお腹が空かないとは言え、さすがに何日も食べ物を口にしていないと何だか変な感じだったからね。

そんな風に八戒が作ってくれた食事を食べていたら、いつもならすぐに悟空が「俺も食いたい!」って騒ぐ所なのに、その時はベッドに寝転がりながら何故かあたしが食べてる姿を嬉しそうに眺めていた。
三蔵と悟浄も場所が寺院だから遠慮してるってワケでもないのに・・・タバコも吸わず、やっぱり悟空と同じようにご飯を食べてるあたしを見て妙にホッとした顔をしていた。
そして・・・一番近くであたしにお茶を入れてくれる八戒は、あたしが恥ずかしくなってしまいそうなほどまっすぐこっちを見ている。

「お替りいかがですか?」

「あ、ありがとう・・・」

コポコポというお茶を入れる音だけが響く寺院の部屋。

「・・・はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

受け取ろうとして伸ばした手が一瞬八戒の手に触れて、思わずそのまま動きを止める。



ついさっきまでは手を伸ばしても冷たい鏡の・・・硝子の感触しかなかった。
一生懸命手を伸ばしても冷たい硝子に阻まれて、どうしても触れる事が出来なかった手。
でも今はこうして簡単に触れる事が出来る。



「・・・、ちょっと熱いです。」

「え?あぁっ!ご、ごめんっ!!」

湯飲みと一緒に八戒の手をギュッと握り締めてしまったあたしは慌てて手を離す。
湯飲みに八戒の手を押し付けるようにしたら熱いに決まってるよ!!
何馬鹿な事やってんの?あたしっ!!
そんな風に自分の馬鹿さ加減に呆れていると、八戒が苦笑しながらポツリと声を漏らした。

「でもやっぱりがここにいるとホッとしますね。」

「・・・え?」

「うん!」

聞き直すあたしよりも早く、八戒の言葉に賛同したのは隣で寝転がっていた悟空だった。
バッと起き上がると首を大きく縦に振りながらあたしの方を見た。

がいないとさ、何かすっげーつまんねぇし・・・何か、寒い。」

「・・・寒いってチャンは暖房器具か?」

「ちっげーよっ!んーっ何て言っていいかわかんねぇけど・・・皆が村に行った時、俺一人で留守番してたじゃん。」

あたしの意識が無かった時の話は大体八戒達が教えてくれたけど、そっか・・・皆が村に行ってた時は悟空があたしといてくれたんだっけ。

「いつもだったらと一緒に遊んだり、お菓子食ったりして二人で笑ってるのに・・・何回呼んでも、体揺さぶってもが俺の名前呼んでくれなくてさ・・・」

俯いてギュッとベッドのシーツを掴む悟空の姿が痛々しい。
どこか・・・五行山の岩牢にひとり閉じ込められて外を眺めている悟空の姿と重なる。

「俺、に名前呼んでもらうのスッゲー好きなのに、全然呼んでもらえなくて・・・それが何か寂しくてさ。なんか胸のこの辺がぎゅーってなって・・・」

「悟空!」

それ以上悟空を悲しませるのがイヤで、あたしはまだ手をつけていないおむすびを悟空の前に差し出した。
皆が何をやってるんだって顔をしてこっちを見てるの分かってる。
でもでも・・・こんな寂しそうな顔してる悟空なんて見たくない。

「一緒に食べよう。おむすび!」

「へ?」

「あたしと一緒に食べよう・・・悟空。」

いつもお菓子を一緒に食べる時と同じように悟空に声をかけると、朝日が昇ると同時に花が咲く朝顔のように悟空の顔に笑顔が戻った。

「うん!!」

満面の笑みを浮かべおむすびを頬張る悟空を思わずギュッと抱きしめる。
ありがとう・・・そして、いっぱいいっぱい悲しい思いさせちゃってごめんね。

っ!そんなにくっついてたら食えねぇよっ!」

「あっ、ごめんごめん。」

「ほらほら、も悟空に負けないようしっかり食べてください。」

まだお皿に残っているおむすびを八戒が差し出してくれたので、さっきまで食べていたおむすびに手を伸ばしかけて・・・それが無くなってるのに気付いた。

「あれ?あたしのシャケ・・・」

顔を上げて正面を見たら、あからさまにそっぽを向いて口をもごもごさせている人が一人。

「・・・悟浄?その口の中の、ナニ?」

「んあ?」

ごっくんって音が聞こえそうな勢いで飲み干して、こっちを向いた悟浄の頬におベント一粒とシャケがついていた。

「楽しみにしてたシャケ食べたでしょ!!」

「新しいの食えばいいだろうがっ!」

「あの中のどれがシャケかわかんないもん!」

「ンな大切なモンなら手放すなよ!」

「悟浄が食べるなんて思わなかったんだもん!!」

うううぅ〜っと噛み付きそうな顔で悟浄を睨むと、流石に後味が悪くなったのか悟浄が眉を寄せて髪をかきあげて視線をこちらへ向けた。

「・・・チャンがあんまり美味そうに食ってるから、つい・・・ワリィ。」

突然ペコリと頭を下げられたらさっきまでの怒りなんて何処かへ飛んで行ってしまう。

「・・・あたしこそごめん。ちゃんと言っとけば良かったね。」

「んじゃ仲直りに新しいの一緒に食う?」

「うん!」

そして二人で振り向けば・・・そこにあるのは空のお皿。

「「あ?」」

「はぁ〜うまかった!」

「おいサル!てめェ全部食いやがったのか!!」

「あれ?もう食い終わったんじゃなかったの?」

驚いた顔をする悟空に側にあった枕を投げつける悟浄。

「ンなワケねェだろ!こっのバカ猿!!」

いつものように、他愛もないことで口げんかをする二人・・・最初はおむすびの話だったのに、今や話題は別物になっている。



この調子だと・・・そろそろかな?



チラリと窓辺にいた三蔵を見ると手が懐に入っていたのであたしは手招きしている八戒の元へ駆け寄り、背後に隠れた。

「毎回毎回良く飽きねぇな!てめぇら!!」

「「わぁぁっっ!!」」

昇霊銃を2人に向けて発砲すると、すぐに何処から取り出したのか分からないハリセンを振り下ろす。

「逃げんじゃねぇ!」

「じゃぁ銃向けんじゃねェよ!」

「うわぁっ三蔵が切れたー!!」



いつもの光景。
それが目の前で見れる事がこんなに嬉しいなんて・・・思わなかった。



クスクス笑いながら八戒の服の袖を掴んでいると、そこに温かな物が添えられた。
視線を向けるとそこには・・・八戒の大きな手があたしの手を包み込むように重ねられている。

「・・・おむすび食べられちゃいましたね。」

「あ、でも・・・いっぱい食べたから。」

八戒の笑顔を正面から見るのがやけに久しぶりな気がして何だか凄く照れる。
あたしが視線を反らしても八戒がじっとこっちを見てるのが分かるから恥ずかしさ倍増って感じ。
何か話をして八戒の気を反らそうとして、不意に思い出したことを聞いてみる。

「そう言えば八戒、馮祁さんが荊藍さんにあげた指輪になんてメッセージが入ってたの?」

「え?」

「ほら、荊藍さんそんな事言ってなかった?」

荊藍さんが指輪を探していた理由は馮祁さんが指輪に彫ったメッセージが見たいからだって言ってたよね。
八戒が荊藍さんに指輪を返したんだから知ってるかなって思って聞いてみたんだけど・・・

「僕も見そびれちゃいました。」

「ほぇ?」

苦笑しながら頬を掻く八戒なんてめったに見れたものじゃない。

「あの時はを助ける事しか頭に無くて・・・そこまで見てなかったんですよ。」

「そうなんだ・・・」

ちょっと残念な気もするけど・・・馮祁さんが大好きな荊藍さんに当てたメッセージだって言うんだから知らない方がいいのかも知れないよね。
あれ?もしかして八戒そこまで考えてたのかな?

「・・・さぁどうでしょう?」

「!?」

口元を押さえながら笑みを堪えてる八戒を見て、またいつものようにあたしの単純な考えが読まれたって事に気付いた。

「本当に・・・は分かりやすいですね。」

「八戒!!」




















真っ赤な顔をして僕の手を叩く彼女。
僕が本当にの考えている事が分かるわけないじゃないですか。
ただ、何となく分かるだけですよ。



「僕も見そびれちゃいました」



どうしてそんな嘘をついてしまったんでしょう。
あの時あの乱雑とした部屋の中でふと目に付いた白い箱。
探している物とは見当違いだったけど、何気なく手にとってふたを開けるとそこからビロードのケースが出てきた。
ここまでは今までに何度も繰り返した動作。
だけど僕の中にはこれが探している物だと言う確信があってケースを開けた。

そこに入っていたのはいかにも手作り風な銀細工の指輪。
震える手でそれを取り出しリングの内側に彫られていた文字を・・・偶然見てしまった。



永遠に変わらぬ愛を・・・ H to K

そして真新しい箱の底に入っていた、古ぼけた紙切れ。
幼い子供の字で書かれた馮祁、荊藍という二人の名前。
そこまで確認してから僕は指輪を元に戻し、埃だらけになった悟浄達に声をかけた。



「別に秘密にするような事じゃないんですけど・・・ね。」

ひょっとしたら荊藍さんに言われたことが引っかかってるんでしょうか。
僕と馮祁さんが似ていると言う事が・・・。
花喃には渡せなかったけれど、僕がもしメッセージを彫るなら似たような事を書いたかもしれないですからね。



・・・花喃には言葉でしか伝えられなかったから、今度はキチンと何かに残したい。



今度は?・・・今度、そんな風に思える自分がとても不思議で、そんな風に伝えたいと思う相手が再び現れたと言う事を今はまだ認識できないでいる。
いえ、出来ないのではなく故意にしないだけかもしれませんね。





「八戒ぃ!」

が僕の腕に必死で掴まっているのに気付いてようやく意識が今に戻ってきた。
ふと顔を上げれば僕の背後に何故か悟浄と悟空が隠れている。
僕だけじゃなくてまで盾にするつもりですか?お二人とも。
それでも今日は全員頑張りましたからね、助けてあげますよ。

「ほらほら皆さん、が落ち着いてお茶も飲めないじゃないですか。」

「煩ぇ!そこのハエを払うまで待ってろ!」

「ぎゃぁーこの距離は当たる!!」

「マジ怖ぇよ三蔵!!」

「きゃぁー!!」





ねぇ花喃、ひょっとしたら僕はもうひとりじゃないのかもしれない。
いまだごみ収集日も覚えない悟浄
来る度に冷蔵庫を空にしていく悟空
僕に第二の生を与えてくれた三蔵
そして日々の楽しみを教えてくれる・・・
少しずつ毎日が楽しく思えて、今生きてる事が嬉しく思えるようになったんだ。

君を忘れるなんて事は出来ない。
僕が初めて愛した人、僕の半身・・・そして僕の唯一の肉親。
それを超える人なんて現れるはずないけれど、もしかしたら別の所に誰かがいるかもしれない。
君がそれを知ったら・・・どう思うんだろう。





END



大変ながらくお待たせ・・・って言うか待ってた人がいるのかどうか疑問(苦笑)
雨夜の月、オマケ・・・これで全て終了となります。
私なりの最後はこんな形になりましたが、皆さんは如何だったでしょうか?
当初一周年の時にUPしますといっていたんですが、これ以外の作品は出来上がっていました。
でも形を整えるのに読み直していたら、やっぱり最後に指輪になんて書いてあったのか気になったんですよねぇ(笑)
・・・と言う訳でずいぶん間が開きましたが、これで本当に雨夜の月は終了です。

最後の最後に八戒のモノローグが入りました。
まさか、ここで八戒が花喃を思い出すなんてぜんっっっぜん思ってませんでした。
私の中で八戒にとっての最愛の人が花喃であると言うのは動きません。
だからもし八戒が別の人を愛するようになるのであれば、それは花喃とは別の場所に位置する人だろうなと思っていました。
今回起こしたこの事件は、八戒にとって良い転機になったみたいです。
それは他の人達にとってもそうなんでしょうけど・・・(苦笑)
こんな感じですが、オマケ・・・少しでも連載を楽しんでくれた皆さんが喜んでくれれば嬉しいです。