「んだよチャン、こんな夜更けにこんなトコに一人で・・・危ねェだろ?」

「・・・悟浄。」

「部屋にいねェからてっきりあっち帰ったもんだと思ったのに・・・」

オレは暗い部屋の真ん中に立っているチャンの前まで行くと、ワザとらしく大きな欠伸をした。

「ちょっとね・・・」

「一人寝が寂しいんならいつでも一緒に寝てやるゼ?」

何だかやけに寂しそうな顔をしていたので、つい冗談めいた口調で話しかけながらチャンの肩に手を置いた。
八戒に止められながらも毎回チャンの反応が楽しくて遊んじゃうんだよナ。

「・・・本当?」

目の前で頬を染めて小さく首を傾げているのは確かにチャン・・・の筈なんだけど、ナンっか・・・おかしくねェ?

「って私が言ったらどうする?」



ペロリと舌を出していたずらっ子のように笑っている・・・コイツ・・・誰だ?



「・・・本人からの申し出だったらありがた〜く受けるんだけどな。」

「え?」

こン時のオレは自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
ゆっくり目の前にいるチャンの手を掴むと、逃げられないようギュッと握る。

「いっ痛いよ、悟浄!」

チャンをどうした?」

「な、何言ってるの悟浄?私だよ!だよ!!」

「とぼけんなよ。返答次第によりゃ・・・いくらオンナとは言え容赦しないゼ?」

じっと目の前にいるチャンを睨みつけると、怯えるように瞳が潤んだかと思ったらそれも一瞬の事で・・・突然くすくす笑い始めた。その笑い方はいつも見ているのとは全然違う・・・見ていて温かくなるモンじゃなくて、どっちかっつーと見ている者を凍りつかせるような印象が強い。思わず背筋がゾクッとして腕を掴んでいた手に更に力を込める。

「・・・ナニ、笑ってんだよ。」

「この手離してくれる?そうしないとこの体に傷ついちゃうわよ?」

「どういう意味だよ。」

「・・・この体は貴方が言っていると言う女の子のモノなの。だから貴方が私に危害を加えると言う事は、貴方がを傷つける事と同じって言うことよ。」



それを聞いた瞬間、一気に頭に血が上った。



チャンに何した!!」

「手を離したら教えてあげるわ。」

にっこり微笑んだその笑顔は・・・オレの知ってるチャンの笑顔とは似ても似つかない何かを企んでいるような笑顔だった。

「逃げるんじゃねェよな?」

「そんな事しないわよ。」

オレはチャンを掴んでいた手を離して一歩下がる。
その女はアザのように赤くなってしまった手を擦りながら視線だけを在る方向へと向けた。何気なくその視線を辿っていくと、その先に一枚のデカイ鏡が置いてあった。

「・・・鏡?」



そこに映ってるのはオレと・・・オレだけ?



隣を見ると確かにチャンはそこにいる・・・だけど、鏡を見てもチャンの姿は何処にも無い。
ふと寝る前に三蔵が話していた事を思い出した。





この寺に預けられた鏡の話。
その鏡に姿を映した女が毎晩奇怪な行動に出るというあの話を・・・。





「まさか・・・お前・・・」

「あら?知ってるのなら話が早いわ。私の名前は李荊藍(リ ケイラン)ある人から貰ったある物を探して欲しいの。それが見つかれば素直にこの体はあの子に返してあげる。」

「取引かよ。」

「そうとも言うわね。でも貴方に断る権利は無い筈よ?鏡の中の本物のあの子の為にも・・・ね?」

「・・・ナニを探せって?」

オレは自分の髪を無造作にかきあげてそのままチャンの姿をした目の前の荊藍っつー女を睨みつける。
人の足元見やがって・・・。

「私が馮祁(ヒョウキ)から貰った指輪を探してちょうだい。」

「あぁ?」

「真ん中に大きな赤い石が埋め込まれてるちょっと古い感じの銀の指輪。詳しい事はこのお寺の人が知ってるはずだから、その人に・・・」

「待て待て待て!その為だけにチャンを鏡の中に閉じ込めたのか?」

オレは鏡に手をつこうとして思わずその手を引っ込めた。もしヒビか何か入ってチャンに何かあったらマズイ。
そんなオレの動揺なんか無視してその女はサラリと言った。

「そうよ。」

「勝手な事してんじゃねェよ!」

「私には時間が無いの。それは貴方にとっても同じことでしょ?」

「どう言う意味だよ。」

荊藍という女はにっこりと言う言葉からは縁遠そうな、冷たい笑みを俺に見せた。


チャンの姿には・・・不釣合いな笑顔を・・・。



「私がこの体を動かせるのは夜の間だけ・・・しかもその間食事なんてものは取らないわ。」

「・・・ナルホドね。時間がかかればかかるだけチャンの体は衰弱するってコト・・・か。」

「もっと簡単に言えばその日数は大体3日くらいかしらね、この体に入った感じからすると・・・」

「3日!?」

驚くオレにチャンが指を突きつけてきた。

「だから早く探して!私が馮祁から貰った・・・指輪・・・を・・・」

それだけ言うとまるで糸が切れた人形のようにチャンの体がオレに向かって倒れてきた。
慌ててその体を受け止めると、規則正しい呼吸がオレの耳に届いた。



眠ってる姿はいつものチャンと変化ねぇンだけどな・・・。



チャン?」

何気なく鏡に向かって声を掛けてみるけど、勿論返事なんて返ってくるワケが無い。
鏡に映ってるのは妙に情けない顔をしたオレだけ・・・。
オレは腕に抱きとめたチャンの体をそっと床に寝かせると、一歩また一歩と鏡に近づいた。

「絶対にオレが何とかしてやる。だから・・・ちょっとダケそこで待っててくれナ?」

鏡の中にチャンがいる保障なんて何処にもねぇケド、この時のオレはこの中で小さく頷くチャンの姿が見えた気がした。
いつものように口元を緩めるような笑みを鏡の中のチャンに向けつつも、見えない所で拳を握り締める。手の平に痺れるような痛みが走り、そこから一筋の鮮血が滴り落ちたケド、それでも握る手の力を緩める気は全然無かった。





オレが感じる痛みより、彼女が感じている痛みの方が・・・ずっと・・・





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悟浄バージョン!
以前からこの部分が軸となって雨夜の月が出来たと言っていたので、折角ですから書いてみました。
これは八戒バージョンとほぼ同時期に書いていたので、一部手直しをしてオマケ用に書き直しました。
でもこれを書いていて思ったのは悟浄視点で雨夜の月を書いていたら・・・最後はヒロインの名前が呼び捨てに変わる気がする(ポソリ)
・・・ってか絶対変わるだろう!!(言い切り(笑))
悟浄は人が傷ついた分自分も傷ついちゃう気がするので、ラストをあんな風にしました。
(そんな絵が頭に浮かんだんですよ。)