「赤い花・・・か。」

昨日遊びに来た悟空がチャンに・・・と花を持ってきた。
だけど運が悪い事に昨日は来なかった。
肩を落とした悟空を慰めるように、八戒が何処からか硝子のコップを持ってきてそこへ花を生けた。



――― 窓から差し込む光を受けて、更に色濃く見える赤い花。




その花が幼い頃、母親に渡した花に酷似していた所為か・・・その日は何故か中々寝付けなかった。
タバコに火もつけずそれを銜えたままぼーっと窓の外を眺めていれば、いつもの温かな気配を感じそっと空中に両手を差し出す。するとちょうど俺の腕の中に降りてくるかのようにチャンが現れた。

「・・・今日はお出ましだ。」

いつものように気持ち良さそうに眠っている。
お・・・パジャマが夏物から冬物に変わったか?
露出が減っちまったのはちょっと寂しいって感じ?
そんな事を思いながら両手に感じるチャンの重みを、今日はやけに嬉しく思う。
そのまま抱きしめていたい衝動に駆られたけれど、そんな事すりゃもう一人の同居人にナニされるか分かったモンじゃない。

「悟浄ザーンネン。」

ワザと小声で囁けば、チャンの瞼が微かに揺れた。
普段こんな小声で目を覚ますほど彼女の眠りは浅くない。

だけど今日に限って開く筈のない彼女の瞳が・・・開いた。

「・・・オハヨ、チャンv」

「お・・・はよ。」

あ〜あ、こりゃまだ完全に寝ぼけてんな。
起きてる時だったら抱き上げた上、こんな至近距離だと真っ先に悲鳴あげて暴れんのに・・・ま、ちょうどいいか。
パジャマ姿のチャンを抱き上げたままそっと部屋の扉を開けて居間まで連れて行き、取り敢えずソファーに降ろして台所で湯を沸かす。

インスタントだけど・・・ま、カンベンしてもらうか。

ミルクをたっぷり入れたチャンのコーヒーと、ブラックのコーヒーを手に居間に戻ればようやく目が覚めたのかチャンがテーブルに飾られている花をじっと見つめていた。

「・・・サルの土産。」

「サル・・・悟空?」

さっきまで半分くらいしか開いてなかった目はすっかり開いていて、いつもの黒真珠みたいな目がじっとオレを見ている。
けど何故か今日はオレの中の何かを見透かすようなその目が・・・妙に居心地悪い。

「ほい、コーヒー。」

「あ、ありがとう。」

「ついでにそこにあるオレのシャツ、羽織っとけよ。まだ明け方だから結構冷えるゼ?」

椅子にかけてあるちょっと厚めのシャツを指差すと、小さくくしゃみをしたチャンが苦笑しながらそれを羽織った。

・・・ちっちェー、その上着の中にチャン二人ぐらい入りそうじゃん。

オレの上着を羽織ったチャンは余りすぎている袖を手持ち無沙汰のようにプラプラ振り回した後、何度も折りたたんでようやく小さな可愛い手が出てきた。
丈にいたっては・・・ほとんどワンピース状態。
それ一枚だけ着てても全然オッケー・・・つーかむしろそっちのがイイって感じ?

・・・言ったら殴られそうだけど。

ずずずっとまだ熱いコーヒーを飲みながら、わざと花から視線を反らす。



オレにはまだ・・・赤い花に良い感情は ――― 持てない。



「可愛い花だね、これ。」

「んぁ?」

「悟空が持ってきてくれたの?」

「あぁ・・・昨日来てそれ、置いてった。チャンに会えなくて残念がってたゼ、誰かサンも。」

あの生臭坊主が珍しく落ち着き無く部屋中見回して誰かサンの姿、探してたしな。
だけどそれを聞いたチャンは、真向かいに座ってるオレの顔を覗き込むように首を傾げて呟いた。

「・・・三蔵がぁ!?」

・・・うっわー三蔵がいたら怒るぞ、その言い方。
ま、あの不機嫌な面ばっか見てたらそう思っちまうかもな。
でもチャン気付いてっか?その生臭坊主も最近チャンに視線向けてんの。
まだ本人無自覚なんだろうケド、ね。

「どーでしょ。」

はははっと笑いながらチラリとチャンの方を見たら、まっすぐオレを見ていた。
それはやっぱりオレの何かを見ているような目で・・・オレはわざと目をそらしてしまった。

「悟浄?」

「あ?ナニ?」

「・・・どうしてこっち、見てくれないの?」

「見てンじゃん。」

「見てないよ。」

正面にいるチャンに視線を向けようとすると、どうしても机の上に乗っている赤い花を通して彼女を見る事になる。
どうしても・・・ソレと一緒に彼女を見ると、あの光景を思い出す。





――― ただ母さんに喜んでもらいたかっただけなのに。

幼い頃、そんな思いで摘んだ赤い花。
青空の下、風に揺れていたその花は、凄く綺麗で母さんも喜ぶと思った・・・だけど。
それはオレの・・・思い過ごし。



それ以来オレは花にいい印象を持っていない。
拒絶されるくらいなら渡さない方がいい。
捨てられるくらいならそのままにした方がいい。
嫌がられるなら・・・気持ちなど飲み込んでしまった方がいい。





「・・・悟浄?」
ハッと気付けばいつの間にか目の前の席に座っていたはずのチャンが、席を立ってオレの手に手を重ねていた。
正面からチャンを見ようと、ちょうど花を背にするような形で椅子を動かす。

彼女の顔は・・・朝日を浴びている所為だけじゃなく、赤い。

「どしたの?今日はヤケに大胆・・・」

「悟浄・・・」

「・・・っ!」

何故か泣きそうな顔をしたチャンが掴んでいた手を離して椅子に座っていたオレの首に両手を回してギュッと抱きついてきた。
今までチャンがオレに抱きついてきたのは・・・多分意識が無い、酔っ払った時だけ。
シラフの時にこんな事が出来るほど、チャンは男慣れしていない。
それを証明するかのようにチャンの鼓動はやけに早いし、微かに体が震えている。

そんなチャンが何でこんな事してる?

「どうしてそんな・・・泣きそうな顔してるの?」

「はぁ?」

チャンの言ってる意味が分からない。
オレが泣きそうな面してる?!そんな馬鹿なコトあるワケないだろ!?
そう思った瞬間オレの目に窓ガラスに映った自分の顔が見えた。
・・・それが、幼い頃の泣けない自分の姿と重なった。

「あたしがいちゃ・・・泣けない?」

チャン・・・」

「悟浄は・・・言わないから。冗談とか、周りを元気にさせるための言葉なら何でも言うのに・・・本当の事、痛いとか辛いとかそう言う事絶対言わないから・・・」





――― 言ったトコロでナンか変わる?



オレの中の誰かが呟く。
良かれと思って言ったコト、やったコトは全て否定された。
それならホントの気持ちは全て飲み込んでしまえばいい。
そうすればオレも、周りのヤツも傷つかない。





「痛いよぉ・・・悟浄。」

不意に頬をつたう涙・・・それはオレの涙じゃない。
流れ落ちる涙は ――― チャンの涙。

「っおいおいどうした!?」

「悟浄が泣かないからっ!」

顔を覗き込もうとするオレの動きを制するかのようにギュッと首にしがみついて、泣きながらチャンはまるでガキに言い聞かせるように話し出す。

「・・・悟浄の全部を受け止められるなんて自惚れてない。そんなに簡単に人に言えるような事じゃないってのも分かってる。でもね、今、何が辛いか・・・それなら聞ける。」

チャン・・・」

「今あたしは悟浄と、八戒と一緒に暮らしてる。だから悟浄が無理してるのぐらいわかるんだからっ!!」



――― 無理、してる?オレが?



首に回していた手を解いて自分で涙を拭うチャンに、何故かオレは指一本動かせずにいた。
オンナが目の前で泣いている、それなのに自分は何故動けない?
いつものように口元を緩めて笑って、手を伸ばして涙を拭って抱き寄せて・・・なのにどうして指の一本も動かせない!?

「・・・赤い花、好きじゃないでしょう?」

「!?」

「と言うより赤い花が一番苦手で、あんまり花好きじゃないよね?」

今まで自分が相手を見透かすようなセリフを散々言っていたのに、その相手が今は逆にオレの心をよんでいる。

「・・・そ、そんなわけねェって・・・好きだぜ?花。

「・・・」

そんな言葉嘘だって分かるぐらい、オレの声は震えていた。
自分でもその事実に驚いて、思わず視線を床に落とす。





――― 花は・・・嫌いだ。



花から連想される物はどうしても過去の記憶に繋がる。
だから無意識に避けていたのかもしれない。



オレの髪と目の色のような・・・

血の色を示す・・・


兄貴に殺された母さんの・・・






「悟浄。」

そんなオレの前に赤い花が差し出され、思わずそれを払いのけてしまう。

「あ・・・」

床に落ちた赤い花はその花びらを散らしてしまった。



――― あの時と・・・同じ。



「悟浄・・・」

オレの手にチャンの手が触れた。
震えるオレを慰めるかのように軽く手を撫でて、柔らかく微笑んでくれる・・・オレが好きな彼女の笑顔。

「・・・持って。」

だけど彼女はオレの好きな笑顔を作ったままオレの手に赤い花を握らせようとする。

「っ!」
「逃げないでっ!!」

普段の彼女からは想像も出来ない強い口調で、さっきまでの笑顔とは別の何か辛いものを背負っているかのような表情。

「お願い・・・少しでいいの、持って・・・」

懇願するかのようにオレの右手に赤い花を握らせ、振り払おうとしても両手でしっかり押さえられて振り払えない。
オレが力いっぱい抵抗すればチャンの手なんて簡単に振り解けるけど、本当だったらすぐにでもそうして逃げ出したいけど・・・ケド、チャンが何かを必死で伝えていたからオレは震える手でその花を自分だけの力で握った。

「・・・コレで、OK?」

「ごじょ・・・」

出来る限り普段と同じように笑ってやりたかったケド・・・ワリィ、オレも限界近いからさ。

震えるオレの手から両手を外して一方後ろに下がったチャンは、今度は泣き笑いみたいな顔しながらオレの方に両手を差し出した。

「それ・・・頂戴?」

「・・・え?」

「そのお花・・・頂戴?」



――― 何を・・・くれって?花?ハナ・・・赤い・・・花・・・コレを?



瞬間、すぐにでも手に持ってるものを投げたくなった。
胸に吐き気がこみ上げて来る。

「悟浄!!」

「・・・っ!」

気持ち悪さに椅子に座ってる事も出来ず、がくりと膝を折って床に両手をつく。
すると自然と視界に入る・・・赤い花。

「くっそぉー!」

「ダメ!!捨てちゃダメ悟浄!!」

っ、離せっ!」

振り上げた右手に彼女がしがみついてきたが、目に入る赤がどうしてもオレの気持ちを苛立たせる。



――― こんな物、無ければいい。誰も受けとりゃしない!



そんな思いで手を振るった瞬間、チャンがソファーに吹っ飛んだ。
柔らかなソファーが彼女の体を受け止めてくれたおかげで、すぐにチャンは起き上がるとたった今ぶつけたであろう背中を撫でていた。

「っつー・・・」

「あ・・・チャン!」

何てこった!
いくらおかしくなってるとは言えチャンを投げ飛ばすなんざ・・・どうかしてる!

「あははは・・・やっぱり悟浄の力は強いね。」

「って笑ってんなよ!どっか怪我してねェか!?」

心配するオレを余所に何故かチャンは今日一番の笑顔でオレを見ている。

・・・頭、打ったか?
八戒起こして看て貰ったほうがいいな・・・とそこまで考えたオレの目の前に差し出された 
――― 赤い花。

「・・・ありがとう、悟浄。」

「・・・」

「お花、綺麗だね。」

「・・・」

「床に落ちちゃったヤツもちょっと首折れちゃったけど、花自体は元気だからあとで浅いお皿に水張れば大丈夫v」



――― 誰も喜ばないよ、こんな花



そう思っていた醜い赤い花・・・だけど、チャンが持っているとどうして違って見える?



「うふふ〜花びら小さくて可愛いし、すっごいイイ香り♪」

ニコニコ笑顔で花の匂いを嗅いでるチャンの顔から無理してるとか、嫌々とか・・・そんなモン一切見えない。
彼女がそんな事出来る人間じゃないって、誰より知ってるはずだろうが・・・。

「・・・お花どうもありがとう、悟浄。」

「・・・っ!」

不意に胸にこみ上げてきた熱い物。
それを見られたくなくて彼女の手を引いて胸に抱き寄せた。





――― 花を摘んできた幼いオレ

それを受け取ってもらえなかった事を今も悔やんでいたなんて・・・
自分でも気付かなかった。




いつも誰かの気持ちを汲む事ばかり考えた。
自分の過去を見るのが嫌だったから・・・振り返りたくなかったから。
心を見せなきゃ傷つかない、過去を振り返らず楽しい事だけ考えてりゃ傷つかない
そんなオレの中に、誰も踏み込もう何て考えるヤツいなかった。
だからオレは過去の話をした事は無い、誰にも・・・。

でも彼女は話さなくても知っていた。
だから体を張って幼いオレの傷ついた心を癒してくれた。





「っ!」

「ん?」

「ぶはぁっ!」

思い切り抱きしめていたせいで息が出来なかったか?
あー・・・オレ手加減すんの忘れてたわ・・・いや、これマジ。

「し・・・死ぬかとも思った。」

「はは・・・ワリィ。」

素直に苦笑しながら手を緩めると、腕の中でチャンがほころぶように笑ってくれた。
その手の中には、やっぱり赤い花があるけれど・・・もうその花が醜い物だとは思わなかった。



ただチャンが持つにはちょっと色が濃くねェ?とか
もう少し小さい花の方が似合うんじゃねェか?とか
1輪より花束になってる方がもっと喜ぶんじゃないか・・・と、今まで考えた事も無い事が次から次へと頭に浮かんできた。



「へへへぇ〜・・・」

「ナニ?」

チャンがオレの頬に手を当てると、指先についた小さな水滴を目の前に差し出した。

「・・・涙v」

「っっ!そりゃ雨だっ!」

「家の中で雨?」

「そう!」

これじゃぁいつもと逆だろ!
何でオレがこんなに力いっぱい自分の行動誤魔化さなきゃなんねェんだ!?

「それじゃぁ今日はそう言うことにしとこうかな♪」





初めて花を綺麗だと思った日は、初めてオレが女に泣かされた日でもあった。

今まで誰も触れなかったオレの心に、そっと触れた手の主は・・・
ある日突然目の前に現れた奇妙なオンナ。

そして現在オレの一番気になる・・・





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最遊記RELOAD(アニメ)の影響です、えぇ完璧に。
幼い頃の花を摘む悟浄、それを母親に渡そうとする悟浄、そして・・・拒絶されてしまう悟浄。
その時の幼い悟浄の痛々しい顔と、その過去を目の前にして苦痛に顔をゆがめた悟浄を見て思いついた話です。
毎度の事ながらキッカケは小さな事・・・それは「赤い花」
それからふとあんまり悟浄が野花を見たり、貰ったりって無くないか?
そう言えば無いなぁ・・・あたしも話書かないなぁ何でだ?って所で出来たのが『紅の呪縛』です。

ちなみに八戒ですが・・・勿論起きてますよ。
こんなに騒げばいくらなんでも起きちゃいますって(苦笑)
そして前日悟浄の様子が少し変なのにも気づいています。
ヒロイン以上に人間観察している人ですからね、彼は。
その上で今の悟浄にはヒロインが必要と判断したので・・・見ているだけ。
自分が雨の日にヒロインの側に居て貰ったのと同じ。ほら、その時は悟浄が一歩引くでしょう?
きっとこの後、悟浄がいつもの調子でヒロインをからかい始めた頃を見計らって姿を現しますよ。
「今日はおふたりとも早起きなんですね?」って、いつもの笑顔で・・・。

ちなみにこの話でオマケ的に言いたかったのが、最近のヒロインの登場シーン(笑)
以前は道端に転がってたんだけど、最近は悟浄も慣れてきて地面に落ちる前に気配を感じ抱きとめてくれてるらしいです(笑)
最後の最後にくだらない事言ってごめんなさい(苦笑)