トンカツの付け合せにしようとキャベツの千切りをしていた時、ふと左手で押さえていたはずのキャベツが傾き、それを押さえていた手が包丁の下に入り込んだ。規則的に動いていた包丁を急に止める事が出来ず、気付いた時には既に親指の上に包丁が乗っていた。

「っつ!」

何か硬い物に当たった。
気のせいじゃなければ、ゴリッて音も聞こえた気がする。
左手の親指の・・・ちょうど第一間接の指紋をまたぐ様に引かれた一本の線。
否、パックリ開いた傷を見て、痛みよりもまず出血量に驚いた。

「わっわっわぁ〜っ!!」

「どうした!?」

あたしの声に驚いて台所に駆け込んできてくれたのは悟浄。
片手に新聞、口には火のついた煙草を咥えている事からどれだけ慌てて来てくれたのか良く分かる。

「火傷か!!」

流水に手を当てているのを見て、新聞を床に放り投げ心配そうな顔で手元を覗き込む。

「ちょっと手、切っちゃって・・・あはははは。」

「あははははって・・・血、止まってねぇじゃん。」

悟浄に言われてからようやく傷口に目をやると、こー何て言うか鰯とか鯵のエラを水洗いしてるかのようにパタパタ傷口が開いてて・・・真剣に眩暈がした。

「うわぁ!止まんない!!」

「取り敢えずティッシュで傷口押さえてろ!」

おろおろするあたしにティッシュを数枚まとめて手渡すと、悟浄は踵を返して台所を飛び出し、すぐに居間の棚の上の方に置いてある救急箱を持って戻ってきた。フタを開けて様々な常備薬をひっくり返しながら、ようやく消毒薬を発見した。

「ったく、何だってこんな大事な時にアイツいねぇんだよ!」

「すぐ戻るって言ってたけど・・・」

八戒はあたしに台所を任せてご近所へ回覧板を届けに行ってしまった。
ここは町から少し離れているのでたかが回覧板とは言え届けに行くにはちょっと時間がかかる。
あーそれにしても包丁で指切るなんて結構あるけど、こんなに深く切ったの・・・初めてだ。
視線を左手に戻して、ぎゅっと傷口を押さえていたティッシュが徐々に赤く染まっていくのを見たら・・・急に体の力が抜けて手が震え始めた。
痛いって言うより、この出血量が・・・怖い。

チャン、消毒すっから押さえてる手外せるか?」

「う・・・うん。」

言われたとおりしようと思ったんだけど、案外臆病なあたしは手が震えているのと、また傷口を見る事の恐怖でティッシュを取ると言う簡単な行為が出来ずにいた。
それを見ていた悟浄が苦笑しながら手を添えて、そっと押さえていたティッシュを外してくれたんだけど、傷口はまだ塞がっていなくて浮き出るように赤い鮮血が次々と溢れてくる。

「あ、はははは・・・止まんないね。」

「結構深いな・・・消毒すっからちょっちしみるかもしんねーケド、我慢ナ?」

こくこく頷いてギュッと目を瞑ると、消毒液がかけられた瞬間・・・じわぁ〜っとした痛みが指に広がって思わず右手で床をバンバン叩いて痛みを堪えた。

「痛いか?」

「ん〜・・・」

痛みのあまり声も出せず、さっきと同じように首を縦に振る。
痛いいたいイタイ痛いぃぃぃっ!!!しーみーるぅ〜っ!!

「イー子だからもうちょっと頑張れ。」

傷口以外にかかった消毒液を拭って傷口に絆創膏を貼ろうとしたんだけど、出血量から見てもそれじゃ無理そうだったのでガーゼを小さめに切って傷口に当てて、テープが無かったからその上から絆創膏をまいて取り敢えず傷口を止めた。

「まだ痛むか?」

「ん・・・ちょっと。」

水で傷口を洗ってる時は全然痛くなかったけど、今は何だかジンジンしてる。

「そっか。」

「ごめんね悟浄、夕飯・・・どうしよう。」

はぁ、折角二人に食べてもらおうと思って頑張って作ってたのになぁ。

「気にすんなよ。もうちょいしたら八戒帰ってくっから、そしたらちゃんと診てもらえよ。」

「うん。」

手当てのためひっくり返した救急箱の中身を適当に詰め直してフタを閉めると、シュンとしたあたしを元気付けるように悟浄が頭に手を置いてぐしゃぐしゃっとかき乱した。

「ちょっと待ってな、今コーヒー入れてやっから。」

「・・・ん、ありがと悟浄。」

一応傷口である左手を心臓より上に上げながら、親指の付け根を震える手で押さえてソファーに移動しゆっくり腰を下ろした。
包丁で切るのなんて初めてじゃないのに・・・ちょっと怖い。
ガーゼで出血部分を抑えているのに微かに染みてくる赤い血。
押さえているはずの手は止血の意味を成しているのか、それもちょっと微妙。
すぐにキズ口を洗ったけど、意外に開いていた傷・・・止まらない流血。
どんどん思考が暗い方向へ進んでいきそうになった時、悟浄がコーヒーを持って戻ってきた。
あたしがそんな風に考えているのに気付いたのか、悟浄が隣に座って八戒が帰って来るまで他愛無い話をしてくれた。

気分が紛れて悟浄の話に大笑いしていた時、家の扉が開いて待ち人が帰ってきた。
八戒が帰って来たのは・・・あたしが指を切ってから1時間ほど経った頃。











「ただいま帰りました。」

「おかえ・・・」
「何してたんだよ!」

あたしが何か言うよりも早く悟浄がソファーから立ち上がって八戒の前に向かう。

「すみません、ちょっとお隣の奥さんが急に具合が悪くなってしまってお医者様を呼んだりしていたら遅くなってしまって・・・」

そう言えば行きは回覧板しか持っていなかったはずの八戒の手には、何故かカゴに入った果物がある。
お礼・・・なのかな?

「あーもーいいからチャンの手!診てやってくれ。」

「え?」

悟浄の言葉に反応した八戒が手にしてカゴを悟浄に押し付けて、慌ててあたしの方へやってくる。
滅多に見ない・・・酷く驚いた八戒の顔。

「どうしたんですか!」

「えっと、その・・・切っちゃった。」

「手当ては?」

その問はあたしではなく側に立っていた悟浄に向けられたものだった。

「一応傷口水で洗い流した後、消毒液で消毒した。絆創膏じゃ押さえきれなかったから取り敢えずガーゼで傷口覆って止めた。でも出血は・・・」

「止まっていないみたいですね。」

悟浄が説明をしている間に怪我した部分を見て八戒が顔をゆがめた。
うっわぁ・・・しっかり縦線入ってるし、まだ魚のエラみたいに口開いてる。
思わず凝視してしまった所為で頭がくらくらする。
あーあたしこんなに血が苦手だったっけ!?
どうなるんだろう・・・傷残るのかな?
それよりも指、動くのかな?

「大丈夫ですよ。すぐ直りますからね。」

「え?」

不安そうな顔したあたしを安心させるように八戒はポンッと頭に手を置いて、いつもの笑顔を見せてくれた。

「消毒した時、傷口はしみましたか?」

「うん。」

傷の奥深くにしみこむように痛くて、思わず床叩いちゃったくらいだもんね。

「それじゃぁ神経は大丈夫ですよ。痛みが無い方が危ないんです。」

「そっか・・・」

八戒が目を閉じて左手をあたしの傷口にかざした。
温かなライトのような光があたしの手を包み込んでいく。
それは本ではよく敵に向けて使われている・・・気功。
まず初めに疼いていた痛みが無くなり、次に傷口がゆっくり塞がっていった。
まるで傷が治るまでのビデオを早送りしていくみたい。

「ほぇ〜・・・」

感心したような声を上げてじっと手元を見ていると、急に手に当たっていた光と温かみが無くなった。
そしてそれらが消えたと同時に八戒の手もあたしの手から離れて行く。

「動かせますか?」

「え?」

「指、痛みとかあります?」

さっき迄流血していたはずの指は、包丁で切る前と全く変化が無い。
いや、むしろ血色が良くなっていて肌も綺麗になってる・・・気がする。

「だい・・・丈夫。」

「おぉ、直ったか。やっぱオマエの気功って便利だな。」

「住む世界の違うに効くかどうか不安でしたが、大丈夫みたいですね。」

「ありがとう・・・八戒。」

「どう致しまして。」

凄い・・・あたしってば、八戒に生で治してもらっちゃったよ!しかも気功で!!
右手と比べるように暫く左手を動かしてたけど、ふと作りかけていたトンカツの存在を思い出した。
手が治ったなら今から作って二人に食べてもらえるよね。

「ちょっと遅れちゃうけど今から夕飯作るね!!」

「手伝いましょうか?」
「ナンか手伝う事あるか?」

二人が同時に声を掛けてくれて、ふと手に持ちかけた包丁の刃が怪しくキラリと光ったのが見えた。

「・・・千切り、お願いしてもいい?」

困ったような顔で包丁の柄の部分を差し出すと、二人は何も言わずに笑顔で頷いた。





他の事は何でもやるよ。
準備も、油で揚げるのも。勿論片付けも!!
でも、今日だけは包丁に触りたくないから・・・手伝って、欲しいな。





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見て分かる、読んで分かる通り・・・私が包丁で指を切った話。
転んでもタダでは起きない、もれなくネタにしちゃいました。大体が実話です(爆笑)
まぁ違う所といえば・・・八戒に気功で直してもらえず、完治まで1週間かかったって所でしょうか?
本日(7/22)止血していたテープも取れて、絆創膏一枚になりましたv
でもしっかり残ってますよ、かさぶた(笑)
皆さんも包丁の扱いには本当に十分注意して下さいね!!
・・・とか言っておきながら、絆創膏剥がして指を動かしたら曲がらない(TT_TT)
90度に曲げた所で指の皮?が引き攣って痛くて曲がりません(苦笑)
この後どうなる私の手!?って皆さんを不安にさせてどうする(笑)
と言う訳で、更に声を大にして叫びましょう。

包丁の取扱いには絶対注意、そして無闇に千切りに燃えないように!!