「千秋〜・・・」
「ん?」
「寝た?」
「いいや。」
コロンと寝転んで隣の千秋の方を向くと、千秋も同じような体勢でこっちを見ている。
「どうした、眠れないのか?」
心配そうに尋ねてくる千秋に思いっきり現状の不満を込めてこの言葉を口にした。
「暑い!」
「・・・俺もだ。」
シーンとした空気が部屋を支配したけれど、それでも気温は下がらない。
「あうぅ〜・・・」
自然と口から洩れる呻き声を押さえもせず、足をばたつかせて少しでも風を起こそうと無駄な足掻きを試みた。
薄いタオルをかけているだけなのに、じっとり汗ばむ気温が薄手のタオルを毛布のように感じさせる。
「暑い〜・・・」
「暑いな・・・」
言っても無駄だと分かっても口にしてしまう。
千秋も気持ちは同じなのか、首にかかる髪の毛を鬱陶しそうに払ってから布団の中の冷たい場所を探すようにごそごそしている。
「クーラーつけようよぉ〜。」
「壊れたって何度も言ってんだろ。」
こつんと千秋のこぶしがあたしの額を叩くと、そのままなだめる様にあたしの頭を撫でる。
「も少しファミレスで粘れば良かったな。」
「でもあれ以上あそこにいたら、お店の人怒ったよ?」
「違いねぇ。」
他愛無い話をしつつ、頭を撫でていた手で今度はあたしの額に張り付いた前髪をそっと払ってくれる。
そんなちょっとした事が嬉しくて思わず目を細めた。
「あ、そうだ。窓開けてもいい?」
ファミレスから帰ったばかりの頃は体が冷えてたから、窓を開けるなんて事思いつかなかったけど、今なら少しは冷たい風が入るかも!
そう思って千秋に声をかけてから窓に手を伸ばせば、それよりも先に千秋の手が窓ガラスに触れた。
「この窓ちょぉっとコツがいるんだわ。」
「コツ?」
「そ、古くて歪んでっから・・・この端っこを持ち上げて・・・開ける!」
言葉通り窓の端を持ち上げて横に引くと、ガタガタッと言う音に反してすんなりと開いた。
でもこれってコツって言うよりは力技っていう方が正しい気がする。
少し窓を開けただけで夜風が部屋に入ってきて、汗ばんだ体を風が冷やしてくれる。
「あー・・・ちょっとマシかも。」
首にかかる髪をかきあげて汗ばんだ首筋に風を送る。
やっぱり今度美容院行かなきゃダメかも・・・伸びてきたから暑いや。
自然に送られてくる風でも足りないから、手を団扇みたいにパタパタさせて扇いでいるとふと千秋の視線がこっちに向いているのに気付いた。
「千秋?」
「ん・・・あ、なんだ?」
「何だ、じゃなくてどうしたの?顔赤くして?」
いつもメガネをかけているけどさすがに寝る時はかけていない。
それなのに千秋は、ずれたメガネを直すフリをしてあたしからわざとらしく視線を逸らした。
「千秋?」
暑くてのぼせちゃったのかな?
千秋明日も忙しいって言ってたのに、寝なきゃ倒れちゃうよ。
心配になって自分の布団を抜け出し四つんばいのまま千秋の方へ近づくと、様子を伺うように顔を覗き込んだ。
「悩み事?」
「まぁ、ね。・・・誰かさんのおかげで。」
「?」
嫌味っぽい言い方だけど、怒ってるわけじゃない。
どっちかと言うと・・・困ったような響きを含む声。
千秋を悩ませる誰かさんって・・・?
「バイト先の人?」
「・・・はぁ?」
「だって誰かのおかげで悩んで寝れないんでしょう?」
「・・・なんでそこでバイト先が出て来るんだよ。」
「え?違うの!?」
じゃぁ誰が千秋の安眠を妨げてるの?!
バイト先の人じゃなかったら他に千秋が眠れなくなるくらい悩むのって・・・
ふと脳裏に鋭い目をした高校生の姿が浮かび、反射的にその名を口に出した。
「あ、じゃぁ高耶だ!」
ポンッと手を叩いて声を上げると、千秋はこれ以上ないってくらい大きなため息をついて部屋の小さな明かりをひとつつけた。
「あのね、さん。俺は野郎の事考えて睡眠削るようなヒマ人じゃないの。」
「じゃぁ何?」
「・・・ほい。」
そう言うと千秋はどこからか手鏡を取り出してあたしの前に差し出した。
「鏡?」
「誰が映ってる。」
「あたし。」
間髪いれずにそう応えて、鏡から視線を千秋に戻すと呆れた顔で小さく頷いていた。
「・・・え?もしかして・・・」
「多分の考えてる事は、アタリ。」
鏡をその辺に放り投げて起き上がった千秋は、気だるそうな目をこすりながら立てた膝に手を置いてそこへ顔を乗せた。
「俺も一応健康な成年男子ですから、そんな格好で側にこられると・・・寝た子も起きるんだって、分かってる?」
「・・・は?」
何が起きるって?
首を傾げて答えを知っているであろう千秋の顔をじっと見つめた。
やがて視線を先にそらしたのは質問を投げかけた・・・千秋だった。
視線をそらして肩を振るわせたかと思うと、深夜と言うのも気にせず千秋は突然大声で笑い始める。
「あはははっ!・・・ったく、無邪気ってのは何より強い武器だな。」
「ど、どうしたの千秋?」
「・・・暑さにやられてボケたみたいだ。な、コンビニに冷たいビールでも買いに行かねぇか?うちの冷蔵庫ビールきれてんだよ。」
よっと反動をつけて立ち上がった千秋は手早く身支度を整えると、一度もあたしの方を振り返らず玄関へ向かった。
「ちょっ、待ってよ千秋!」
さっきまで眠くて布団でゴロゴロしてたのに、何でそんな急に動けるの?!
このままのんびりしてると置いていかれそうな気配を感じて、あたしも慌てて寝る前に脱いだ服を手に取る。
「早くしないと、俺もう我慢できないぜ?」
「すぐ行くってば!」
大急ぎで着替えて、バサバサになった髪を手で撫で付けながら玄関へ向かう。
しゃがんで靴を履いて立ち上がると、チュッと音を立てて何かが唇に触れた。
驚きのあまり目を閉じるのも忘れていると、千秋の切なげ瞳があたしの目を見たままゆっくり離れていった。
「え?」
「・・・ご褒美、貰っとくぜ。」
千秋の細い指先があたしの唇に触れて、今の行為がキスだった事を決定づける。
ビックリして唇を手で押さえながら背中を向けた千秋に問いかける。
「ご、ご褒美って何!?」
「んー?何も知らない無邪気な子猫を襲わなかった狼さんへのご褒美♪」
「・・・無邪気、子猫・・・狼?」
そこまで言われてようやく千秋が今まで何を言っていたのか理解した瞬間、全身の血が沸騰しそうなほど体が熱くなった。
「お、ようやく分かったか?」
「あ、えっと・・・あのっ・・・」
自然と警戒して千秋から逃げるように後ずさる。
そんなあたしを見ても千秋は口元を抑えてひたすら笑いをかみ殺しているだけ。
「今日はもう何もしねぇって・・・そんためにコンビニに酒買いに行くんだからよ。」
「・・・ホント?」
「ホント。」
「月に誓って?」
「月に誓って。」
小指を千秋の方へ差し出すと、いつものように穏やかな笑みを浮かべた千秋が小指を絡めて数回上下に揺らした。
小指を絡めて願いを重ねる、これがあたしと千秋の無言の約束。
「さ、行こうぜ。」
「うん!」
差し出され手を今度はキチンと握って、千秋と一緒に深夜の散歩に出掛けた。
あたし達を見送ってくれるのは、頭上で輝く満月だけ・・・。
でも、買ったビールを飲んで酔っ払った千秋が、暴挙に出た時に言った言葉を聞いて、二度と月に誓わせるのは止めようって思った!
――― 月はコロコロ形を変えるもんだぜ?
千秋修平の深夜の戯言は・・・ぜっっったい信用なんかしてやらない!
色々準備に手間取っていたら、まだUPしていない話を発見★
この話は蒸し暑い夏の日にUPしようと思ってたのに・・・間に合って良かった(苦笑)
と言う訳で、蒸し暑い夜を千秋と過ごしましょうw
千秋はどんな部屋に住んでるのか良く分からなかったんですが、取り敢えず高耶がベッドのイメージだったので千秋はお布団です。
窓の立て付けが悪いと言っても古い家に住んでる訳じゃありません(多分(汗))
何かが歪んでるか錆びてるかで上手く開けられないだけです!(それを古い、と言うのでは?)
途中で頑張った狼さんに拍手を送りましょう(笑)
ま、そのあと最後に言った言葉がどう言う意味かは皆様のご想像にお任せしますw
この『A sultry night』シリーズは読み手の皆さんが深読みすればするほど、大人っぽく感じるようなっております。
・・・風見が上手くその辺書けないから誤魔化してるだけってのは内緒です。
なんだかどーんどん風見的理想がつまった千秋が出来上がってきている気がしないでもないんですが・・・大丈夫ですかね(苦笑)
頑張っときながら頂くものは頂いちゃう、強かなちーちゃんが相変らず好きですね(笑)