「ねぇ〜千秋・・・」
「甘えた声出すんじゃねぇよ、ほらとっとと手ぇ進める!」
景虎の勉強を見る時に使った指し棒でピシッと机の上を叩くと、が一瞬驚いたような顔をした。
けれどすぐに目の前にある課題に視線を戻す。
「ったく、珍しく家に来いとか言うから何のお誘いかと思えばこれかよ・・・」
小声でブツブツ呟きながらも、目の前でうんうん唸っている可愛い彼女の為に問題を解くカギとなる資料を探しては机の上に置いてやる。
「終わらないのーっ!」
半泣き声の電話がかかって来たのは昨夜。
課題提出をウッカリ忘れて、慌てて取り掛かったが時既に遅し。
明日の午後に提出期限を迎える白紙の課題が山と積まれている。
俺は、と言えばその課題はとっくの昔に終えて提出済み。
課題を出した臨時講師が結構イイオンナだったから、いい印象でも与えておくかと思ったのがそのキッカケ・・・っつーのはコイツには内緒。
けど、彼女の家で二人っきりだってのにこのシチュエーションはどうにも面白くねぇな。
はぁ〜・・・とため息をついてへ視線を向けると、また何かボーっと別の事を考えてるようで手が止まっている。
怒りを堪えるため震える手で指し棒を握り締めると、今度は容赦なくその頭に指し棒を振り下ろした。
「いたっ!」
「まーた何か別の事考えてたろ。」
「・・・うっ」
「そんなんじゃこの課題終わらねぇぞ?内容は簡単だけど量だけはあるからな。」
まだ手付かずの課題をパラパラとめくってに見せる。
すると何かイイ事を思いついた、と言う風にがポンッと手を叩いた。
「千秋、答え教えて♪」
――― 何だ!その景虎並みの思考回路は!!
ついこの間、補習で出された課題を居残りで解いていた景虎の言動と重なった。
『答え教えろよ!』
・・・どんなヤツでも手を抜く事を人に強請る時ってのは同じなのかねぇ。
再びため息をつきながら、速攻での望みを一刀両断する。
「やだね。」
「えーっっ!」
「大体人の答え聞いて、空欄埋めた所でこのちっちゃな脳みそに残るわけないだろう?」
「うっ・・・」
「俺はのためを思って言ってるんだぜ?」
答えを聞いて書くのは確かに簡単だ。
けどな、こういう課題は答えに至るまでを考える事に意味があるんだ。
宥めるようにポンポンとの頭を優しく撫でてやると、まだ手付かずのページを指差した。
「・・・ほら、頑張れ。分かんねぇ所はヒントやるから。」
「ん。」
こんな感じで朝っぱらから呼び出された俺が、家庭教師まがいの出来事から逃れる事が出来たのは・・・すっかり日も暮れた夜だった。
「出来たーっ!」
歓喜の声をあげるの前で、俺は力なく机にぶっ倒れた。
彼女の部屋に初めて呼ばれて、思わず色々なオイシイシチュエーションが頭を過ぎったのに・・・結局課題作成で終わり、ってか?
「しかも一回やった課題をも一度って・・・」
自分のお人好しさに涙が出そうになる。
心で零れた涙をそっと拭った俺をさすがに哀れと思ったのか、カミサマってヤツが思いがけない台詞をの口から聞かせてくれた。
「千秋がいなかったら終わらなかったよ。今度お礼するから何でも言ってね!」
「・・・そりゃどーも。」
・・・待て、今何て言った?
「取りあえず夜食になるけどご飯食べようか。簡単な物でよければ作るけど・・・冷蔵庫何か残ってたかなぁ。」
自分の爆弾発言にも気付かず立ち上がろうとしたの手を反射的に掴む。
突然掴まれた手に驚いてが振り向いた。
「千秋?」
「な、お礼って何でもいいのか?」
「うん、あーでもバイト代入るの来週だからあまり高いのはちょっと・・・」
「お前俺を何だと思ってる。」
そりゃ俺は良く学校の奴らにたかってる事があるけどな、オンナの財布を破産させるような事はしねぇよ。
ましてや惚れてる女にそんな馬鹿な事、言うわけないだろう?
そんなもんよりもっと有効的な物をいただきますって。
「え?違うの。」
「あぁ、もっとお手軽なもんにするから安心しな。」
「うん?」
お前、ほんっっとうに馬鹿だな。男の言葉を鵜呑みにするといつか足元すくわれるぜ?
ま、お前の足をすくう男は・・・俺だけだけどな。
に見えないよう僅かに口端をあげると、にっこり笑ってこう言った。
「んじゃ、キスひとつ・・・貰おうか。」
「あーはいはい、キスね・・・って、はぁぁ!?」
大げさと思えるほど声を引っくり返らせて逃げようとするの手を掴んだまま、もう片方の手でメガネを外してテーブルの上に置く。
「今日一日この千秋様の時間を使ったんだ。そんくらいいいだろうが。」
「そっっ、そのくらいって!?」
おーおー・・・そのまんま完熟トマトのCMにでも出そうなくらい赤いな。
でもどっちかって言うとのイメージだとイチゴかな。
そんな馬鹿な事を考えながら、じりじりとと距離を詰めていく。
「いつも俺からしてるだろ?だから、たまにはからキス・・・してくんねぇ?」
「むっ無理!」
――― 即却下かよ。
けれど彼女の部屋に呼び出されて、何もなしで帰るのも千秋修平の名が折れる。
今日は逃がしてやんねぇからな。
「分かった、じゃぁ二択にする。」
「それなら・・・」
ホッとした様子のを見て、思わず洩れそうになる笑みを必死でかみ殺す。
まだまだ甘いな、。
・・・お前は俺を、分かってない。
いや、分かってないんじゃないな。コイツは・・・男を知らないんだ。
だからどういう反応が返るのか分からなくてこんな態度を取る。
真面目に正座をして俺が二択を口にするのを待つ姿は、まるでエサを貰う前の犬みたいだ。
――― どっかの忠犬よりよっぽど従順だよな。
そんな事を頭の隅っこで考えながら、俺はの目の前に指を二本出し、選択肢を告げた。
「俺にキスのご褒美をくれるか、俺を今晩泊めてくれるかのどっちかで我慢してやる。」
「・・・は?」
「もう一度言うぞ。俺にキスするか、俺を泊めるか・・・どっちだ?」
「・・・え?」
「あ、勿論お前のベッドで一緒に寝かせろよ?まさか課題を手伝った大先生を床に転がしてお前がベッドでぬくぬく寝るなんて言わねぇよな?」
「・・・・・・」
勢い良くまくし立てる俺とは正反対に、口をパクパクさせて必死で肺に空気を送り込もうとしている。
「な、どっち?」
「ど・・・え?」
――― 脳みそに到達するまで、どんくらいかかるんだコイツ。
ま、やらなきゃなんない事は終わってるし・・・じっくり待つとするか。
何も言わず立ち上がると、がビクッと体を震わせて俺を見た。
「ばーか、今すぐ何かする訳じゃねぇよ。腹減ったから何か食おうぜ。」
「あ、うん。」
「冷蔵庫の中身、勝手に使うぜ。」
取り敢えず一人にして考えさせてやるよ。
だから、食後にはちゃんと返事・・・くれよな。
「やっぱり千秋のパスタ最高!」
「・・・煽てても、次作るのはだからな。」
「はーい・・・あ、千秋コーヒー飲む?」
「あぁ。」
「じゃぁちょっと待っててね。」
空になった皿を重ねて台所へ向かったの後姿を見送る。
カチャカチャと言う皿を洗う音と共に、ヤカンのお湯が音を立てているのが聞こえる。
なんっつーか・・・平和な日常、って感じだな。
暫くするとコーヒーのいい香りが部屋に漂い始めた。
「はい、お待たせ。」
「サンキュ。」
「千秋はミルクいらないんだよね。」
机に置かれたのは今はの家で俺専用となっている少し大きめのマグカップ。
ちょうどいい濃さと温度のコーヒーを飲みながら、チラリと視線をに向ける。
まぁ〜だ決めかねてやがるな、この顔は。
「・・・。」
「ん〜?」
「くじでも作ってやろうか?」
そう言うと思い切りブッッと音を立ててがコーヒーをふき出した。
「あ〜あ〜早く拭けよ。コーヒーは染みになるぞ。」
「千秋が突然変な事言うから!」
「お前が早く決めないからだろ?」
「・・・決めてない、事もないもん。」
シャツを拭きながらポツリと呟いたの耳は、真っ赤に染まっていて・・・俯いた彼女の頬も急に赤みを増した。
「へぇ・・・で、どっち?」
「・・・ま、まだ言わない。」
「お楽しみは後でってか?まぁその時を楽しみにするとしますか。」
はははっと笑いながらテーブルにこぼれたコーヒーを側にあったティッシュでふき取ると、それをゴミ箱へ向けて放り投げた。
綺麗に弧を描いて落下するゴミがキチンと指定の場所へ入ったのを見届けると、再びコーヒーを飲もうと手を伸ばす。
すると不意にその手にの手が重ねられ、そのまま視界が翳った。
「お・・・」
声をかける間も無く、軽く触れた唇。
そして即座に離れていく・・・の顔。
突然の襲撃に思わず呆然としていると、真っ赤な顔をしたがポツリと呟いた。
「・・・お礼の、キス。」
最後の言葉は殆ど小声で聞き取れなかったが、唇に残る僅かなコーヒーの味が、先程の行為を実感させる。
が俯いていて助かった ――― っつーか・・・誰が見せられるかってんだ!
こんな・・・ガキの不意打ちみたいなキスくらって、にやけてる顔なんてっっ!!
まぁでもたまにはいいか。
お前から、こんなオイシイ不意打ちをくらうのも・・・な?
元々はお題の失敗作だったんですが、蜃気楼DVDの特典で貰った家庭教師ちーちゃんが面白くてこれもついでに掘り起こしてきました(笑)
でもこっちのちーちゃんはどつくよりも先に、家庭教師代を請求してます。
請求する内容は千秋らしさ全開で行きました。
相手に断られる前に前もって詳細を告げる彼が好きです←ベッドで一人で寝るな、の辺り。
でもそんな事言いながらも突発的事項にはちょっと動揺してくれる所が『いい人』です(笑)