真剣にパソコンの画面に向かっている千秋に背後からそっと近づく。

そう 
――― ある事を実践するために・・・





「・・・何してんだ?。」

「え?」

「そぉーっと近づいてきたと思ったら、いきなり人のわき腹つつきやがって・・・」

あれ?情報と違うぞ?
首を捻りながら、もう一度千秋のわき腹を指でつついてみたけど、千秋の表情はピクリとも変わらない。



――― 感覚ないんじゃない、千秋ってば。



「くすぐったく・・・ない?」

「全然。」

「・・・あれぇ?」

大きく首を傾げて腕を組む。
確かに彼が言ってたのに・・・




















「安田長秀の弱点はわき腹だ。」

「え!?」

街で偶然バッタリ会った公彦くん・・・じゃなくて高坂さんに突然そう言われて思わず驚きの声を上げる。

「嘘!」

「なんだ、私が嘘を言うと思うのか。」

「・・・う、うぅ〜ん。」

「まぁ信じる信じないはお前の自由だが・・・試してみる価値はあるのではないか?」

ちらりと顔をあげれば、今日も綺麗な笑みを浮かべた高坂さんがまっすぐこっちを見ていた。
嘘をつく人がこんな風にまっすぐ相手の目なんて見ないよね。

「じゃぁ今度試してみる。」

「あぁ。」

あたしの答に満足したのか、ポンッと頭を叩くとそのまま白いコートを翻して目の前の横断歩道を歩き出した。
慌ててその背中に声をかける。

「もう行っちゃうの?」

「お前に付き合うほど暇じゃない。」

「・・・またね、公彦くん。」

「それは止めろと言っているだろう。」

信号を渡りきって赤信号になった向こうで厳しい目をした彼に小さく手を振って、あたしも友達との待ち合わせ時間になったので待ち合わせ場所へと向かう。




















おい!

「!?」

ハッと我に返ると、至近距離に千秋の顔があって鼻と鼻がぶつかっていた。

「あのね、こんだけ近づいても無反応だと襲い甲斐がないんですけど?」

「え?何を襲うの?」

「・・・・・・」

鼻先がぶつかっていた千秋が一歩下がると大きくため息をついて額に手を当てて俯いてしまった。
あたし・・・また何かおかしな事言っちゃった?

「あの・・・ち、千秋?」

「・・・まぁそれはそれとして、誰からその話聞いたんだ。」

「何を襲うかって話?」

「ちーがーう、わき腹が俺の弱点って話だよ。」

「あぁ、それ。公彦くん。」

「・・・高坂、か?」

「うん、そう。」

うんうんと満足げに頷くと、急に千秋がヘンな風に笑い出した。

「ははははははは・・・」

「千秋・・・笑い声ヘンだよ?」

あっのヤロ〜・・・

「???」

頬を引きつらせ、眼鏡がずれたのも気にせず笑ってる千秋は何だか怖かった。
本能が告げるままに笑っている千秋からじりじり後ずさろうとすると、がしっと肩を掴まれて思わず動きが止まる。

「な、こういう言葉知ってるか?」

「・・・な、何でしょう?」

「言って分からなきゃ身体に教え込むって言葉。」

そう言うと千秋はニヤリと言う表現が正しい笑みを浮かべて、あたしのわき腹をくすぐり始めた。

「あははっっちょっ千秋・・・やめっ・・・あははははっっっ!!

煩ぇ!馬鹿坂の言う事なんか信じるヤツはこうだ!!」

いやぁ〜っっあはははっっ、ちょっ・・・ホント!待ったぁ〜っ!

「聞こえねぇなぁ〜」















翌日・・・散々千秋にわき腹や足の裏をくすぐられた所為で酷使して痛む腹筋を押さえながら学校へ向かう途中、見知った車がノロノロ歩くあたしの隣に止まったと思うとゆっくり運転席側の窓が開いた。

「まるで老婆のような歩き方だな。」

「高坂さん!!」

大きな声を出したら・・・腹筋が痛んだ。
それでも車の窓が開いている所から手を入れて高坂さんの服をがしっと掴む。

「嘘だったんですね!」

その声にちょっと驚いたような顔をすると、またいつものようにくっくっく・・・と笑い出した。

「笑い事じゃないですよ。あたし千秋に実践したのに逆にやり返されて・・・すっかり筋肉痛です。」

「ふっ、そうやすやすと人の言う事を信じるからだ。」

「やっぱり嘘だったんですか!?」

「・・・さぁどうだかな。」

じぃっと高坂さんの目を見るけど、静かな泉のように落ち着いている瞳からは真実が読み取れない。
それが何だか悔しくて、キッと睨みつけると出来る限り大きな声でこう言った。

「高坂さんの馬鹿!!」

「・・・ほぉ。」

「もう何を言われても信じません!」

そう言い切ると、あたしは高坂さんの服を掴んでいた手を離して再びよろよろと学校に向けて足を進めた。

「おい。」

「・・・」

「・・・無視をするな。」

聞こえません!

「そう冷たい事を言うな。」

「冷たくなんてありません!」

「・・・

突然名前を呼ばれてつい足を止める。
ガチャッという音が聞こえ、その後にコツコツという音が近づいてきた。

「・・・私の声が聞こえないなど嘘だろう。」

「・・・」



確かに高坂さんの声が聞こえないなんていうのは・・・嘘だ。
その場の勢いって言うのが正しい。



だけどそれを素直に頷くのも何だか悔しくて、そのまま俯いていたら急に高坂さんの声が耳元で聞こえた。

。」
「うひゃっ!」

声と共に吐息が耳にかかり、思わずひっくり返った声が出た。

「・・・」

「きゅ、急に声かけないで下さい。」

「・・・本当にお前は面白い女だな。」

「え?」

「今まで出会った女の中で、一番好ましい。」

高坂さんの言葉を一生懸命頭で考える。



・・・好ましいって言葉は、人に対して使う物だっけ?



首を傾げているあたしの態度をどう取ったのか分からないけど、高坂さんは胸に挿していたサングラスをかけると去り際にポソリと呟いていった。

「お前の事が好きだ、と言えば・・・お前は信じるか?」

「・・・は?」



好き?誰が?誰を?
それに何を信じるって?




頭の中が沢山の情報でいっぱいになったあたしは高坂さんの名前を呟くのが精一杯。

「こ、高坂さん?」

震える声で名前を呼んだそれに返されたのは・・・いつもと同じ、口元を緩めて人をからかうような口調で喋る彼の声。

「嘘だ。」

「え゛」

「ただの戯言だ。」



・・・そんな風には聞こえなかったけど。



「それにしても上杉・・・いや、安田殿はおかしな女子にいれ込んでいるようだな。」

「安田・・・って千秋の事?」

「景虎殿と違い、安田殿はもう少し趣味がいいと思っていたのだがな。」

「皆の悪口言わないで!」

ははははは・・・

楽しそうに笑いながら車に乗り込むと、大量の排気ガスと共にあたしの横を通り過ぎて行った。

「げほっ・・・ち、地球の敵だよ、これ。」

排気ガスの所為で零れた涙を拭いながら、耳に残る高坂さんの言葉が繰り返される。



――― お前の事が好きだ、と言えば・・・お前は信じるか?





・・・一体、あの人の真実はどれなんだろう?





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アニメイト連続購入特典のオマケCDの可愛い新井公彦くん・・・じゃなくて高坂を聞いたらこんな話が浮んだので書いてみた。
まぁ高坂の言葉を簡単に信じるな、と言う話なんだけどその中に真実も含まれている・・・って話。
高坂が好きだと言ったのは真実だけど、それはやっぱり誤魔化されちゃったって事。
まぁ最後の最後まで高坂の真の姿と本音が分からなかった私に書けるのはこんなしょぼい駆け引きだけです(><)
本当はもう少しねじれた話とか書いてみたいんですけどね(笑)
相変わらず見るもの聞くもの全てに影響されているね、自分(苦笑)