直江が春日城跡を立ち去る背中を見送り、そのまま辺りを眺めていると朝靄が薄くなり太陽が昇り始めた。
「・・・眩しい、な。」
じかに太陽眺めりゃ当たり前の事なのに、それすらも新鮮に感じる。
そんな事を考えながらこれから自分はどうするべきか考え始めた。
けれど中々思考がまとまらない。
あまりに色々な事がありすぎた。
「・・・まず、どうすっかな。」
腰を下ろした岩から立ち上がる、という基本動作すら脳に到達しない。
何かが、俺をここから動かそうとしない。
見えない糸に縛られているかのように俺の足は・・・動かない。
「もう少し感傷に浸れってか?」
口元を緩めて直江が立ち去った方角へ目を向ければ、早朝から山に登ってくる人影が見えた。
チラリと人影に視線を走らせ、そのまま視線を太陽へ戻す。
――― 物好きなヤツ ―――
あんな事があったのに生活の全てを放り投げて山登りねぇ。
今はどいつも自分の生活を立て直すので必死だってのに・・・ヘンなヤツ。
知らないうちに出た舌打ちを思わず口元を押さえて止める。
けれどその手が徐々に近づいてくる気配に気付き・・・震え始めた。
いるわけが、ない。
こんな所にアイツが来るわけ、ない。
疲れているのか、足取りは重い・・・だが、着実に一歩一歩俺の方へ近づいてくる。
――― 逃げ出したい ―――
どんなヤツ相手でもそんな事を考えた事の無い俺が、そう思った。
このまま走り去れば、疲れきった足音の主は追いつけないだろう。
そう思っているのに、春日城跡に置かれている岩は・・・俺の体を離さない。
次第に全身が小さく震え始める。
この、俺が・・・何だってこんな事に・・・
震える俺の背に、そっと添えられた小さな手。
そしてその手の主の一言が・・・俺の体を縛り付けていた糸を、解いた。
「見つけた・・・千秋。」
ぎゅっと服を握り締めて、俺の背中にコツンと何かが当たる。
今まで感じなかった朝の空気に冷やされていた体が、触れられた部分から徐々に熱を帯びていく。
――― まさか・・・いや、そんな事は・・・ ―――
その声で俺の名前を呼ぶのは、たった一人。
そして俺の心を揺さぶる相手も ――― 今の世でたった一人。
何とか首だけを動かしてその姿を確認する。
「遅くなって、ごめん。」
泣きながら微笑むその姿は・・・どんな時も忘れた事の無い、の笑顔。
「・・・」
「迷子に、なってたよ・・・」
笑顔なのに、細められた瞳からは涙が次から次へと溢れている。
思考が・・・止まる、何も考えられない。
「呆れ・・・ちゃった?」
「・・・」
着ている衣服は泥だらけで、靴は片方無い。
肌はそこらじゅう傷だらけで、よくここまで無事にやって来れたと思えるほどだ。
「・・・っ」
「・・・ごめん・・・ね。ごめんね・・・千秋・・・」
背後でが何度も繰り返し謝罪の言葉を口にする。
お前が謝る事なんて何もねぇだろう。
謝らなきゃならねぇのは俺の方だ。
ずっと側にいると、全てからお前を守ると言ってそれを放棄した・・・俺が、悪い。
「・・・忘れて・・・ごめん・・・ね・・・」
「・・・」
忘れたんじゃない。
俺が・・・消したんだ、お前の記憶を。
お前の中から俺を・・・そして俺に関わる人間の全てを。
「ごめ・・・」
「・・・」
どうしてお前はそんな風に、言えるんだ・・・
どんな時でも面倒事を避けてきた俺が、背後に感じた温もりを求めて・・・躊躇う事なくその身体を抱き寄せた。
傷だらけの体を抱きしめて相手が苦しいだろうなんて考えない。
ただ、目の前に現れた愛しい女の姿が幻のように消えないか・・・確かめたかった。
「・・・」
擦れる声で何度も何度も心の中で叫んだ名前を呼ぶ。
誰にも渡したくない、他のヤツの手になんか渡したくない!
いつでもそう思っていたのに、手放しちまった最愛の女。
それが今、目の前にいる。
「!」
「・・・やっと、名前・・・呼んでくれた・・・」
腕の中で押さえてた想いが溢れ出す。
声を上げて泣き出すの体を、空気すら入り込む隙がないくらいキツク抱きしめる。
俺の背に回されたの手が必死に服を握りしめる。
その爪が肌に食い込みそうなくらい強い感覚が、これが夢じゃない事を実感させてくれる。
「千秋っ、千秋!!!」
「・・・」
このまま泣きながら壊れちまうんじゃないかと言うくらい泣きじゃくるを宥めようと、キスの雨を降らせる。
「」
会えない日を埋めるかのような・・・キスを、優しく名前を呼びながら、額に、瞼に、頬にそっと落としていく。
「」
耳元に名前を囁いて顔を覗き込めば、最後のキスの時には見れなかった瞳が・・・まっすぐ俺を見ていた。
「・・・千秋」
俺の名を囁く甘い声、それと同時におそらく初めて贈られたからの・・・キス。
すぐに離れようとする体をすかさず捕らえて、の中に残る罪悪感を全て俺に移すかのような深いキスを贈る。
罪悪を奪う代わりに、ありったけの愛を込めて・・・
やがてゆっくり目を開けると、まるで花開く瞬間のような笑顔でがこう言った。
「お帰り千秋・・・ううん、長秀。」
「・・・あぁ」
「色々話したい事も、聞きたい事もあるの。」
「・・・あぁ。」
もう ――― 決めた
「今度は全部、話してくれるよね。」
「あぁ。」
今度は、逃げない ――― と
「じゃぁ行こう、長秀。」
まっすぐ差し出された手に、重ねようとする手が一瞬止まる。
そんな俺の想いを察したのか、が自らその手を掴んだ。
「言ったでしょう。あたしが好きなのは、あなたの外見じゃないって。」
「・・・そうだったな。」
――― 外見じゃないの・・・心が、千秋じゃなきゃ・・・あたし、ダメなの・・・ ―――
最後の最後まで俺をひきつけてやまなかった、の言葉
今の外見は何処の誰だか知らねぇヤツだけど、中にいるのはお前を・・・を一番愛している俺だ。
が掴んだ手を、今度は俺の方からしっかり握り返す。
「馬鹿だなぁお前、こんな所まで来て・・・」
「迎えに来させたのは誰よ?」
僅かに頬を膨らませて上目遣いで睨む姿を妙に懐かしく感じる。
その反面、その視線の前に再び立っている事が酷く嬉しくて思わず声を上げて笑う。
「ははははっ!」
「千秋?!」
突然笑い出した俺を見てが驚いたような顔をする。
あぁ、本当に涙が出るほど笑える。
唇をかみ締め、腕で隠した目元から一筋の涙が零れたのに気付いたのか。
手を繋いだままがクルリと反転すると俺の背中にもたれるように寄りかかり、体重をかけた。
繋がれた手は、離れない。
姿は目の前に無くとも、その存在は背中のぬくもりで感じられる。
なぁ、お前なのか・・・景虎。
お前がを、連れてきてくれたのか?
声にならない想いを空へ乗せると、それに答えるよう春日城に僅かに残る緑が・・・小さく揺れた。
BACK
これで本当にHEARTSシリーズは終了となります。
気長に続きを待ってくださった方、初めて読んでくださった方・・・どうもありがとうございました。
この後、二人は以前住んでいた場所に戻り、千秋の口から長い長い話を聞きます。
今まで語られなかった高耶達の話を全て。
それが終わって二人は初めて共に手を取って歩き出します。
それは彼女の魂が尽きるまでかもしれないし、肉体が終わる時までかは私には分かりません。
でも千秋がこの人だと初めて選んだ相手なのだから、どんな結果であれ幸せだと思います。
このシリーズは終わりますが、普通の千秋話は当たり前のように明るく続きます。
そっちでは普通に千秋とはラブラブな恋人同士ですので、気楽に蕩けてください(笑)
ただ、逆ハー状態で色々な人が思いを寄せていますけどね♪
何気に危険なのは・・・高坂だったりします(爆笑)
えぇ、自分でもビックリ!って話を思いついて書いちゃいましたから!!
次はその話をUP出来たらいいなぁ〜と、呟きつつコメントを終わります。
HEARTSシリーズ。
千秋が主役のはずなのに、最後の最後に千秋が景虎の名前を出しただけで・・・どうしても景虎が主役のように思えてしまうのは何故でしょう?(苦笑)