千秋修平の肉体が滅び、今度こそ俺もお陀仏かと思ったが・・・信長の手によってさ迷っていた俺の魂は手近な宿体に移され、再び換生者としてこの世に蘇った。



蘇って一番に思ったのは・・・景虎でも信長でもない―――アイツの事だった。





一度だけの顔を見られれば十分だ、と思って監視の目を盗んで抜け出した。
とは言え、別れて時のたった今、アイツがどこにいるのかなんて見当もつかない。
付き合ってるヤツがいたり、結婚してたりしたら・・・まぁそれでもいいか・・・何て思いながら想い出を辿るかのように馴染み深い場所に足を向ける。
のアパートや実家、学校やかつてのバイト先・・・更にはデートに行った場所にまで行ってみたがアイツの姿はどこにもない。
日が暮れるまで歩き回りこのまま会えなきゃそれまでの縁だと思った。

最後に自分が住んでいたアパートでも行ってみようかとアパートの最寄り駅へ向かうと・・・そこに今日一日探していたアイツがいた。
じーっと駅の改札を眺め、電車が来るたびに立ち上がっては誰かを探している。
探し人が見つからないのか、人が少なくなるとガックリ肩を落としてその場にしゃがみ込む。



――― まさか、な



忠犬ハチ公じゃあるまいし、あれからどんだけ経ったと思ってんだよ。
そのまま暫く様子を見ていたが、が帰る様子はない。










ようやく彼女が動き出したので後を追えば・・・おいおい、俺のアパートじゃねぇか!
が躊躇いもなく鍵を取り出し、俺の部屋に入る。
気配を消してそっと扉の前に立ち、表札を見ると・・・千秋修平の名前の下に、小さくの名前がマジックで書き足してあった。

「・・・」



胸が、つまる。
待ってるのか?千秋修平を・・・
ホンのひと時、一緒に居ただけの俺を・・・

一人の女にここまで心奪われる事が400年生きていてあったか?



・・・ねぇよ。



この想いは千秋修平の想いなのか?それとも・・・安田長秀の、俺のモノなのか?



・・・わかんねぇ、
わかんねぇよ!



今すぐにでも扉を開けてを抱きしめたい衝動に駆られたが・・・俺は“千秋修平”じゃない。
名前も知らない、そこら辺にいたヤツの体に換生した・・・“安田長秀”だ。
かつての自分の住処を背にし、俺はゆっくり夕闇の町へ向かって歩き出した。



――― キミに、なんと告げれば良かったか















「・・・死んじまえたら、ラクだったかもな。」

空を仰ぎ見ながらポツリと呟いた背中に、突然何かがぶつかってきた。

「千秋!」

「?」



――― 分かるはず、ない



「ちあきっっ!!」

今の宿体はお世辞にも千秋修平とは似ても似つかない。
けれど背中にしがみついているこの温もりを、声を・・・俺が間違えるはずはない。

「・・・」

軽く深呼吸をし、ゆっくり振り返れば・・・ついさっき駅前で遠くから眺めていたが必死にしがみついていた。

ちあきぃ・・・

その名前しか知らないように、それ以外何も言えないかのように擦れる声で呼ばれる・・・名前。

でも、もうそれは・・・俺じゃない。



「・・・どなたかと間違われましたか。」



俺らしからぬ、千秋らしからぬ言葉が口から出てくる。

「・・・」

その声に驚いて顔をあげたは、顔中涙でぐしゃぐしゃになっていたけれど・・・大きな瞳とまっすぐ俺を見つめる大きな瞳だけは変わらない。

「・・・ち、あき・・・」

「いいえ、俺の名前は・・・安田長秀。千秋と言う名じゃありません。」

「・・・」



――― しくじるな、俺



どんな相手の前でも飄々とやり過ごすだけの度量は身についてるし、このままいけば俺が千秋だとバレる事は・・・無い。

「・・・なが、ひで?」

の口から初めて発せられる俺の、俺の本当の名前。
泥沼に落とされた俺の心の中に、清水が一滴零れるかのような感覚。

「はい。」

溢れる喜びを必死に押し隠して、ずっと会いたかったをこの目に焼き付ける。



――― もう、会う事はないから・・・二度と、会えないだろうから・・・せめて俺の目に焼き付けさせて



「・・・でも、千秋でしょう。」

「え?」

「あたしと一緒にいて、あの部屋で暮らしてた人でしょう!あたしが千秋を間違うはずない!!



体に衝撃が走る・・・まさか、分かるのか?俺が?!



「他の人が間違えても、あたしは千秋を間違えない!!」

「・・・」





必死に閉じ込めていた想いがあふれ出す。
どんな鍵も、どんな檻も・・・この想いは止められない。

――― 誤魔化すつもり、だったのにな。



くるりと体を反転させるとこの腕の中に・・・最後の時までずっと思っていた女を抱いた。

「・・・。」

あの声じゃないけど、あの体じゃないけど・・・けれど、魂は俺だから。

「ちあ・・・きぃ・・・」

がこの声を出す時は、胸がいっぱいで泣くに泣けないって事を・・・知ってる。

「泣き虫は治ってねぇな。」

「・・・」

「あぁ、俺の所為だよな・・・ワリィ。」

声が出なくても、何も言わなくてもの言いたい事は分かる。



悪いのは全部 ――― 俺だ。

だから、お前をラクにしてやる。
俺の事を想ってくれて、俺に気づいてくれた・・・それだけでもう十分だ。
息が出来ないくらい抱きしめれば、一生懸命しがみつくように背中に回してくる小さな手。





この手を繋いで街を歩くのが、好きだった
天然で、色恋に鈍くて・・・この俺様がキスから先に進むのに、随分と時間がかかった
それでも受け入れてくれたが、愛しかった
何よりも、誰よりも・・・400年生き続けてこの先、生き続けたとしても・・・
以上に愛せる女が出るかどうか、わかんねぇってくらい愛してた




だから、そのお前に同じ想いは・・・させられねぇ
背中に回した手は俺を逃がさないとでも言うように必死にシャツを掴んでいる。
涙も嗚咽も止まらない。
そんなを宥めるよう、そっと髪を撫で名前を呼ぶ。



それでもは泣き止まない。
分かってる、どれだけ待たせたのか、どれだけ心配かけたのか・・・けど、行かなきゃなんねぇんだ。
お前を巻き込まないためにも、お前を・・・守る為にも。

「・・・久々の再会なんだ、名前ぐらい呼べよ。」

ワザと明るい口調で言えば、ようやくがシャツから手を離して顔をあげた。
その目は・・・駅前で見かけた時のように悲しみを宿していない。
俺が心惹かれた、いつも俺を見てくれていた・・・温かな瞳。

「なんて、呼べば・・・い・・・の」

「好きに呼べよ。」

本当に呼んで欲しい名はひとつだけど、お前にとっての俺は・・・千秋だろ?
それでもいい。一時でも俺を愛してくれてたなら・・・その名でいいから呼んでくれ。

「・・・千秋。」

。」

頭を撫でながら名前を呼んでやると、ずっと堪えていたの想いが溢れ出した。

「・・・好きなの、ずっと好きなの!待ってたの!千秋が帰るの、待ってたの!!」

ボロボロと涙が零れても、は俺から視線を反らさない。

「千秋じゃなきゃダメなの、他の誰でもダメなの!」

「・・・

「姿じゃないの、格好じゃないの!あたしと一緒にいた、あの千秋じゃなきゃダメなの!」

「・・・」

「外見じゃないの・・・心が、千秋じゃなきゃ・・・あたし、ダメなの・・・」



――― それで、十分だ。

一度瞳を閉じると、俺の瞳から堪えきれない涙が一粒零れた。



――― その、想いだけで十分だ。

ゆっくり目を開けて俺を真っ直ぐ見つめているの目の奥底を見つめる。





――― 千秋修平を、俺を・・・お前から消す!





催眠暗示を得意とする自分が、今更憎らしい。
ビクッと痙攣するようにの体が硬直し、ゆっくりその瞳を閉じていく。

微かに震える唇が、音にした言葉は・・・





な・・・が、ひ・・・















「・・・馬鹿、これ以上、泣かせんな。」

人前で流す涙は・・・初めてかもしれない。
止め処なく流れる涙を拭いもせず、代わりに俺の腕の中で力なく崩れた小さな体をそっと抱き上げると、二度と俺の目を真っ直ぐ見る事のない瞳から零れた涙を・・・唇で拭う。










千秋!

いつも笑顔で、俺と一緒に居てくれた。



千秋?

誰も分からない怪我に気づいて、心配してくれた。



ちあきっ!!

くだらないイタズラに付き合せて、いつも膨れさせた



・・・千秋

時に甘い声で、甘えるように俺の名前を呼ぶのが・・・好きだった










「・・・

名前を呼んでも、次に目を開けた時には・・・千秋の名前は呼ばない

・・・」

長秀の名も、呼ばない

「・・・っくしょぉ・・・」



外見じゃないの・・・心が、千秋じゃなきゃ・・・あたし、ダメなの・・・




















アパートに戻り、の体をそっとベッドへ横たわらせると・・・最後のキスを、した。
いつまでもこの唇に触れていたいと、思うくらい甘い、甘い・・・キス
まるで磁石のように張り付いて離れない体を無理矢理引きはがして、そっとの頬を撫でる。
柔らかな白い肌、真っ赤に腫れてしまった目・・・でももうこんな風に泣く事はねぇからな。
ゆっくり立ち上がり部屋を見渡すと、俺が出て行った日のまま、ただ部屋の中にの荷物が増えているのに気づいた。
そんな所でずっと俺を待っていたの気持ちを思うと心臓に針が刺さる想いがした。

「・・・幸せ、に・・・」

――― したかった、唯一の女。

まだ見ぬ誰かに彼女の幸せを託し、最後に彼女の額にキスを残すとそのまま背を向けた。
テーブルに置かれた千秋修平との写真が、幸せな日々を切り取ったような笑顔で俺の背中を見送る。

そのまま振り返ることなく部屋を出て扉を閉めると、表札を抜き取って歩き出した。
零れる涙を拭い、これから起こる事態へ向けて真っ直ぐ歩き出す。





誰にも属さず、何にも従わない俺が・・・唯一愛した女。
お前の為に俺は・・・





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最遊記天界編、華散時・華散想・・・を書いた時同様、暴走して思うがまま書きました。
けれど、その時とは明らかに違う現象が・・・後半泣きながら書いてるんですよ、私!!
「何で泣きながら書かなきゃいけないのぉ〜っ!?」
もう本当に文字通りボロ泣き(苦笑)
涙はボロボロ零れるけど、パソコン打つ手は物凄い勢いで止まらない。
いやぁ〜はっきり言って自分が怖いと思ったのは初めてかもしれません(笑)

零れる涙を拭いながら、一生懸命語りかける千秋を文字に起こしました。
小説の火輪の王国を読んで、その続きを読んで『千秋修平』の宿体が死んだ事を知って・・・予想外にショックを受けた自分。
その後も『安田長秀』は存在しているのに『千秋修平』がいなくなってしまった事が頭に残っていました。
そして四国で霊体として霊界のブラッドピットと言い切った千秋修平を見てから、頭の中で千秋がそれはもう煩いってくらいに語り出しました。
三日間くらい、かな?ずーっと頭の中に千秋がいて、ずーっと言ってる言葉。
それは、ただ ――― アイタイ と
「何が?誰が?どうして!?」と問い掛けても応えは変わらず。
それじゃぁと時間のある時にパソコンに向かい、出来たのがこの作品です。
もう、こんな話は書けません・・・辛いわぁ(苦笑)←本音
これを校正して、背景を探してUPする形に整える間も読むたびに胸が苦しくなります。
今後も多分これは読むたびに、しんみりしちゃうんだろうなぁ・・・。
でもまだ千秋話は書くからね!そっちは明るいよ!絶対!!
っていうか、千秋も幸せにならなきゃダメ!!←結局それか!?